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第1話 父が遺したもの ③
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六月二十一日。それは突然の出来事であった。
「火事やー!火事やー!」
「和尚様!何事ですか!」
「あれ見てみ!」
小谷城下で火の手が上がっていた。その様子は観音寺からも十分見える。
「和尚様!父上は!父上はどうなるのです!」
「落ち着け平馬。吉房殿はきっと生きておる。そして必ず切り抜けられる。」
「織田の反撃だ……織田がすぐそこまで来てるんだ……」
「落ち着け平馬!」
「もう駄目だ……やはり敵に回してはいけな…」
バタッ
「おい平馬!しっかりせい!」
平馬はその場に倒れ込んだ。
金ヶ崎の戦い以降、織田方と浅井朝倉方の小競り合いが続いていた。痺れを切らした織田方が小谷城下に放火したのである。
そして六月二十八日。織田徳川連合軍と浅井朝倉連合軍は姉川で再び相対す。
吉房達ももちろん従軍していた。
「とんでもないことになったな。」
「此度も生きて帰るで吉房。織田がなんや。わしらは金ヶ崎で一回勝っとるんや。」
「………。ああ。せや。帰らねばならん!」
浅井軍は織田軍と、朝倉軍は徳川軍と対峙した。
「かかれ!」
長政の号令に従い浅井軍は織田軍と激しく衝突する。
「行け!行けー!」
一進一退の攻防が続いた。
「圭助!圭助!」
「何や吉房!わしはここや!」
「おぉ!まだ死ぬなや!」
「当たり前や!」
吉房と圭助は確実に一人一人、敵を打ち倒す。
「その意気じゃ!もっとじゃ!もっとじゃ!」
浅井軍の必死の進撃により、形勢は浅井軍有利に傾く。勢い付いた浅井軍は織田本陣に迫りつつあった。
「本陣が見えたぞ!進めー!」
浅井軍が威勢良く進軍し織田本陣の近くまでたどり着いた。
その頃、本陣の長政のもとに伝令が来た。
「申し上げます!朝倉軍、陣形を縦に広げた隙に徳川軍に横っ腹を突かれました!」
「何!それで!」
「本多隊、ならびに榊原隊の猛進により分断された模様!その余波が我が軍にも及びつつあり!」
「………ぬぅぅ……一旦引け!方々に陣形を立て直せと伝えよ!」
前方の軍勢に後方から引くよう指示が飛んだ。
「何!なぜ今引くんや!」
「今が攻め時やろが!」
「とにかく引け!」
軍勢は慌てて引き返す。しかし、すでに浅井軍の陣形も崩れつつあった。
「しまった。前に出すぎた………ぐぅぁぁ!」
後退する浅井軍を織田軍が追撃していた。無数の鉄砲玉が背後から飛んでくる。多くの兵が倒れていく。
吉房と圭助は死に物狂いで走った。
「まだ死ねんぞぉぉ!」
「村へ帰るんやぁぁ!」
一瞬の高揚が形勢を一気に逆転させた。軍勢を縦に引き伸ばし、それを分断し叩くという術中に見事にはまったのである。浅井朝倉軍の敗北は濃厚となった。
「殿、ここは、早く城へお戻り下され。我らが時を稼ぎまする。」
「おのれ……。分かった。死ぬなよ。」
長政は退却を決心した。ちょうどその時吉房と圭助が本陣に戻ってきた。
「あぁぁ!死ぬかと思ったわ!」
「まだ安心しきれんぞ!ほれ立て圭助!」
「あぁ……。ところで吉房、悪い知らせや。」
「何や。」
「村の者で生きとるのは、わしら二人だけらしい。」
「………嘘や。」
「皆転がっとった。」
「……………負けたんか。わしらは。」
吉房は頭を抱えた。そこへ長政が近付いて来る。
「そなたら、どこの者か。」
「ご領主様!………私は大谷村の吉房にございます。」
「うむ。ちょうど良い。ともに参れ。」
吉房と圭助は長政につき従い、小谷城へ退却した。
姉川の戦いは織田徳川連合軍の大勝に終結した。
それから数日後。平馬は観音寺でひたすら祈りを捧げている。
「天よ……父上を村へお返しあれ。」
平馬のもとへ仁文がやって来た。
「平馬。村へ帰る時が来たで。」
「え?」
平馬は拍子抜けであった。
「では……、父上が!」
「ああ。吉房殿が、村にお帰りになった。」
「父上……父上!」
平馬は急いで支度をして寺を駆け出た。
平馬が仁文とともに二年振りに帰郷した。吉房の屋敷に帰ると、継や石のほか、村の女達が揃っていた。
「おぉ!皆、久しいな!」
「おん……久しぶり……」
「何や継!いつもの元気はどこ行った!」
継は何も答えない。
「石!久しいな!」
石も何も答えない。
「みんなどうしたんや!で、父上はどこにおる!」
石は黙って屋敷の中を指差す。
「中か。父上!平馬、ただ今帰りました!」
平馬が屋敷の中へ入ると、圭助が横たわっていた。
「おい圭助!圭助!」
圭助は起きない。奥を見ると、いつもの甲冑を身に付けいつもの大の字で寝ている吉房がいた。
「父上や!」
平馬は部屋の中へはい入った。
「父上!父上!」
吉房も同じく何を言っても返事をしなかった。
「父上!父……」
平馬はふと吉房の肩に手をやると違和感を覚えた。見ると、平馬の手は赤く染まっている。
「え………?母上?」
近くに座っていた東が震える声で話し始めた。
「父上は………ご領主様が姉川から退却するのに同行したんや。戦場からは離脱できた。………やけど、城に戻る途中に織田の軍勢に鉢合わせした。」
「え?……嘘やん。嘘やわそんなん。」
「ご領主様を逃がすことは出来たんやけど、そこにおった雑兵は無数の鉄砲玉を浴びた。」
「嫌や。そんなん嫌や。」
「圭助さんは……自分の命と引き換えに、父上の体を村に返してくれたんや。」
平馬が振り返りよく見ると、圭助は息絶えていた。
「嘘やろ……。父上?父上?」
東はすすり泣き始めた。
「父上!父上!父………あぁぁぁぁ!嘘やぁぁ!生きて帰るて……嫌やぁぁぁ!!」
平馬は激しく慟哭した。
仁文は屋敷の外で手を合わせている。継や石も泣いていた。
「失礼。」
突如、屋敷に顔を布で覆った男が入ってきた。
「………どちら様で。」
男は何も答えることなく、吉房の亡骸に手を合わせた。
「………何や……誰や!」
平馬は男の布を無理やり剥ぎ取る。外で控えていた男の供が慌てて屋敷の中に入ってくる。
「何や………何しに来たんや!」
平馬は泣きじゃくりながら叫んだ。
「お悔やみを言いに来ました。」
明らかなる武士の格好。そして護衛と思わしき付き人。平馬は全ての察しがついた。
「……まさか……」
平馬はその男を睨む。
「やはり、隠し通せるものではないか。浅井長政である。」
男は長政であった。
「此度の戦で村長を亡くされた。その詫びに参った。」
「……そんな……わざわざおいでいただき……」
東は泣きながら長政に対応する。
「私のせいでご主人を亡くされた。まことに申し訳ない。」
「いえ……これが乱世というもの。ご領主様のせいではありません。」
「そうや。ご領主様のせいではない。」
皆が口々に長政を庇う。
「ご領主様のせいでは……」
「そうや。お前のせいや。」
平馬はそう呟くと、立ち上がって長政の胸ぐらを掴んだ。
「お前が………お前があんな戦をしたで父は死んだんや!」
平馬の悲しみは怒りに変わった。
「無礼者!」
長政は刀に手をかける家臣を制止した。
「お前のせいや……お前が織田を裏切ったでや!ふざけんな!」
平馬は長政の頬を殴る。
「貴様!」
「もう良い!もう良いのじゃ……」
長政は刀を抜こうとした家臣を再び制止する。
「出ていけ!二度と来るな!」
長政はそのまま屋敷から出ていった。
「戦の折、もうこの村に声をかけはせぬ。巻き込んですまなかった。」
「ふざけんな!そんな同情要らん!やったら父を返せ!このくそ領主が!」
激昂して長政を追おうとする平馬を継と石が止める。
「平馬抑えて…」
「平馬もうやめて!」
「あぁぁ……ふざけんな!」
平馬の父・大谷吉房は、秋の収穫を待つことなく無言の帰還を果たした。そして、村に戻った平馬は村長の座を受け継いだのである。
この後、時代は激動の三年間を迎えることとなった。
元亀二年(一五七一年)、九月十二日。比叡山延暦寺が燃えた。比叡山の炎上は前代未聞の出来事であった。
僧や女、子供までもが次々と切り捨てられる。
深手を負った僧が地面に這いつくばっていた。その僧はある男の足を掴む。
「神仏を焼くとは……お前らの主は鬼じゃ……」
「僧であることを捨て、金と女を欲しいままにする連中に言われたくはない。」
「鬼じゃ……鬼じゃ……鬼じゃ……鬼…」
男は僧の首をねじ切り息の根を止めた。
「この国を、あるべき姿に戻さねばならん。道理の分からぬ愚か者には消えてもらう。」
「この人でなし!」
男は泣きながら向かって来た女を容赦無く切り捨てた。
「延暦寺攻めの一番手柄は、この明智十兵衛光秀じゃ。」
彼が、後に日本史上最大の事件を起こす男。明智光秀。
元亀三年(一五七二年)、十二月二十二日。遠江、三方ヶ原。
冷や汗をかきながら戦線離脱を図る男がいた。ほんの少しの供を連れ馬を走らせる。
「殿!お待ち下さい!」
「平八郎!城まであとどれくらいじゃ!」
「あと僅かかと!」
「あっ!」
「何じゃ小平太!」
「殿、何か落ちましたぞ!」
「あぁぁ……馬の糞じゃぁ!!」
必死に城へ逃げ帰るこの男は、後に戦国乱世に終止符を打ち、およそ二百六十年に及ぶ太平の世の礎を築く男。徳川家康。家康に付き従う二人の武者は、本多平八郎忠勝と榊原小平太康政。
元亀四年(一五七三年)、七月。京、槇島城。
「足利義昭公!義昭公はいずこ!」
ここは室町幕府十五代将軍・足利義昭が籠る城である。義昭のいる広間に、軍勢がなだれ込む。兵を押し退けて猿顔の男が一歩前に出た。
「何じゃお主は!」
「木下藤吉郎秀吉一番乗り!ささ、お立ち退きあれ!」
「馬鹿な……わしは将軍じゃ。意地でもここを動かぬぞ!」
男が手を叩くと奥から五、六人の兵が出てきた。義昭は無理やり担ぎ出された。
「離せ離せこの無礼者が!」
「はっはっはっ上々上々!約束通り新しい名を頂戴するでぇ!」
このやかましい男こそ、後の天下人。豊臣秀吉。
室町幕府が滅び、元号が「天正」に改められた。
美濃、岐阜城にある知らせが届いた。
「そうか。甲斐の虎が見罷ったか。」
そこには秀吉、光秀らが揃っていた。彼らの視線の先にあの男が鎮座している。
「この国を建て直す。もはや将軍はおらぬ。我らの手で、我らの力で、それを成す時ぞ。まずは越前朝倉、ならびに近江浅井。こやつらの息の根を止める。心してかかれ!」
「はっっ!」
織田信長。言わずとしれた戦国の覇者である。
大谷村の村長の屋敷に平馬がいる。平馬は胴に白い蝶が描かれた吉房の甲冑を見つめていた。
「父上……。」
平馬は三年の時を経て、身も心もたくましく成長していた。
父・吉房の跡を継いだ大谷村の新たな村長、大谷平馬。彼は後に名将・大谷吉継として名を馳せる。
平馬の人生はまだ始まったばかりである。
「火事やー!火事やー!」
「和尚様!何事ですか!」
「あれ見てみ!」
小谷城下で火の手が上がっていた。その様子は観音寺からも十分見える。
「和尚様!父上は!父上はどうなるのです!」
「落ち着け平馬。吉房殿はきっと生きておる。そして必ず切り抜けられる。」
「織田の反撃だ……織田がすぐそこまで来てるんだ……」
「落ち着け平馬!」
「もう駄目だ……やはり敵に回してはいけな…」
バタッ
「おい平馬!しっかりせい!」
平馬はその場に倒れ込んだ。
金ヶ崎の戦い以降、織田方と浅井朝倉方の小競り合いが続いていた。痺れを切らした織田方が小谷城下に放火したのである。
そして六月二十八日。織田徳川連合軍と浅井朝倉連合軍は姉川で再び相対す。
吉房達ももちろん従軍していた。
「とんでもないことになったな。」
「此度も生きて帰るで吉房。織田がなんや。わしらは金ヶ崎で一回勝っとるんや。」
「………。ああ。せや。帰らねばならん!」
浅井軍は織田軍と、朝倉軍は徳川軍と対峙した。
「かかれ!」
長政の号令に従い浅井軍は織田軍と激しく衝突する。
「行け!行けー!」
一進一退の攻防が続いた。
「圭助!圭助!」
「何や吉房!わしはここや!」
「おぉ!まだ死ぬなや!」
「当たり前や!」
吉房と圭助は確実に一人一人、敵を打ち倒す。
「その意気じゃ!もっとじゃ!もっとじゃ!」
浅井軍の必死の進撃により、形勢は浅井軍有利に傾く。勢い付いた浅井軍は織田本陣に迫りつつあった。
「本陣が見えたぞ!進めー!」
浅井軍が威勢良く進軍し織田本陣の近くまでたどり着いた。
その頃、本陣の長政のもとに伝令が来た。
「申し上げます!朝倉軍、陣形を縦に広げた隙に徳川軍に横っ腹を突かれました!」
「何!それで!」
「本多隊、ならびに榊原隊の猛進により分断された模様!その余波が我が軍にも及びつつあり!」
「………ぬぅぅ……一旦引け!方々に陣形を立て直せと伝えよ!」
前方の軍勢に後方から引くよう指示が飛んだ。
「何!なぜ今引くんや!」
「今が攻め時やろが!」
「とにかく引け!」
軍勢は慌てて引き返す。しかし、すでに浅井軍の陣形も崩れつつあった。
「しまった。前に出すぎた………ぐぅぁぁ!」
後退する浅井軍を織田軍が追撃していた。無数の鉄砲玉が背後から飛んでくる。多くの兵が倒れていく。
吉房と圭助は死に物狂いで走った。
「まだ死ねんぞぉぉ!」
「村へ帰るんやぁぁ!」
一瞬の高揚が形勢を一気に逆転させた。軍勢を縦に引き伸ばし、それを分断し叩くという術中に見事にはまったのである。浅井朝倉軍の敗北は濃厚となった。
「殿、ここは、早く城へお戻り下され。我らが時を稼ぎまする。」
「おのれ……。分かった。死ぬなよ。」
長政は退却を決心した。ちょうどその時吉房と圭助が本陣に戻ってきた。
「あぁぁ!死ぬかと思ったわ!」
「まだ安心しきれんぞ!ほれ立て圭助!」
「あぁ……。ところで吉房、悪い知らせや。」
「何や。」
「村の者で生きとるのは、わしら二人だけらしい。」
「………嘘や。」
「皆転がっとった。」
「……………負けたんか。わしらは。」
吉房は頭を抱えた。そこへ長政が近付いて来る。
「そなたら、どこの者か。」
「ご領主様!………私は大谷村の吉房にございます。」
「うむ。ちょうど良い。ともに参れ。」
吉房と圭助は長政につき従い、小谷城へ退却した。
姉川の戦いは織田徳川連合軍の大勝に終結した。
それから数日後。平馬は観音寺でひたすら祈りを捧げている。
「天よ……父上を村へお返しあれ。」
平馬のもとへ仁文がやって来た。
「平馬。村へ帰る時が来たで。」
「え?」
平馬は拍子抜けであった。
「では……、父上が!」
「ああ。吉房殿が、村にお帰りになった。」
「父上……父上!」
平馬は急いで支度をして寺を駆け出た。
平馬が仁文とともに二年振りに帰郷した。吉房の屋敷に帰ると、継や石のほか、村の女達が揃っていた。
「おぉ!皆、久しいな!」
「おん……久しぶり……」
「何や継!いつもの元気はどこ行った!」
継は何も答えない。
「石!久しいな!」
石も何も答えない。
「みんなどうしたんや!で、父上はどこにおる!」
石は黙って屋敷の中を指差す。
「中か。父上!平馬、ただ今帰りました!」
平馬が屋敷の中へ入ると、圭助が横たわっていた。
「おい圭助!圭助!」
圭助は起きない。奥を見ると、いつもの甲冑を身に付けいつもの大の字で寝ている吉房がいた。
「父上や!」
平馬は部屋の中へはい入った。
「父上!父上!」
吉房も同じく何を言っても返事をしなかった。
「父上!父……」
平馬はふと吉房の肩に手をやると違和感を覚えた。見ると、平馬の手は赤く染まっている。
「え………?母上?」
近くに座っていた東が震える声で話し始めた。
「父上は………ご領主様が姉川から退却するのに同行したんや。戦場からは離脱できた。………やけど、城に戻る途中に織田の軍勢に鉢合わせした。」
「え?……嘘やん。嘘やわそんなん。」
「ご領主様を逃がすことは出来たんやけど、そこにおった雑兵は無数の鉄砲玉を浴びた。」
「嫌や。そんなん嫌や。」
「圭助さんは……自分の命と引き換えに、父上の体を村に返してくれたんや。」
平馬が振り返りよく見ると、圭助は息絶えていた。
「嘘やろ……。父上?父上?」
東はすすり泣き始めた。
「父上!父上!父………あぁぁぁぁ!嘘やぁぁ!生きて帰るて……嫌やぁぁぁ!!」
平馬は激しく慟哭した。
仁文は屋敷の外で手を合わせている。継や石も泣いていた。
「失礼。」
突如、屋敷に顔を布で覆った男が入ってきた。
「………どちら様で。」
男は何も答えることなく、吉房の亡骸に手を合わせた。
「………何や……誰や!」
平馬は男の布を無理やり剥ぎ取る。外で控えていた男の供が慌てて屋敷の中に入ってくる。
「何や………何しに来たんや!」
平馬は泣きじゃくりながら叫んだ。
「お悔やみを言いに来ました。」
明らかなる武士の格好。そして護衛と思わしき付き人。平馬は全ての察しがついた。
「……まさか……」
平馬はその男を睨む。
「やはり、隠し通せるものではないか。浅井長政である。」
男は長政であった。
「此度の戦で村長を亡くされた。その詫びに参った。」
「……そんな……わざわざおいでいただき……」
東は泣きながら長政に対応する。
「私のせいでご主人を亡くされた。まことに申し訳ない。」
「いえ……これが乱世というもの。ご領主様のせいではありません。」
「そうや。ご領主様のせいではない。」
皆が口々に長政を庇う。
「ご領主様のせいでは……」
「そうや。お前のせいや。」
平馬はそう呟くと、立ち上がって長政の胸ぐらを掴んだ。
「お前が………お前があんな戦をしたで父は死んだんや!」
平馬の悲しみは怒りに変わった。
「無礼者!」
長政は刀に手をかける家臣を制止した。
「お前のせいや……お前が織田を裏切ったでや!ふざけんな!」
平馬は長政の頬を殴る。
「貴様!」
「もう良い!もう良いのじゃ……」
長政は刀を抜こうとした家臣を再び制止する。
「出ていけ!二度と来るな!」
長政はそのまま屋敷から出ていった。
「戦の折、もうこの村に声をかけはせぬ。巻き込んですまなかった。」
「ふざけんな!そんな同情要らん!やったら父を返せ!このくそ領主が!」
激昂して長政を追おうとする平馬を継と石が止める。
「平馬抑えて…」
「平馬もうやめて!」
「あぁぁ……ふざけんな!」
平馬の父・大谷吉房は、秋の収穫を待つことなく無言の帰還を果たした。そして、村に戻った平馬は村長の座を受け継いだのである。
この後、時代は激動の三年間を迎えることとなった。
元亀二年(一五七一年)、九月十二日。比叡山延暦寺が燃えた。比叡山の炎上は前代未聞の出来事であった。
僧や女、子供までもが次々と切り捨てられる。
深手を負った僧が地面に這いつくばっていた。その僧はある男の足を掴む。
「神仏を焼くとは……お前らの主は鬼じゃ……」
「僧であることを捨て、金と女を欲しいままにする連中に言われたくはない。」
「鬼じゃ……鬼じゃ……鬼じゃ……鬼…」
男は僧の首をねじ切り息の根を止めた。
「この国を、あるべき姿に戻さねばならん。道理の分からぬ愚か者には消えてもらう。」
「この人でなし!」
男は泣きながら向かって来た女を容赦無く切り捨てた。
「延暦寺攻めの一番手柄は、この明智十兵衛光秀じゃ。」
彼が、後に日本史上最大の事件を起こす男。明智光秀。
元亀三年(一五七二年)、十二月二十二日。遠江、三方ヶ原。
冷や汗をかきながら戦線離脱を図る男がいた。ほんの少しの供を連れ馬を走らせる。
「殿!お待ち下さい!」
「平八郎!城まであとどれくらいじゃ!」
「あと僅かかと!」
「あっ!」
「何じゃ小平太!」
「殿、何か落ちましたぞ!」
「あぁぁ……馬の糞じゃぁ!!」
必死に城へ逃げ帰るこの男は、後に戦国乱世に終止符を打ち、およそ二百六十年に及ぶ太平の世の礎を築く男。徳川家康。家康に付き従う二人の武者は、本多平八郎忠勝と榊原小平太康政。
元亀四年(一五七三年)、七月。京、槇島城。
「足利義昭公!義昭公はいずこ!」
ここは室町幕府十五代将軍・足利義昭が籠る城である。義昭のいる広間に、軍勢がなだれ込む。兵を押し退けて猿顔の男が一歩前に出た。
「何じゃお主は!」
「木下藤吉郎秀吉一番乗り!ささ、お立ち退きあれ!」
「馬鹿な……わしは将軍じゃ。意地でもここを動かぬぞ!」
男が手を叩くと奥から五、六人の兵が出てきた。義昭は無理やり担ぎ出された。
「離せ離せこの無礼者が!」
「はっはっはっ上々上々!約束通り新しい名を頂戴するでぇ!」
このやかましい男こそ、後の天下人。豊臣秀吉。
室町幕府が滅び、元号が「天正」に改められた。
美濃、岐阜城にある知らせが届いた。
「そうか。甲斐の虎が見罷ったか。」
そこには秀吉、光秀らが揃っていた。彼らの視線の先にあの男が鎮座している。
「この国を建て直す。もはや将軍はおらぬ。我らの手で、我らの力で、それを成す時ぞ。まずは越前朝倉、ならびに近江浅井。こやつらの息の根を止める。心してかかれ!」
「はっっ!」
織田信長。言わずとしれた戦国の覇者である。
大谷村の村長の屋敷に平馬がいる。平馬は胴に白い蝶が描かれた吉房の甲冑を見つめていた。
「父上……。」
平馬は三年の時を経て、身も心もたくましく成長していた。
父・吉房の跡を継いだ大谷村の新たな村長、大谷平馬。彼は後に名将・大谷吉継として名を馳せる。
平馬の人生はまだ始まったばかりである。
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