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第三章 毒入り林檎
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目が覚めたとき、突然世界がひっくり返っていた。
私は今まで信じてきたものを全て失っていたのだ。
私の側から翔梧がいなくなった、たったそれだけのことで。
経緯も分からないままに、翔梧はステラの婚約者になってしまい、既に私の護衛ではなくなっていた。
それはあまりにも突然で、お別れの言葉も、今までありがとうの気持ちすらも伝えられずに、突然関わりがなくなったのだ。
ーーーー心が、追いつかないよ。
喪失感がじっくりと真綿で首を絞めるように押し寄せてくる日々の中で、それでも毎日は嫌でも過ぎていくものだから。
私を取り巻く環境は忙しなく回っている。
それはノエルからの通達だった。
私が拉致られたことで、私とノエルの婚約が適正であるのか、という疑問が上がってきているらしい。
私としてはこのまま婚約破棄でも良かったし、とは言えヒロインのステラが翔梧と婚約関係にあるのなら『こいまほ』世界はどうなってしまうのだろう、という疑問もあった。
『こいまほ』世界が瓦解して、正直私は道標を失っている状態である。
だから、ただ周りがそうであって欲しいと思うパトリシアでいることしか出来なかったし、何かを成し遂げたいという熱意も泡沫に消えていた。
一方で、ノエルは私との婚約を解消したくないばかりか、寧ろ確固たるものとするべく、とある提案を持ってきたのだ。
「パトリシア嬢、マシューのもとで魔道具および新魔術の研究助手として活動してみないか。そこで成果を上げられるのであれば、この婚約は今度こそ磐石な地盤の元で認められると思う」
私は、ぼんやりとティーカップの中に揺れる自分の顔を見ていた。
彼が何を言っているのか、理解出来なかった。あるいは理解したくなかったのかもしれない。
痺れを切らしたノエルが私の手を取った。
それから、指先を絡めて口先まで持っていく。
「あ、」
気が付いたときには、私の人差し指と中指の間にノエルの柔らかな唇が落とされていた。
この人は私の手が好きなのかもしれない。いつぞやでも、手を取られたことを思い出し、赤くなる頬から意識を逸らした。
「いいかな?」
榛色の瞳が真っ直ぐに私に突き刺さる。
それはまるで一種の魔法のように私を魅了させ、理性が身体をコントロールするよりも早く私は首を縦に振っていた。
珍しく、ノエルがふわりと年相応の笑みを浮かべたので、これが正解だったのかもと思った。
「良かった。パトリシア嬢、これから私は私の全てで君のことを守るつもりだから。よろしくね」
それはどこまでも誠実な愛の言葉だった。
初めて真正面から言われた気がする。
そして、ようやくここが『こいまほ』の世界ではないという事実を認めた。
私は今まで信じてきたものを全て失っていたのだ。
私の側から翔梧がいなくなった、たったそれだけのことで。
経緯も分からないままに、翔梧はステラの婚約者になってしまい、既に私の護衛ではなくなっていた。
それはあまりにも突然で、お別れの言葉も、今までありがとうの気持ちすらも伝えられずに、突然関わりがなくなったのだ。
ーーーー心が、追いつかないよ。
喪失感がじっくりと真綿で首を絞めるように押し寄せてくる日々の中で、それでも毎日は嫌でも過ぎていくものだから。
私を取り巻く環境は忙しなく回っている。
それはノエルからの通達だった。
私が拉致られたことで、私とノエルの婚約が適正であるのか、という疑問が上がってきているらしい。
私としてはこのまま婚約破棄でも良かったし、とは言えヒロインのステラが翔梧と婚約関係にあるのなら『こいまほ』世界はどうなってしまうのだろう、という疑問もあった。
『こいまほ』世界が瓦解して、正直私は道標を失っている状態である。
だから、ただ周りがそうであって欲しいと思うパトリシアでいることしか出来なかったし、何かを成し遂げたいという熱意も泡沫に消えていた。
一方で、ノエルは私との婚約を解消したくないばかりか、寧ろ確固たるものとするべく、とある提案を持ってきたのだ。
「パトリシア嬢、マシューのもとで魔道具および新魔術の研究助手として活動してみないか。そこで成果を上げられるのであれば、この婚約は今度こそ磐石な地盤の元で認められると思う」
私は、ぼんやりとティーカップの中に揺れる自分の顔を見ていた。
彼が何を言っているのか、理解出来なかった。あるいは理解したくなかったのかもしれない。
痺れを切らしたノエルが私の手を取った。
それから、指先を絡めて口先まで持っていく。
「あ、」
気が付いたときには、私の人差し指と中指の間にノエルの柔らかな唇が落とされていた。
この人は私の手が好きなのかもしれない。いつぞやでも、手を取られたことを思い出し、赤くなる頬から意識を逸らした。
「いいかな?」
榛色の瞳が真っ直ぐに私に突き刺さる。
それはまるで一種の魔法のように私を魅了させ、理性が身体をコントロールするよりも早く私は首を縦に振っていた。
珍しく、ノエルがふわりと年相応の笑みを浮かべたので、これが正解だったのかもと思った。
「良かった。パトリシア嬢、これから私は私の全てで君のことを守るつもりだから。よろしくね」
それはどこまでも誠実な愛の言葉だった。
初めて真正面から言われた気がする。
そして、ようやくここが『こいまほ』の世界ではないという事実を認めた。
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