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第86話 冴羽と杏さん

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 冴羽はすぐに電話に出た。
「連絡いただけるの早かったですね。駅ビルの中で、時間を潰していましたよ」
「15分後くらいに行けるので、どこかの喫茶店にでも入って居て貰えますか?」

「それなら、私が宿を取っている駅裏の大きなホテルのラウンジで構いませんか?」
「了解です。付いたら電話します」

 以前香織と食事をしたホテルを指定されたので、そこに向かう事にした。
 一応スーツを身に付けたので、ちょっとヤンチャ仕様のZGPじゃまずいかな? と思って、ハスラーで出かけた。

 香織と飛鳥は何処で遊んでるんだろうな?
 とちょっと気になったが、今は目の前の問題を先に片付けなきゃな。

 ホテルの駐車場に車を入れ、正面玄関から入った所で電話をすると、30代に見える男が声を掛けて来た。

 浅黒く日焼けして、体は細マッチョな感じで引き締まっていて、やたら白すぎる歯が印象的だ。
 間違いなく文章で表現するなら、『キラリと光る歯が』とエフェクト音を入れてしまいたくなる程にだ。

「初めまして、冴羽と申します。急な面会の申し入れに応じて頂きありがとうございます」

 そう言いながら差し出して来た名刺には合同会社D-CAN代表社員『冴羽 純平』と書かれていた。
「すいませんが、私は無職なので名刺を所持していないので、奥田と申します」

「ああ、そうなんですね、奥田さんよろしくお願いします。執筆用の出版社とかで使う名刺を作られたりしないんですか?」
「そうですね。出版が決まるような事が有れば考えてみたいと思います」

「あれだけの人気作品ですから、とっくに決まっておられるのでは無いのですか? まだ公式に発表は出来ないとかかな?」
「まぁその辺りは、約束事もありますので、ノーコメントでお願いします」

「カフェで構いませんか? 食事とどっちがよろしいでしょうか?」
「コーヒーでお願いします」

 俺は冴羽と名乗る男と連れ立って、ホテルのラウンジのカフェへと向かった。
「遠回しな話をしてもしょうがないので、単刀直入に伺います。奥田さんはテネブルの世界へ渡る術を持っていらっしゃいますね」
「どういう事でしょうか?」

「実は、私もこの世界の人間ではありません」
「え? それは一体……」

「私の世界の重要人物が、姿を消してしまいまして行方を捜しています。私が移動できる範囲と言うか、理《ことわり》の中では、この世界に辿り着く事がやっとでした。何かヒントになる物を得る事が出来るのであればと思い、この世界で別の次元へと繋がる糸口を探したところ、奥田さんに辿り着いたと言う所です」
「冴羽さんはどうやってこの世界へ来たのですか?」

「その質問をされるという事は、私の憶測が間違ってはいなかったという事で良いのでしょうか?」
「そうですね、大体予想通りという事です」

「ありがとうございます。私も包み隠さず真実をお伝えしますので、手掛かりがあればよろしくお願いします」
「はい、了解しました」

 まさかの異世界から来た発言に、俺は正直どう対応しよか迷ったが、確信を持って聞いてきてるし、中途半端な誤魔化しは何もプラスにならないと考え、冴羽の話を受け入れる事にした。

「私が調査した限りではこの世界に異変は起こっていない様ですので、私たちがこんな話をしていて、小耳にはさんだとしても何も疑いを持たれるような事も無いでしょう」
「恐らくそうでしょうね」

「私の世界では、ほぼこの日本と同じ文化水準であり、実際の地名や通貨なども同じ様に育っています。これはどういう意味かお分かりになりますか?」
「私の感覚で言わせて貰えれば、元の世界は同じで、分岐した世界と言う考え方が妥当だと思います」

「中々優れた感性をお持ちの様ですね。おっしゃる通りです。同じ地名や同じ人物が存在する世界で有れば、間違いなく分岐した世界なのです」
「じゃぁ逆に小説の中にあるような、全く違う人種や地名の世界は異なる世界という事ですか?」

「必ずしもそうではありません。いつ分岐したかで変わるからです。この現代日本の国名が決まる以前に分岐したりすると、全く別な地名になり、地名にまつわる名前が付く事が多い文化の中では、別な名前を持つ人物が育つのも何の不思議もありません」
「ただし、存在しない様な人種、エルフや獣人、ドワーフなどと言う人種は、どの時点で分岐しようと、発生の要素が無いので、そう言う種族の育った世界は、創作の世界か、異なる理の世界となります。

「おっしゃる意味は大体解りますが、私に何を望まれるのですか?」
「失礼しました。まずは、私が探しているのは、私の世界ではヒーローと呼ぶにふさわしい人物です」

「英雄ですか? 当然男性?」
「流石に作家先生は言葉を大事にされますね、日本語の英雄となれば男性限定ですが、英語圏では近年ヒーロー、ヒロインと言う男女の使い分けをされなくなって、女性でもヒーローと表記されるのが一般的です。ですから英雄でなくヒーローと申し上げました」

「という事は女性?」
「そうです。まだ高校2年生の女の子と、その相棒《バディ》とも呼べる存在の高校1年生の女の子が、風呂場から消えたんです」

「何故風呂場から消えただけで、異世界へ行ったと思ったのですか? 発想が不自然です」
「それは…… もう一人一緒に風呂場に居た人物が、その2名が消える際に魔法陣が浮かび上がったのを見たと伝えてきましたから」

「はぁそうですか。その方の言葉は十分信用に足りると?」
「そうですね。ここに来ていますので、呼んでも構いませんか? 最初から2対1だと話をしにくいと思い、別の場所に待機させてますので」

「構いません。少しでも多くの情報を得たいので」

 その場でスマホを取り出した冴羽は、電話をかけもう一人の異世界人を呼び出した。
「こんばんは、初めまして大島と申します。そう言って差し出して来た名刺にはJDA『ジャパンダンジョンアソシエーション』営業課課長補佐専任担当、大島杏《おおしまあん》と書かれていた。

 むむ…… マリアに匹敵するか? それ以上かも……

「日本ダンジョン協会ですか? この世界には存在しない協会名ですね」
「勿論名刺くらいの事で、信用して頂けるとは思いませんが、私達の住む世界にはダンジョンが存在しています。そのダンジョンシステムを攻略したチームの絶対的エースが、今回私達が探している、柊心愛《ひいらぎここあ》さんと真田希《さなだのぞみ》さんです。私達の世界ではまだ最終決戦を控えた状態で、今彼女を世界が失うと、私達の世界の人類が滅亡をしても不思議がない程の超重要人物です。どうか心当たりがあるなら、お力を貸していただけませんか?」

「しかし、この世界に来れる程の知識をお持ちなら、私を頼らなくても辿り着けるのではないですか?」
「そこが、先程も出た理の違いです。私達の知識と技術では同一世界から分岐した、派生世界にしか移動が行えません。恐らくテネブルが冒険する世界へは、テネブルとその仲間しか辿り着けないでしょう」

「一つだけ、何か決定的な証拠になる物をお持ちでしょうか? 特殊な能力が使えるとかの証明でも構いません」
「では…… これでどうですか?」

 そう言って、大島さんが取り出したのは、普通にこの世界には存在しそうもない槍を取り出した。
「ワイバーンジャベリンという武器です、投擲武器で自動追尾《ホーミング》機能が備わっています。ダンジョン産の宝箱から産出しました」

「成程、十分信用できます。アイテムボックス持ちなのですね」
「はい、奥田さんもお持ちの様ですけど、この世界でも使えますか?」

「ああ、小説読まれてるのですね…… テネブルの能力はこの世界の奥田俊樹が使えます。
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