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第1章
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「じゃあ、僕行くから」
朝早くに雪がソファで眠る大吾へと声をかける。
寝ぼけ眼な大吾がこくりと頷くと、雪は笑って出勤していった。
二人が一緒に住み始めてから、既に一ヶ月が過ぎている。
最初は同居生活に遠慮気味だった大吾も、今ではすっかり気を許したようで、この生活を気に入っていた。
歳の離れた二人は大きな喧嘩をすることもなく、概ね順調な毎日であった。
しかし、それに不満を覚えるものがここに一人。
ソファから身体を起こした大吾は、そのまま項垂れて独りごちた。
「あの笑顔は、反則だろう……」
それから、朝のせいか、雪のせいか、いつの間にやら立ち上がったそれを治めるために、彼はトイレへと向かうのであった。
二人の出会いは、大吾が五歳ときにまで遡る。
隣の空き家に澄野一家が引っ越してきた。
当時、十一歳だった雪は五歳の大吾から見て、とても大人な存在として大吾の意識下に君臨した。
優しくて、美人で、よく遊んでくれて、大吾にとって雪は自慢のお兄さんだ。
しかし、大吾はその自慢のお兄さんを仲の良い友だちに紹介することはなかった。
自分だけの兄でいて欲しい、いつしか大吾はそう思うようになったからだ。
それが、幼いながらも歪な感情であったことに、当時の大吾はまだ気づいていなかった。
トイレで用を済ませた大吾は、キッチンにてコーヒーを片手に思い耽る。
朝のコーヒーは格別で、少しだけ大吾の心を落ち着かせた。
憧れの対象だった雪を、いつからこんな邪な目で見るようになってしまったんだろうか、と。
初めて彼女が出来たと嬉しそうに報告してきたとき?
ホラー映画を見た後、二人でシーツの中で怖がっていたとき?
砂場に造った山のトンネルの中で、ひっそりと手を繋いだとき?
もう随分と長い間、報われない気持ちを抱えて生きてきた。
優しい雪は、笑って一人になった大吾を受け入れてくれたけれど。
「このままで良いわけがねぇ」
こんな邪な感情を抱いたまま、雪と過ごすなんて。
ふとした瞬間、押し倒しそうになってしまうなんて。
そんな気持ちを知られたくない。
これ以上、自分の欲望を抑えられる自信のない大吾は、バイト先を探し始めることにした。
雪と一緒にいる時間を少しでも減らすためだった。
雪との時間が無くなれば、大吾の行き場のない欲望も少しはマシになるだろう。
彼なりの稚拙で浅はかな思いつきだ。
その夜、珍しく早くに帰宅してきた雪と食卓を囲みながら、大吾は自らの決意を告げる。
「雪、やっぱりこのまま甘えるわけにはいかねぇと思うんだ」
「……どういうこと?」
思いの外、低い声を出す雪に驚きながらも大吾は続ける。
「今日、バイトを探してきた。明日から働かせてもらえるところで、後々正社員になるチャンスもあるんだ」
「家を出てくの?」
「自立できるようになれば」
大吾の言葉を聞くと、ガシャンと勢いよく食器を机の上に置いて、雪は席を立った。
「悪いとは思ってる。せっかく、声をかけてくれたのに。でも、いつまでも甘えてはいられないから」
それでもしも自立したその時は、振られる覚悟で長年の思いを雪に伝えようと大吾は考えていた。
だが、そんな大吾の気持ちなど知らない雪は勢いよく席を立ち、自室へと戻っていった。
「……勝手にすれば」
そんな言葉だけを残して。
後には、少しだけ寂しそうな顔をした大吾がいた。
一方、部屋に戻ってきた雪はパソコンの前に座る。
それから、モニターに大きく映っている大吾の様子を観察し始めた。
「明日はやることが多くなっちゃうな」
一人、明日の計画をたてる雪の瞳には、どこか怪しげな光が宿っていた。
朝早くに雪がソファで眠る大吾へと声をかける。
寝ぼけ眼な大吾がこくりと頷くと、雪は笑って出勤していった。
二人が一緒に住み始めてから、既に一ヶ月が過ぎている。
最初は同居生活に遠慮気味だった大吾も、今ではすっかり気を許したようで、この生活を気に入っていた。
歳の離れた二人は大きな喧嘩をすることもなく、概ね順調な毎日であった。
しかし、それに不満を覚えるものがここに一人。
ソファから身体を起こした大吾は、そのまま項垂れて独りごちた。
「あの笑顔は、反則だろう……」
それから、朝のせいか、雪のせいか、いつの間にやら立ち上がったそれを治めるために、彼はトイレへと向かうのであった。
二人の出会いは、大吾が五歳ときにまで遡る。
隣の空き家に澄野一家が引っ越してきた。
当時、十一歳だった雪は五歳の大吾から見て、とても大人な存在として大吾の意識下に君臨した。
優しくて、美人で、よく遊んでくれて、大吾にとって雪は自慢のお兄さんだ。
しかし、大吾はその自慢のお兄さんを仲の良い友だちに紹介することはなかった。
自分だけの兄でいて欲しい、いつしか大吾はそう思うようになったからだ。
それが、幼いながらも歪な感情であったことに、当時の大吾はまだ気づいていなかった。
トイレで用を済ませた大吾は、キッチンにてコーヒーを片手に思い耽る。
朝のコーヒーは格別で、少しだけ大吾の心を落ち着かせた。
憧れの対象だった雪を、いつからこんな邪な目で見るようになってしまったんだろうか、と。
初めて彼女が出来たと嬉しそうに報告してきたとき?
ホラー映画を見た後、二人でシーツの中で怖がっていたとき?
砂場に造った山のトンネルの中で、ひっそりと手を繋いだとき?
もう随分と長い間、報われない気持ちを抱えて生きてきた。
優しい雪は、笑って一人になった大吾を受け入れてくれたけれど。
「このままで良いわけがねぇ」
こんな邪な感情を抱いたまま、雪と過ごすなんて。
ふとした瞬間、押し倒しそうになってしまうなんて。
そんな気持ちを知られたくない。
これ以上、自分の欲望を抑えられる自信のない大吾は、バイト先を探し始めることにした。
雪と一緒にいる時間を少しでも減らすためだった。
雪との時間が無くなれば、大吾の行き場のない欲望も少しはマシになるだろう。
彼なりの稚拙で浅はかな思いつきだ。
その夜、珍しく早くに帰宅してきた雪と食卓を囲みながら、大吾は自らの決意を告げる。
「雪、やっぱりこのまま甘えるわけにはいかねぇと思うんだ」
「……どういうこと?」
思いの外、低い声を出す雪に驚きながらも大吾は続ける。
「今日、バイトを探してきた。明日から働かせてもらえるところで、後々正社員になるチャンスもあるんだ」
「家を出てくの?」
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「悪いとは思ってる。せっかく、声をかけてくれたのに。でも、いつまでも甘えてはいられないから」
それでもしも自立したその時は、振られる覚悟で長年の思いを雪に伝えようと大吾は考えていた。
だが、そんな大吾の気持ちなど知らない雪は勢いよく席を立ち、自室へと戻っていった。
「……勝手にすれば」
そんな言葉だけを残して。
後には、少しだけ寂しそうな顔をした大吾がいた。
一方、部屋に戻ってきた雪はパソコンの前に座る。
それから、モニターに大きく映っている大吾の様子を観察し始めた。
「明日はやることが多くなっちゃうな」
一人、明日の計画をたてる雪の瞳には、どこか怪しげな光が宿っていた。
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