セカンドラグナロク

紗流

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第四話

ファーストコンタクト

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 時間は刻々と経っていき、一年が経過した。
榛名の手元にはまだ三枚のカードしかもっていない。戦うにはまだ至ることできない。愛歌が言うには魔術の知識、または魔術が扱えるものが戦力になると言うことだ。
「どうすればいいんだ。時間はまだあるが、そういったやつに心当たりはない」
「それなら、別世界に行ってみない? そこには、魔術の類を扱えるものや生物が生息しているよ」
 たしかに行く機会があるなら行ってみたいな、と湊は素直に思った。
「それは楽しそうだな」
「わかってる、これは遊びじゃないんだよ」
 ああ、分かってるさ、と言いながら内心、心を躍らせていた。
「ふふ、でも榛名くんもたまには休みが必要だよね。あ、そうだいい場所があるな。あそこならドラゴンとかいたなぁ。よし、そこに行こう」
 愛歌は榛名の腕を掴むと大きく羽を広げた。そして、勢いよく文化部から飛び出した。

 連れてこられたのはたくさん並ぶ木製の扉の一つだった。扉の立て札には見たことのない文字が刻まれていて、読むことが不可能だ。
「ここはね、アースガルズ。ヨルムンガンドがいた、大きな泉がある場所だよ」
「なるほど。ヨルムンガンドの脅威に怯えて、オーディンが天界から地に墜とした場所だったな」
「さすが榛名くん。よく知ってるね。神竜がいただけのことあって、ここはいい場所なんだよ」
 二人が扉の前で話してると、廊下の奥の方から足音が聞こえてくる。その足音は二人の耳に届き、二人は音の方を向いた。
「へ、ヘリヤ! 何でここに?」
「ブリュンヒルデ! 私の頼みを聞いてくれ!」
 ヘリヤと呼ばれた長髪の女性は二人の前で勢いよく土下座した。なぜ彼女がこんなことをしたのか分からない。
 愛歌は、ヘリヤのところに近づくと顔を上げてと言いながらヘリヤの体を起き上がらせる。
「私のマスターがこの部屋から出てきてくれないんだ……」
「どういうこと、アースガルドにずっと居たいってことなの?」
 ああ、とヘリヤは首を縦に振った。
「マスターは、この世界で生まれて、この世界で死んだんだ……。敵だとはわかってる。だけど、どうしても彼女を救いたいんだ」
 馬鹿言うな、そう榛名は言おうとしたが、突然、愛歌が涙声を上げながらヘリヤの手を掴んだ。
「そうなんだ。うん、マスターを思うその気持ちはすごくわかるよ! グス、わがった、私たちに任せて。ねえ、榛名くん」
 まるで小動物だ。そう思わせるように愛歌は榛名を見つめた。愛歌が困っている人や動物を無視できない奴だと思い出し、榛名はため息をついた。
「わかった、わかった。だから、そんな顔をするな」
「さすが榛名くん。やっさしいー♪」
「ヘリヤ、と言ったか。俺たちは私事(わたくしごと)でやる。決してお前から頼まれたからじゃない。いいな?」
 榛名の言葉にヘリヤは一瞬、目を見開いて驚き、ああ、と返事をした。ヘリヤの答えを聞き、榛名は扉を開けながら中に入った。目の前には雲一つない青空が広がり――、広がっているだけだった。榛名は首をかしげながら足を踏み入れる。だが、右足は空を切る。   
 うわああああああああああ!
 断末魔のような声が響き渡る。榛名は頭を下にしながら、下へ下へと落ちていく。景色も逆転する。体が回転を始め、世界も回り始める。視界と三半規管がやられ、榛名は現状を理解できずにいた。ただ一つ、榛名の頭の中には落ちる、という言葉しかない。
「ああ、榛名くぅぅん! 間に合えええ!」
 遠くの方から愛歌の声が耳に届く。目を開くと、くるくる回る愛歌の姿が見えた。愛歌は、翼を羽ばたかせながら、榛名の服を掴むことに成功。榛名は伸びた服に吊るされた状態で空中に浮く。
「おおお、おい! 足場がないなら言えよ! 死ぬかと思ったぞ」
「榛名くんが躊躇なくドアを開けるって思わなかったよ。ああ、そうか。探求心は昔っから人一倍あったからね」
 はは、と乾いた声で笑いながら愛歌はゆっくりと下降していく。下を見ると、大きな泉が目に留まる。それがだんだんと近づいてくる。
「あれがヨルムンガンドが墜とされた泉ってわけか」
「そうだね。名前は分からないけど、この世界の象徴って言ってもいいね」
 象徴、確かに上から見ても泉は大きく、綺麗で透き通っていた。
「でも、ヘリスの言っていたマスターの姿が見当たらないね」
 人影どころか生物の影が見当たらない。そうだな、と相槌を言いながら目を凝らす。ヴァルハラの生活を送っていった中で少しだけであるが簡易の魔法を使うことができることが判明した。
 現に榛名は視力を上昇させる魔法を使い、辺りを見渡した。
「ああ、どこにもいないな」
「まあ、ここは生物のほとんどが泉の中で生息しているんだよね」
 何気もなく言った愛歌の言葉に榛名は耳を疑った。
「愛歌、もう一度言ってくれないか?」
「だから、ここの生物のほとんどが泉の中で生息してるんだよ」
「この馬鹿ぁ! それじゃああの中に入らないといけないじゃないか! 俺、水中呼吸の魔法は覚えてないぞ!」
「ちょっと、そんなに激しく揺らすと落としちゃうよ! それに慌てなくても、私がその魔法を使えるから。はいはい、そんな疑いの目で私を見ない」
 そのまま行くよ、と榛名の服を握ったまま愛歌は泉の中に勢いよく突っ込んだ。本当に魔術が効いたのか心配で息を止めたが、直ぐに耐えきれず吐いてしまう。
「あれ、苦しくない。それに会話できる」
「心配性なんだから。魔術の勉強する暇なんていっぱいあったんだから、そのくらいの魔法くらい覚えれるよ」
 ムスッと頬を膨らませて拗ねる愛歌の頭を撫でる。もう、と言いつつも榛名に頭を撫でられ、愛歌はうっとりした顔をする
 そんな愛歌をよそに榛名は目を凝らして辺りを見る。愛歌の言った通り、泉の中には多くの生物が住んでいた。特に驚いたのは、首長、胴長の爬虫類。俗にいうドラゴンの姿だ。
 大きな翼を折りたたみ、体をくねらせて泳ぐ姿は蛇に似ていた。ドラゴンは数多くおり、どのドラゴンも泉のそこにそびえ立つ白のような建築物の周りを泳いでいる。
「なんだか、あそこが怪しいね」
「俺も言おうとした。ちょっと待ってろ、今見てみる」
 城には多くの穴があり、そこの中に何かいないか、榛名は見つめる。ビンゴだ。
 城の頂上付近、そこに大きな穴が開いてあり、覗いてみると人影を見つけることに成功した。
「愛歌、あそこに行ってくれ。ほら、頂上付近の大きな穴だ。そこにいる」
 
 建物の中は非常に殺風景だった。見慣れない絵画や高そうな置物、まるで中世のような城を想像していたが、思い違いだった。だが、石でできた玉座だけはそこに存在していた。
「うう、グス。うわあああん!」
 玉座の上で膝を抱えて泣く女性を見つけた。大きな声で子供のように泣きわめいている。
「おい、どうした……」
 できるだけ優しく声をかけた。すると、泣き声が止んだ。だが、泣き止んだというより榛名たち二人の事を怯えているようにみえる。ガクガクと膝を震わせ、青ざめた顔で榛名を見つめる。
「ににいいい……人間……。人間がいるぅ。いや、また私から奪うつもりだ! 近づくな、近づかないでぇ!」
「俺、というより人間自体が嫌いらしいな。だけど、アイツも人間じゃないのか」
 榛名の言葉が届いたのか、ピクッと反応をした。
「私は高潔なる水竜、ヨルムンガンドの娘、イオルだぞ。貴様たち人間と一緒にするな」
「近づくなと言ったわりに、会話はするんだな」
 多分本意で話したんじゃなかったんだろう。榛名に言われ、イオルは顔を真っ赤にし、俯いた。
「ヘリヤも心配してたんだよ。ねえ、一回この世界から出ない?」
 イオルは激しく首を横に振り否定した。どうやら、人間の事が嫌いらしい。人間に激しい恨みを持っているんだろう。心の中で納得はしたが、事態は何も進展していない。
「人間嫌いだ、嫌い嫌い嫌いだああ! あのヘリヤって女も嫌い、お前たちも嫌いだ。出てけえ!」
「なるほど、貴方はヘリヤが何者なのか知らないのか……。私たち戦乙女は、本名を自分の口からマスターに教えてはだめだという掟があるんだ。だから、ヘリヤの名前も知らないんだね」
「名前なんて関係ない!」
「それがね、関係があるんだよ。だってヘリヤは、ヨルムンガンドだから」
 え、とイオルが声を上げると同時に、三人がいる城の天井が爆発した。そこから現れたのは、ヘリヤ本人だった。大きな翼を広げ、ゆっくりと榛名とイオルの間に降りてきた。
「ブリュンヒルデ、ありがとう。ようやく、この子と話をすることができる」
「うそよ、アンタがお母様のわけがない」
 イオルの言う通り、ヘリヤは人の姿をしている。神話に登場したドラゴンには見えない。
「イオル、久しぶりね。大きくなったね」
「どうして母様はそんな姿に……」
「私は死んでからオーディンに昔の力を奪われ、神の使い、戦乙女のヘリヤとして姿を変える羽目になった。でも、ヴァルハラからずっと貴方の事を見てたのよ。辛かったでしょ、苦しかったでしょ……。でも安心して、目の前にいる二人はあの人間とは違う、心清らかな人間よ。彼らがこの泉に入ってるのに水に異変がない、それが何を意味してるか分かるでしょ?」
「精霊たちもこいつらを認めてるっていうの?」
 親子でどんな会話をしているのか分からない。榛名は、二人の様子をじっと見ていると、イオルが玉座からジャンプして、榛名の前に着地する。先ほどは毛ほども近づくことなかったはずが、今は榛名の顔をあらゆる角度から眺め、何故か匂いを嗅ぎ始めた。 
「アモーレの匂いがする。うん、この人間は悪い奴じゃない」
「匂いで判断できるのか?」
「竜の賢(けん)鼻(び)を舐めるなよ。匂いで相手の性格などが分かるんだぞ」
「そうか……。それじゃ、俺たちの役目もここで終わりだな。愛歌、帰るぞ」
 ここは親子で決着(ケリ)をつけてもらわないと、そう判断した榛名は愛歌に帰ろうと言ったが、
「まだ終わってない、イオルさんがそこまで追いつめられていたんだよ。何があったか知っておきたい」
 この場に残ることを榛名に提案してくる。
「知ってどうするんだ? あいつらを救おうっていうのか?」
「うん、私たちができる範囲で、だけれど。あの子を助けたいの」
 たち、てやっぱり俺も含まれてるんだな、と榛名は頭を掻く。
「これは交換条件ってわけじゃないが、お前が人を嫌う理由……教えてくれないか?」
 ヘリヤは一旦イオルの顔を見てから、渋々、わかったと肯定した。
「いいよ、母様。私が話すから」
 その言葉にヘリヤが止めに入ろうとしたがイオルは大丈夫だと制止させ、大きく息を吸い込んで小さい声で話し始めた。



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