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堕天使と小悪魔の揉み合う沙汰
普通、人間は自然に飛躍しない
*
夢歌さんはぼくたちを飾り物処・小夢の外へ引きずり出すなり、「二人とも、のこのこ来てくれてありがとう。覚悟なさいよ」と脅した。
「お、おい、グーでやるつもりかい。ならその指輪を外してからにしてあげな。危ないから」
あろうことか、歴戦の勇者のはずの南専務は震え上がってぼくを盾にした。
「お父さん、引き返すなら今のうちだよ」
「だめだ、南さん、ここは離れてください。あの目は尋常じゃない。もう昔の夢歌さんとはちがいます」
南専務が神妙にうなずき、漫画みたいにじりじり後ずさるかと思わせた次の瞬間、回れ右して背中を向けた。冗談抜きに脱兎のごとくだ。あっという間に逃げ去ってしまった。「こんな時こそ娘を置いてはいけないよ!」って言うと信じていたのに。
あくどい舗装工事でできたアスファルト道路がすっかりひび割れている。その上に自分と半年も交際して別れた女が取り乱しかけている。
こんな時、どう対処すれば誠実と思われるのだろうか。
神妙な空想につかれた気分だった。
現実と空想の境界が曖昧になった。
せいぜい正気を失わないように踏ん張っている。
「やっと二人きりになれたね。小悪魔ちゃん」
「夏生君? ……はっ! 何それっ!」
夢歌さんが、いや、夢歌さんの顔をした敵が本性をさらす。その前にぼくはスーツの内ポケットから武器を抜いた。
それ見よ。誰がどう見てもただのピコピコハンマーである。
だがしかし、実はこれこそ前の職場である超常現象研究所からちょろまかしてきた最新型の魔導兵器なのだ。
「これ、ルシフェルズハンマーっていうんだ。おそろしくひどいネーミングセンスだよ。でも君のような悪い子と遊ぶにはもってこいでな。実用性には優れている」
「……いつから気付いてたの」
「ああ。最初から疑っていたよ」ぼくはピンチの時こそ大きく出た方が得だと思う「まず、本来なら夢歌さんみたいな堅物がまともな神経でぼくみたいな変人と交際したくなるわけがなかったんだ。そこで悪魔の干渉は予感していた。そのたった半年後、夢歌さんは会社をやめただろう? 正気の夢歌さんなら、よほどきつい理由がなきゃやめられない。一方、ぼくにはツリーハウスを使える権利が回ってきている。何かの影響が巡り巡った誰かさんから、前もって先々の罪滅ぼしをされるかのごとく回ってきたんだ。やれやれ、予感的中の確率はぐんと上がった。その三つの変化に伴って、夢歌さんは手の平を返すようにぼくと別れたがり、さらに急にアクセサリーショップの立ち上げを成功したともなると、もう確信するしかなかった。まともな説明もなく、運の動線が混乱しすぎてるよな。これは絶対に何者かが雑に描いた流れだ。そう思うしかない」
低音の奇声。そして高音の咆哮。夢歌さんは同時に一直線で飛びかかってきた。裂けるほど大きく口を開け、唾液の光る牙がぼくの喉笛めがけて突っ込んでくる。上へ跳躍すると思ったが違った。地表すれすれ、ロケット花火みたいに。それよりも素早い。これは避けられそうにない。
「うう、うるせえ! この✕✕✕✕ーーーっ!!」
知らない鬼女の声かと錯覚する。気付けば夢歌さんが白目をむいてしがみついていた。それは突発の急戦ではなく、むしろ予定調和の揉み合いだった。痛みよりも先にぼくは己の首から噴き出す血を熱く感じた。夢歌さんの唇は逆に青く冷えていた。
「ピコピコ。早く働け。ぼくが死ぬぞ」
有り体に肉を噛ませて骨を抜け。
ハンマーには堕天使ピコピコが宿っている。その意思がぼくの右手を動かす。敵は速いがこっちも負けるほど遅くはない。両者とも人間離れした魔力に操られている。
ただし、ぼくの意識は夢歌さんほど闇に食い込まれておらず、まだ確実に保たれている。
ピコピコは普段、寝ぼけているようなものだ。この手にした時だけ目覚めて二心同体になる、いわば守護天使や九十九神に近いタイプの意志を持っていた。でもその寄生対象は人ではなく、あくまでもハンマーという道具なのだ。
これを敵の頭部か胸部に一振り当てさえすれば、その魂に取り憑いた余計な闇を打ち負かせる。本当に軽く当てるだけで良い。無心の手指にぴこんとかわいい殴打音が響いた。途端に陽炎の子供みたいな骸骨の像が飛び出た。そしてたちまちどす黒い粒子に分解される。この霧状の闇を使役者の左掌に吸収させるまでがピコピコの仕事だった。
「……あれ、これ、なに? なんで?」
可哀想に、敵の声はだんだんしぼんだ。悪魔がルシフェルズハンマーに叩き出されれば文字通り見る影もなくなって、一旦このように魔力を奪い取られる。
ラッキーズリングかデビルズリングか。その名は知らない。ともかく気を失った夢歌さんの指からは外してあげた。
「小悪魔ちゃん、名前はあるかい。もうぼくたちは仲間なんだ、仲良くしよう」
指輪に封印された悪魔が再び目覚めるには、闇の力を必要とする人間に悪名を呼ばれなければならない。指輪はむすっと沈黙した。ピコピコがからかうように笑った。
「あはは、夏生。こいつは私よりも若い。仮名すらない。何かつけてやらなきゃ使えないよ。それにしても君、今回は思ったより痛い目にあったね?」
炎天下が大の苦手な堕天使ピコピコは夜までその姿を現せない。愉快に奇怪に残酷な透明の化け物ぶって、ぼくの傷と血を舐めるように囁いた。
「泣けるほど痛くない。こちとらこれでも、生まれつきハートがタフガイでな」
ぼくの名は新谷夏生。二十五歳。
表向きは一般中小企業『はざまや』の雇用条件に囲われた平凡な真人間だ。
しかしてその正体は、魔のつくものたちと殺し合わず生かし合わず、なのに混じり合うさだめの下に貴重な休日の多くを返上させられるデビルバスターだった。
火急の出前迅速は当然とする。特段の格付けは一切不要。だから専属年間契約なんかは当分御免こうむりたい。
俗にいわれる職業霊能力者、そういうものでもないのだ。持ち前の不思議体験のせいでたまたま体質が妖魔に対処しやくなっただけだ。
この夏秋冬にかけて、少なくとも週五回以上の出動は覚悟している。だらだら長引く繁忙期になりそうだった。経験則はいやでもその予感を当てる。
お世話になった伝統日式呪い師の日立先輩は謎の社長命令を口実に、妻子を残して激務から逃げたも同然だった。
その上に頼みの横綱、大魔術士協会の重鎮であるはずの南専務まで、ついぞさっき責任を放棄したばかりだった。
何の因果か仕事のできる人手がやたらと減ってしまう。
会社の保有する闇株の成長性と高密度化が加速しているからかもしれない。
捕らえた悪魔を手先に変えてでも、ぼくが彼らの後を継ぐしかなかった。何せその現物報酬が良すぎる。臨時手当が素敵なツリーハウスの使用権の貸与というならば、ぶっちゃけ今日もお安い御用なのだ。そのうち譲渡までされる可能性だってある。
南夢歌さんと日立美来さんの独立に賛成したのは、一つの保険として正解だった。
もしトラブルが会社単位で事件化したら社の存亡に関わる話になってしまうから。
「我が手の内なる小悪魔よ、我が心より汝に名を与えよう。汝は……そう、ナンムカってことで」
「ほう。適切かもしれない」
ピコピコが嬉しそうに言う。ということはピコピコに追従するしかないナンムカもこの名を喜ぶ。たとえしぶしぶでも。
ナンムカは人の気運を乱す。有象無象の変異を起こす脱理論タイプの小悪魔だ。けして銀糸町なんかで野放しにはできない。
結果的には夢歌さんから奪ったので、また彼女から何か文句を言われる恐れが増した。
しかしこいつをぼくの手下にしたからには、今後ある程度の制御が可能。
もう小夢が震度四弱の地震で潰れるような大不運には見舞われないだろう。
自分の懐に堕天使も小悪魔も抱え込むメリットは遠い未来の不明瞭なリスクを大いに上回る、そう甘く見積っていた。
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