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次の日、シュウは今日も今日とて霧雨のあとを尾行していた。今度は真っ昼間のことである。午後の燦燦と降り注ぐ日の光がシュウの心とは裏腹に世界を穏やかに色づかせていた。
霧雨は郊外の街中を闊歩していた。一体、ここにどんな用事があるというのか。シュウはキャップの鍔を摘み、先を行く霧雨の背中を眺め思案していた。
坂道を登り切った先にある平凡な赤い屋根の一軒家の前で、霧雨は足を止めた。シュウは慌てて近くの電柱に身体を隠す。
「バレていますよ、シュウ。そこにいるのでしょう?」
霧雨から声がかけられ、シュウは大きく肩を揺らした。それから、観念したようにキャップを頭から外して、そろりと姿を現す。
「さすがだな、霧雨さんよぉ」
そう言うや否や、シュウは身体を大きくうねらせ、霧雨に飛び掛かっていった。
「お前の嘘、俺がしかと暴いてやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」
叫んだシュウの髪は鮮血の如く深紅に染まり、その瞳は仄暗い深淵を覗かせていた。
「なっ……! オーバーヒート⁉」
シュウの変化した姿を見て、霧雨が目を見開く。その隙をつき、シュウの鋭い爪が霧雨の横頬を掠めた。つつーっと赤い血が流れ、霧雨は痛みに眉を顰めた。
「貴方がその気なら、私だって手加減は致しませんよ!」
背中に担いでいた鞘から刀を引き抜くと、霧雨もまた戦闘態勢に入る。
「ふん! やれるもんならなぁ!」
シュウの口角が僅かに上がる。どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
金属同士の硬く甲高い音が辺りに響く。襲い掛かってくるシュウの爪や牙を霧雨が刃で受け止める。その度に二人の間には小さな火花が幾度も飛び散る。彼らの力は拮抗していた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。空はいつの間にか橙色に染まり、カラスの鳴き声が耳に届いた。
「「……はぁ、はぁ……っはぁ……」」
二人は互いに息を切らしていた。大きく上下する肩を見るに、どちらも残っている体力はほとんどないだろう。
「霧雨ぇ、もう降参したっていいんだぜ……? はぁ、はぁ……」
「馬鹿を言うんじゃありません。降参するのは貴方の方ですよ、シュウ……ふぅ……」
シュウの上唇がめくれ、熱い吐息が牙の隙間から漏れる。ふしゅぅぅぅぅぅ。白い蒸気がシュウの中の熱を孕んで外気に触れた。
「俺は、お前を負かして! んで! それから、お前が悪い奴だって、ちづさんに言わなきゃなんねぇんだよ! だから、だから‼ 絶対に、負けらんねぇんだよ‼」
シュウが低く深くタメの態勢に入る。それを見た霧雨もまた瞼を下ろし、刀を構える。
「一体、何の話なのか理解しかねますが……貴方に負けるなど、私こそ朝倉さんに顔向けが出来ませんので――――全力で行かせていただきます!」
霧雨に飛び掛かるシュウ。そして、彼の身体を貫こうとする霧雨の刃。二つが重なる、その直前――――。
「え? 一体、何事⁉」
二人に声をかけたのは、正しく彼らの隊長である朝倉千鶴なのだった。
ぴたりと二人の動きが止まる。それから、我に返ったように千鶴の方を振り向いた。
「どうして、ここに――――」
「なんで、ちづさんが」
戸惑う二人に、彼女は屈託のない笑みを浮かべた。
「霧雨からのサプライズがあるってミハエルに言われていたからね。居てもたってもいられなくて来ちゃったのよ」
「……あの長官……私には秘密にしておくよう、言っていましたのに……」
「はぁ? 一体何の話だ? サプライズぅ?」
首を傾げるシュウを見て、千鶴もまた頭に疑問符を浮かべた。
「あれ、霧雨から聞いてない? なんかね、私たちのおうちを買ってくれたらしいよ」
「……はぁ?」
驚くシュウを気に掛けることなく、千鶴の口から真実がぽろりぽろりと零れていく。
「わざわざ、ミハエル長官にまで掛け合ったっていうんだから、霧雨は優しいわねぇ。シュウが研究区画に住むのは精神衛生上良くないって直談判したそうじゃない。良かったわね、シュウ。貴方のことを一番に考えてくれる同僚がいて」
「……っ、は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ? んなわけねぇよ! だって、こいつは、こいつは……長官室で何やら怪しげな取引を、していた……わけ、じゃあ、なかった……のか?」
「え! そんな風に見えてたの? シュウってお茶目ね」
「いや、お茶目とかじゃねぇって。……ってか、んだよ。そういうことなら霧雨も言ってくれりゃあ、良かったのによ。あーぁ、心配して損したじゃねぇか!」
すると、これまで頬を真っ赤に染めてあらぬ方向を見ていたはずの霧雨が、ばっと真っ直ぐにシュウを見つめて、酷く軽薄な笑みを浮かべた。
「そう、なのですね。貴方は私を心配していた、のですね。ふふふ、ありがたいことですねぇ」
形勢逆転とばかりに澄ました表情の霧雨に、シュウはまた悔しい思いを抱くのであった。
「ほ~ら。二人とも、私の荷物を持って頂戴」
「朝倉さん、引っ越しは来週の予定なんですけれど……」
「うわ、これ全部ちづさんの荷物なのか?」
「なぁに? 文句ある? 乙女はいつだって持ち物が多いものなのよ」
「「ははははは」」
部下の乾いた笑い声は綺麗なユニゾンとなって、夕焼けの空に吸い込まれていったのでした。
霧雨は郊外の街中を闊歩していた。一体、ここにどんな用事があるというのか。シュウはキャップの鍔を摘み、先を行く霧雨の背中を眺め思案していた。
坂道を登り切った先にある平凡な赤い屋根の一軒家の前で、霧雨は足を止めた。シュウは慌てて近くの電柱に身体を隠す。
「バレていますよ、シュウ。そこにいるのでしょう?」
霧雨から声がかけられ、シュウは大きく肩を揺らした。それから、観念したようにキャップを頭から外して、そろりと姿を現す。
「さすがだな、霧雨さんよぉ」
そう言うや否や、シュウは身体を大きくうねらせ、霧雨に飛び掛かっていった。
「お前の嘘、俺がしかと暴いてやるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」
叫んだシュウの髪は鮮血の如く深紅に染まり、その瞳は仄暗い深淵を覗かせていた。
「なっ……! オーバーヒート⁉」
シュウの変化した姿を見て、霧雨が目を見開く。その隙をつき、シュウの鋭い爪が霧雨の横頬を掠めた。つつーっと赤い血が流れ、霧雨は痛みに眉を顰めた。
「貴方がその気なら、私だって手加減は致しませんよ!」
背中に担いでいた鞘から刀を引き抜くと、霧雨もまた戦闘態勢に入る。
「ふん! やれるもんならなぁ!」
シュウの口角が僅かに上がる。どうやらこの状況を楽しんでいるようだ。
金属同士の硬く甲高い音が辺りに響く。襲い掛かってくるシュウの爪や牙を霧雨が刃で受け止める。その度に二人の間には小さな火花が幾度も飛び散る。彼らの力は拮抗していた。
どのくらいの時間が経ったのだろう。空はいつの間にか橙色に染まり、カラスの鳴き声が耳に届いた。
「「……はぁ、はぁ……っはぁ……」」
二人は互いに息を切らしていた。大きく上下する肩を見るに、どちらも残っている体力はほとんどないだろう。
「霧雨ぇ、もう降参したっていいんだぜ……? はぁ、はぁ……」
「馬鹿を言うんじゃありません。降参するのは貴方の方ですよ、シュウ……ふぅ……」
シュウの上唇がめくれ、熱い吐息が牙の隙間から漏れる。ふしゅぅぅぅぅぅ。白い蒸気がシュウの中の熱を孕んで外気に触れた。
「俺は、お前を負かして! んで! それから、お前が悪い奴だって、ちづさんに言わなきゃなんねぇんだよ! だから、だから‼ 絶対に、負けらんねぇんだよ‼」
シュウが低く深くタメの態勢に入る。それを見た霧雨もまた瞼を下ろし、刀を構える。
「一体、何の話なのか理解しかねますが……貴方に負けるなど、私こそ朝倉さんに顔向けが出来ませんので――――全力で行かせていただきます!」
霧雨に飛び掛かるシュウ。そして、彼の身体を貫こうとする霧雨の刃。二つが重なる、その直前――――。
「え? 一体、何事⁉」
二人に声をかけたのは、正しく彼らの隊長である朝倉千鶴なのだった。
ぴたりと二人の動きが止まる。それから、我に返ったように千鶴の方を振り向いた。
「どうして、ここに――――」
「なんで、ちづさんが」
戸惑う二人に、彼女は屈託のない笑みを浮かべた。
「霧雨からのサプライズがあるってミハエルに言われていたからね。居てもたってもいられなくて来ちゃったのよ」
「……あの長官……私には秘密にしておくよう、言っていましたのに……」
「はぁ? 一体何の話だ? サプライズぅ?」
首を傾げるシュウを見て、千鶴もまた頭に疑問符を浮かべた。
「あれ、霧雨から聞いてない? なんかね、私たちのおうちを買ってくれたらしいよ」
「……はぁ?」
驚くシュウを気に掛けることなく、千鶴の口から真実がぽろりぽろりと零れていく。
「わざわざ、ミハエル長官にまで掛け合ったっていうんだから、霧雨は優しいわねぇ。シュウが研究区画に住むのは精神衛生上良くないって直談判したそうじゃない。良かったわね、シュウ。貴方のことを一番に考えてくれる同僚がいて」
「……っ、は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ? んなわけねぇよ! だって、こいつは、こいつは……長官室で何やら怪しげな取引を、していた……わけ、じゃあ、なかった……のか?」
「え! そんな風に見えてたの? シュウってお茶目ね」
「いや、お茶目とかじゃねぇって。……ってか、んだよ。そういうことなら霧雨も言ってくれりゃあ、良かったのによ。あーぁ、心配して損したじゃねぇか!」
すると、これまで頬を真っ赤に染めてあらぬ方向を見ていたはずの霧雨が、ばっと真っ直ぐにシュウを見つめて、酷く軽薄な笑みを浮かべた。
「そう、なのですね。貴方は私を心配していた、のですね。ふふふ、ありがたいことですねぇ」
形勢逆転とばかりに澄ました表情の霧雨に、シュウはまた悔しい思いを抱くのであった。
「ほ~ら。二人とも、私の荷物を持って頂戴」
「朝倉さん、引っ越しは来週の予定なんですけれど……」
「うわ、これ全部ちづさんの荷物なのか?」
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