3 / 10
新谷夏生の青色社交辞令
カザリモノドコロコム。
カタカタで活字にすると何かの呪文みたいだけれど、サイトで見れる看板の写真は毛筆の書体が小粋でとてもかわいらしい。
『飾り物処・小夢』
南専務の娘である夢歌さんと、日立先輩の妻である美来さんが、二人で立ち上げた。
どっちも我が社の元社員だが、社長並びに役員一同はこの度の起業を全面的に支持しているのだとか。
夢歌さんはいわゆる副業で、会社の企画部に在籍中から台湾や韓国やベトナムの作家らがハンドメイドするアクセサリーの販売代行をフリマアプリ上にて行っていた。
その売り上げが伸びに伸び、アカウントの本格的なブランディングと税金対策を検討するうち、公私共に友好を深めていた美来さんの根回しが幸いして円満に退社。
いよいよこの夏から個人事業主となり実店舗を構えるのだった。
*
ぼくは視察業務と称して小夢の開店祝いへ向かう前、すっきりとひげを剃った。ネクタイこそしないものの久々にスーツを着たし、伸びすぎた髪を切りこそしないもののちゃんとくくったりもした。
地下鉄の改札を出てすぐのスターバックスで南専務と落ち合う約束をしていた。
日曜日の朝九時だ。そのわりに地下街は混んでいない。
冷房がよくあたる二人客用のソファ席は楽に確保できた。そこでスマホをいじってみると日立さんがなぜか突然インスタに投稿した陽気な猫(っぽい動物)の落描きを発見。冷たいフラペチーノをゆったり味わい深く感じ入りながら、過去の事実と空想の入り混じったショートムービーのような連想をさせられた。
その物語の中では、黒ずくめの悪党のマシンガンで盛大に撃たれて死にかけよる青年主人公がライバル・ヒロインから情熱的かつ不適切な接吻を優しくうながされ「や、やめたまえ、セニョリータ」とか小賢しそうに言い退けたがる。対して彼女がアルカイックスマイルで泣き出す「もうがんばらなくていいのよ」あたりで、真っ赤なアロハシャツと真っ白なハーフパンツをばっちり着こなしたカバの子どもみたいなおっちゃん、南専務がのこのこやって来た。薄紫の墨字で「小夢」と書かれてある団扇をぱたぱたさせて。あらまあ、現実の目に飛び込んできます光景ってやはり何とも言いがたく時々ものがなしいようだにゃ、少しばかりそう思わずいられなかった。
「ぷひゃー、おまたせ新谷君。しかし何だ、このがらすき。暑さと不景気でカフェに来る客も減っているんかな」
ぼくが儀礼として立ち上がり一礼すると同時に南専務から身振りでかまわんから座りなさいと伝えられた。
「南さん、お疲れ様です。ぼくも来たばかりです。朝から暑いですね。スターバックス、最近の業績はいいはずなんですがね」
「いやー、小夢だか何だかよくわからんが、娘の店はもう少し賑やかであってほしいねー。あたしが言うのもあれだけど、商売は遊びじゃないんだから」
「とか言って、遊び心ありますよね。ご自分の娘さんと部下の妻に、夢のあるサービス。南さんも日立さんも、今時めずらしい男前な公私混同されてますね」
「ぷひゃはー、新谷君、身内におべんちゃらはやめなさいな。それはきみ。尊大で気ままな独り者の嫌味か、しゃれにならないプレッシャーの裏返しに聞こえるよ」
南専務に余裕で世辞のしゃらくささを指摘されてしまった。そう言われたらその通り、ぼくはずっと独身なのだからして、彼らのようにしっかり働く自覚がほぼない。そんなの立派なありんこほども持っていないと思う。会社に恩義はちょっとだけあるはずだが、実は特に貢献する意気も出世する向上心もなかった。
日立先輩が家を買うって話を聞いたら「めっちゃいいですね!」と言ったし、南専務がその愛娘の独立開業を承認すべきか意見を求めてきたら「若者のチャレンジって、チャンスですよね?」と言う。
そんな軽薄な合いの手を打ったツケは意外と彼らの機嫌、虫の居所、遊び感覚次第で回ってくるものなのかもしれない。
ツリーハウスのことにしろ、小夢のことにしろ、それらに関わる人たちとのことにしろ、ひょっとしたら人ごとじゃなく揉め事になっても変ではない、ある種の過剰にすぎる幸福とはいえまいか。
お前は自分も他人もどうなったってかまわない冷血漢だとか、辛辣な誤解をしたふりのうまい南専務にラベリングされた上、そろそろここぞとばかりに毒気の満ちたお鉢を押し付けられてしまう気がしてくる。
「どうしたの新谷くん。顔色少しブルーだよ?」
日立先輩も南専務も柔和そうな顔をしている。でも実はその内心、新谷夏生ごとき小生意気な若造は近々ブービートラップにかけて都合よく使い捨てりゃいい、なんて考えておられたら困っちゃうな。
よく知った人たちがいけずな別人になるみたいな、安っぽいパラレルシティへまちがえて踏み込む空想までした刹那だ。
「いえ、何でも。小夢が繁盛しますように、祈っていました。ははは」
あるいは異常な炎暑を招くほど気候変動の激しい昨今の日本列島なのだもの、本来ご機嫌でなければならないこの脳味噌がしゅーしゅーゆだっていて、余計な被害妄想や破滅願望の灰汁じみた魔性のペルソナを迂闊にも吹きこぼしかけている。
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。