セカンドラグナロク

紗流

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第五話

水竜は悲しみを覚える

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『王女様、泉が日に日に淀んでいきます。このまま、この城で暮らしているとお腹の子にまで支障が出ます』
 一匹の竜がヨルムンガンドのいる王室の中で翼を折りたため、現状を報告している。日に日に部下から伝えられてくる情報は悪いものばかりで、アースガルズは崩壊寸前に追い込まれていた。なぜ、こんなことが起きてしまったのか、理由はわからない。
 オーディンによって地に落とされ、アースガルドを守り続けろと命令させた。なぜ神がこんな命令をしたのか分からない。多分、生まれつき体が弱かった自分の事を心配しての
事だろう。この泉は万物を癒す効能があるって噂だし、何よりこの場所に来てから体の調子が良くなった。
 ヨルムンガンドは、オーディンの素直じゃない言動を思い出して口角を上げた。だが、今は笑っている暇はない。その泉に異変が起きてる問題を解消しないといけないからだ。
「今はどうすることもできん。私もお腹に子を成している。動こうにも動けないんだ。もう少しだけ、泉を調べてみてくれ。原因を見つけてくれ」
 わかりました、と竜は翼を広げ王室から出て行った。
「ごめんね、今は苦しいと思うけどすぐによくなるからね。だから、安心しておやすみ」
 ヨルムンガンドは子がいる場所をゆっくりと撫で、お腹の中で暴れる赤ちゃんを落ち着かせる。その時だった、青白い雷が城内に落ちた。攻撃、と一瞬思ったがそれは思い千賀だった。
「いつつ、ここはどこだ?」
 煙の中から姿を現したのは見たことのない生物だった。だが、言葉を話せるところから知能は高いのだろうと分かる。
「貴様、何者だ?」
「おお! まさかドラゴンていうやつか、カッコいいな。おっと、そう睨まないでくれよ、別に悪さをしに来たわけじゃない。たまたま、この世界に来ただけだ」
 小さき生物は笑いながら意味の分からないことを言った。ヨルムンガンドは食い殺そうと考えたが、目の前にいる生物に興味が湧き、その考えを捨てた。

「僕に任せて、これでも魔術師なんだから」
「そうか……。すまないな、私たちで解決しないといけないはずなのに。ありがとう、双とやら」
 天多双、この生物の名前だ。小さい体のくせに時を超える力を持っている。目の前で魔法を見せられ、双と名乗る生物の力をヨルムンガンドは思い知らされた。ここ数百年、泉の濁りに悩んでいたがそれをものの数秒で綺麗な泉の姿に戻してくれた。もう、双の事を信頼するしかなかった。
「これで良し。そうだ、ヨル。君、お腹に子供要るよね。心配だから調べさせてくれない? 泉の汚れのせいで子供の体に悪影響がないか心配だよ」
「そこまでしてくれるのか? お前たち人間は本当にお人好しな生物だな。だが、あありがとう」
 双という人間の言うことが全て正しい。ヨルムンガンドは疑うことなく、双に体を預けることにした。

 「そろそろ生まれる頃合いだな。ほんと、双に感謝しないと」
 双がいなくなり百年の時が経つ。お腹もいい具合に膨らみ、出産を待つだけだった。双がいなくなってから、泉は前のように汚れる事は無くなり、綺麗な青を取り戻していた。
 泉の効能は健在で、ヨルムンガンドの体を良好状態にしてくれている。だから、安産できる。
「ん、今日は一段と動くね。もしかしたら、生まれるのは今日なのかも」
 その言葉は本当へと変わった。およそ十時間の陣痛を経て、ヨルムンガンドは一匹、ではなく一人の人間を出産した。あの日、突然現れた天多双という名の生物とほぼ同じような姿をしていた。
 
「かあさま、私はなんでみんなと違うの?」
 ヨルムンガンドはいつも自分の子供から質問され、心を痛めていた。名前はイオルと名付けられた子は、部下たちから呪いの子やら、泉の怒りに触れて生まれた災いの子だと言い、ヨルムンガンドに殺すように提案してきた。
 呪いの子がいるとまた泉に異変を来す恐れがある、その脅威が部下たちの言葉からひしひしと伝わってくる。だが、ヨルムンガンドは否定する。自分の子を殺すなど、そんな残酷なことできるはずがない。それが裏目に出たのだろう。
 ヨルムンガンドは部下からの信頼を無くしていき、ついには謀反を起こされてしまう。
 側近だった竜に寝首をかかれて、最強を誇っていたヨルムンガンドはあっけなく殺されてしまう。
 残ったイオルは毎日のように命を狙われる。ヨルムンガンドの代わりに王の座についた竜がイオルを邪魔だと思っての行動だ。イオルは他の竜と比べ身体能力が低いため、一発も攻撃をくらえば、大きな怪我になった。
 城を追い出され、泉からも追い出された。ボロボロになったイオルは、母の死を悲しみながら泉の畔で座っていることしかできなかった。そんな時だった、イオルの元に泉をもとに戻してくれた天多双が現れた。
 イオルは母から双の事を聞いていた。とてもすごい魔術を使えることを、その力で泉をもとに戻したことを……。
「母を生き返らせてください」
 切実な願いを双に頼み込んだ。しかし、双は不敵な笑みを浮かべ、イオルの姿を見つめて、イオルが求めてもいない残酷な台詞を吐き捨てた。
「実験は成功だ。生物から別の因子を持つ生物を孕み、生むことに成功だ。ハハ、いいか小娘。あの泉はな俺の実験の副作用で濁ったんだ。俺が良い人を演じ、お前の母親に近づき、密かに魔術であのドラゴンの体に人間の因子を植え付けた。そして、生まれたのがお前、というわけだ。俺に感謝するんだな」
 母から聞いていた人間という生物はここまで残酷な生き物なのか、イオルの中でその言葉で溢れかえっていた。心を砕かれて、さらに涙が流れ出す。目の前にいる人間を殺したい、そう思っていてもボロボロの体ではどうすることもできなかった。
「ま、お前にはもう興味はない。お前はそのままあのドラゴンと同じ目に遭うんだな。恨むなら、俺を信用した母親を恨め」
 双は、嘲笑いながら姿を消した。残されたイオルはそのまま何百年も泣き続け、終いには、体も心も弱り切って力尽いてしまった。

 □
 イオルは気づくと悲しくて、喋ることがままならない状態になった。そんなイオルをヘリヤは抱きしめて、慰めていた。
「まさか、双さんがそんなことを……。すまなかった」
 急に頭を下げた榛名を見て、愛歌も同じように頭を下げた。
「なぜお前たちが謝る?」
「その天多双って人間、私たちの知り合いなの。だから、ごめんなさい」
 知り合い、その言葉に親子は一瞬反応したが、頭を上げてくれと言い怒った様子はなかった。
「これは私たちの問題だ。それに今はもう死んでいるんだ。生きていた時の事はもういいんだ。それに、私が神になればずっとアースガルドを守っていける」
「そうだね、私もラグナロクを勝ち残って、アースガルドを未来永劫、平和で穏やかな世界にするんだ」
「はは、愛歌。俺たち遠回しに宣戦布告されたぞ」
「望むところだよ」
「それじゃあ、次に会う時はセカンドラグナロクの時にだな……。そういえば、お前たちこの世界に仲間集めが目的で来たんじゃなかったか? いいぞ、この世界の竜は皆、気高くて恐ろしいほど強いぞ。気が合うやつを連れていくといい」
「この世界の主様の前で、ここの竜を連れて行こうとは思わない」
「そういうことだから、またね二人とも……」
 用事が済んだことだし、本当に帰るぞ、と榛名は愛歌に言った。愛歌は首を縦に振って、榛名の服を掴むと大きく翼を広げた。
「いいか、今はヘリヤも人間の姿だ。だから、ここの竜たちをちゃんと説得して仲良くするんだぞ! 主様のお帰りだと、イオルお前が母を手助けするんだ! 昔、竜たちにひどいことをされたのを忘れろ。お前はお前自身の想いをぶつけるんだ。そうすれば、竜たちも話を聞いてくれるはずだ!」
「アンタは人間のくせにお節介なのよおぉぉ!」
 それは怒った風な声ではなく、心からの感謝の声だった。 



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