8 / 14
七話
しおりを挟む
日差しが智絵へと降り掛かる。
閉じた瞼越しに感じる陽光の熱は、微睡の中にある朧げな意識を呼び覚ます。
「ん~……んうっ」
身体をぐうっと、布団の上下から手足が飛び出しそうになるくらい伸ばす。
漏れ出た気持ち良さそうな声が収まると、智絵の意識は一気に浮上する。
「――はっ!」
智絵は飛び起きた。
ここが見慣れない部屋で、一瞬自分は何故ここに居るのか分からなくなってしまっていたが、直ぐに経緯を思い出す。
枕元にあるスマホの画面を慌てて覗き込むが、時刻は既に、午前九時を過ぎていた。
智絵は急いで着替え始める。
「やばいやばい! 泊めて貰ってるのに、こんな時間までっ」
昨晩寝る前に、智絵は今日の朝食を作りますと心白に進言していのだ。
別にいいのにと言う心白を押し切って、作らせて下さいとまで言ってしまった手前、出来ませんでしたなどという事態は何としても避けたい。
それにそう決まってから、夜だというのに心白が買い出しにまで行ってくれたのだ。
食材がないからと、さも当然の様に買って来てくれたのだから、失敗する訳にはいかない。そう思っていたのにこれでは、目も当てられない。
心白が遅起きである事を願いつつ、着替えを終えた智絵は部屋を出て、リビングの扉を開けた。
そこにはソファーに寝転ぶ心白の姿があった。
着ている服はジーンズに長袖のシャツというシンプルな格好。
夜に着ていた服から変わっていたので、ここで寝てしまった訳ではないらしい。
「心白さん、ごめんなさ……あ、寝てる」
心白は気持ち良さそうに寝息を立てていた。ラッキーだ。ツイている。
智絵は小さくガッツポーズをしてしまう。
失態を冒さず安堵した智絵はキッチンへ向かう。
昨日の夜のうちに調理道具は粗方、何が何処にあるか教えて貰っているので、問題なく調理を始められる。
「よしっ、やるぞ」
小さい声でふんすっと、意気込む。
智絵は料理に自信があった。
普段から一人で料理をする事が多く、自分で食べたいものは自分で作っていたお陰でそれなりの腕を持っている。
多彩な調理器具を適切に駆使し、智絵はあっという間にリビングへ、食欲が唆られる香りを送り届ける。
料理をほぼ作り終えたところで、その香りに鼻をひくつかせた心白が、ソファーの上でもぞもぞと身動いだ。
むくり、と。
心白はソファーの背もたれから、智絵の方へ顔を出す。
「……朝ご飯」
「あっ、おはようございます、心白さん」
「……おはよう」
智絵は、心白の目の焦点が合わずふらふらした有様を見て、ふふっと笑ってしまう。
「朝弱いんですね」
「智絵が……」
「あたしが?」
「朝ご飯、作ってくれるって、言ってたでしょ。だから待ってたんだけど、来ないから……此処で寝ちゃって」
「すみません、ごめんなさい」
勢い良くお辞儀をして謝った智絵。
寝坊を無かった事に出来たと思っていたので、その罪悪感は中々に大きい。
「朝ご飯、なに」
心白は特に気にする素振りも無く、覚束ない足取りでキッチンに備え付けられたカウンター席に着席する。
智絵はカウンターがある小洒落た内装を、まるでお店みたいだと少しわくわくしながら、心白の前に料理を出す。
「心白さんの要望通り、朝はさっぱりと和食にしました。昨日、心白さんが食材を買って来てくれたので、結構しっかりした物が作れましたよ」
「良い匂い」
「鮭の焼き魚と、味噌汁。それから、あんかけ湯豆腐にひじきの煮物です。もう少し野菜が欲しかったんですけど、その、無かったので……」
「私、野菜嫌いだから」
「でも、食べた方がいいんじゃ」
「嫌いだから」
「ええー……」
「食べないから」
智絵は頑として食べる気はないと言う心白の強情さに、引き下がるしかない。
心白の前に料理を並べ終え、次に自分の分を隣に並べていく。
それを待っていたのか、心白は準備を終えた智絵が隣に座ってから、手を合わせて頂きますと呟いた。
智絵も隣のお手本に習い、習慣の言葉を口にして味噌汁を手に取る。
二人は鏡の様に同じタイミングで、同じ動作で、味噌汁を啜った。
お互いにその様子を横目で捉えていたようで、お互いに顔を見合わせ、少しして同時に笑い合う。
「どうです、味、大丈夫ですかね」
「うん。ちょっとしょっぱい」
「ええ!?」
「次はもうちょっと薄味で」
「あ……わ、分かりました」
次がある。
それを思うと、智絵の心にゆとりが生まれた。
と同時に、全く取り繕う事のない心白の発言が余りにも清々しくて、また笑ってしまう。
「なに」
「いや、心白さん、左利きなんだなあって」
「見て通り左利きだけど。それが面白かったの」
「いいえ」
「……変な子」
「酷い!?」
朝食のひと時は、とても騒がしいものであった。
閉じた瞼越しに感じる陽光の熱は、微睡の中にある朧げな意識を呼び覚ます。
「ん~……んうっ」
身体をぐうっと、布団の上下から手足が飛び出しそうになるくらい伸ばす。
漏れ出た気持ち良さそうな声が収まると、智絵の意識は一気に浮上する。
「――はっ!」
智絵は飛び起きた。
ここが見慣れない部屋で、一瞬自分は何故ここに居るのか分からなくなってしまっていたが、直ぐに経緯を思い出す。
枕元にあるスマホの画面を慌てて覗き込むが、時刻は既に、午前九時を過ぎていた。
智絵は急いで着替え始める。
「やばいやばい! 泊めて貰ってるのに、こんな時間までっ」
昨晩寝る前に、智絵は今日の朝食を作りますと心白に進言していのだ。
別にいいのにと言う心白を押し切って、作らせて下さいとまで言ってしまった手前、出来ませんでしたなどという事態は何としても避けたい。
それにそう決まってから、夜だというのに心白が買い出しにまで行ってくれたのだ。
食材がないからと、さも当然の様に買って来てくれたのだから、失敗する訳にはいかない。そう思っていたのにこれでは、目も当てられない。
心白が遅起きである事を願いつつ、着替えを終えた智絵は部屋を出て、リビングの扉を開けた。
そこにはソファーに寝転ぶ心白の姿があった。
着ている服はジーンズに長袖のシャツというシンプルな格好。
夜に着ていた服から変わっていたので、ここで寝てしまった訳ではないらしい。
「心白さん、ごめんなさ……あ、寝てる」
心白は気持ち良さそうに寝息を立てていた。ラッキーだ。ツイている。
智絵は小さくガッツポーズをしてしまう。
失態を冒さず安堵した智絵はキッチンへ向かう。
昨日の夜のうちに調理道具は粗方、何が何処にあるか教えて貰っているので、問題なく調理を始められる。
「よしっ、やるぞ」
小さい声でふんすっと、意気込む。
智絵は料理に自信があった。
普段から一人で料理をする事が多く、自分で食べたいものは自分で作っていたお陰でそれなりの腕を持っている。
多彩な調理器具を適切に駆使し、智絵はあっという間にリビングへ、食欲が唆られる香りを送り届ける。
料理をほぼ作り終えたところで、その香りに鼻をひくつかせた心白が、ソファーの上でもぞもぞと身動いだ。
むくり、と。
心白はソファーの背もたれから、智絵の方へ顔を出す。
「……朝ご飯」
「あっ、おはようございます、心白さん」
「……おはよう」
智絵は、心白の目の焦点が合わずふらふらした有様を見て、ふふっと笑ってしまう。
「朝弱いんですね」
「智絵が……」
「あたしが?」
「朝ご飯、作ってくれるって、言ってたでしょ。だから待ってたんだけど、来ないから……此処で寝ちゃって」
「すみません、ごめんなさい」
勢い良くお辞儀をして謝った智絵。
寝坊を無かった事に出来たと思っていたので、その罪悪感は中々に大きい。
「朝ご飯、なに」
心白は特に気にする素振りも無く、覚束ない足取りでキッチンに備え付けられたカウンター席に着席する。
智絵はカウンターがある小洒落た内装を、まるでお店みたいだと少しわくわくしながら、心白の前に料理を出す。
「心白さんの要望通り、朝はさっぱりと和食にしました。昨日、心白さんが食材を買って来てくれたので、結構しっかりした物が作れましたよ」
「良い匂い」
「鮭の焼き魚と、味噌汁。それから、あんかけ湯豆腐にひじきの煮物です。もう少し野菜が欲しかったんですけど、その、無かったので……」
「私、野菜嫌いだから」
「でも、食べた方がいいんじゃ」
「嫌いだから」
「ええー……」
「食べないから」
智絵は頑として食べる気はないと言う心白の強情さに、引き下がるしかない。
心白の前に料理を並べ終え、次に自分の分を隣に並べていく。
それを待っていたのか、心白は準備を終えた智絵が隣に座ってから、手を合わせて頂きますと呟いた。
智絵も隣のお手本に習い、習慣の言葉を口にして味噌汁を手に取る。
二人は鏡の様に同じタイミングで、同じ動作で、味噌汁を啜った。
お互いにその様子を横目で捉えていたようで、お互いに顔を見合わせ、少しして同時に笑い合う。
「どうです、味、大丈夫ですかね」
「うん。ちょっとしょっぱい」
「ええ!?」
「次はもうちょっと薄味で」
「あ……わ、分かりました」
次がある。
それを思うと、智絵の心にゆとりが生まれた。
と同時に、全く取り繕う事のない心白の発言が余りにも清々しくて、また笑ってしまう。
「なに」
「いや、心白さん、左利きなんだなあって」
「見て通り左利きだけど。それが面白かったの」
「いいえ」
「……変な子」
「酷い!?」
朝食のひと時は、とても騒がしいものであった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる