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Port Town

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既に夜の帷が降り始めていた。
家に戻る頃にはすっかり夜も更けているだろう。

もう土産を拾う時間はねぇなぁ。
俺はのんびりとそんなことを考えていた。

一人の遠征には必ずお土産を持って帰ること、その約束を破ったから、天罰が下ったのだろうか。

芳しい潮風を頬に浴びながら、ミレイが静かに言う。

「私、あの人に優しくしてもらったの」

あの人とはパウルのことを指しているのだろう。
メリッサがミレイの手を繋いだ。

「実は今までも攫われた女の子たちを何人も逃がしてきたのかもね。アンデッドに喰われたり、何か不幸があって元いた場所には戻れなかっただけで」
「……かもな」

本当の所は分からない。
だけど、パウルは誠実な目をして言っていたのだ。

『あの人が一線を超えないようにするのが役目』だと。

二人とショッピングモールまで帰還した。
メリッサが俺の背中を思い切り叩いた。

「あとは帰れるからここで大丈夫よ。早く帰ってあげなさい。彼と喧嘩したんでしょう? 顔に書いてあるわよ。……ありがとうね。ミレイを一緒に助けに来てくれて。あたし一人じゃ、どうなっていたか分からないわ」

彼女らしく励まされ、俺は微笑んだ。

「あぁ、そうするよ。ありがとうな」
 
愛する我が家が遠目に見えた時、俺は背筋が強張った。
まだ寝静まっていない時間であるはずなのに、家には蝋燭ひとつ灯っていなかったのだから。

俺はバイクを吹かせて夜の小麦畑を駆け抜けた。

仄かな月の光に照らされて、小麦が夜風に靡いている。
まるでクレオその人のように、どこまでも幻想的な風景を横目に俺は祈った。

クレオは自室で寝ているだけだ。
喧嘩をしたから少し不貞腐れて、少し拗ねて、たぶんちょっとだけ泣いて、だからきっと一人で眠っているんだ。

そうであってくれ。

じわりと這う悪い予感など全部ただの杞憂で、俺は彼の寝顔を見てほっとするんだ。

――――そうだろう、クレオ。
だが俺の願いも虚しく、家はもぬけのからだった。

一人で出て行ったにしては飲みかけのマグカップがそのままでテーブルの上に放置されている現状は奇妙で、最悪な違和感が俺を襲う。

彼がいつも飲んでいるコーヒーの暗い深淵が俺を覗いていた。

自分でも分かる程に血の気が引き、俺は慌てて先ほど別れたばかりのメリッサに無線を飛ばしたのだった。
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