可惜夜(あたらよ)の魔法使い

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第1章・女神

第2話・勇者の盾

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 パーティーメンバーを見つけるなら、酒場というのは未熟者。何万年も生きているものとしては、(いや生きてはないか、生命を宿してはいないから)とにかく、酒場は質が悪いのだ。そして、万一酒場でパーティーメンバーを見つけられたとしても、酒癖の悪い連中ばかりで、面倒みきれん。

 エルフをパーティーの主力に置いていたのは、偏りは生まれるものの、彼らは禁欲主義者だからだ。酒は飲まない、男女性がないので性欲がそもそもない。種族存続のための繁殖活動は、あるようだが人間や獣のようなものでもないらしい。詳しくは聞かなかったが、今更気になっている。

 あぁ、セイレンに聞いておけばと思う。セイレンは、前パーティーメンバーのエルフで、私の弟子だ。賢者にまで成長したが、千五百歳まで生き、老衰で死んだ。大往生だった。端正な顔立ちで、髪は金髪、腰まである髪を結わえる所作が美しかった。ただ、食べる姿が汚い。あれはいけない。どこの飯屋に連れて行っても、想像を絶する。仕方ないから、食べてそのまま床に投げ捨てられる、蟹しゃぶ屋によく連れて行った。蟹の殻を床に投げ捨てていい店だ。似たような店に、生牡蠣屋にもよく連れて行った。ふたりして、翌日よく腹を壊したものだ。

 パーティーメンバーといっても、私は常に私ともう一人のデュオ体勢。バディといってもいいだろう。四人編成のパーティーは役割分担が縦割りすぎて、「これはオレの仕事じゃないし」といった他人任せと、「回復はお願い」みたいな漏れ出る依存心が私の性に合わない。

 何事も「自分で」が基本なのだ。

 そう言う意味ではセイレンは武闘にも優れいた。武器の扱いも長けていた。重量級武器も軽々と片手で扱っていたから、「もう戦士になれば? 」と言うと、「なんか、ダサくない? 戦士って」といつも言っていた。
 セイレンが死ぬ間際に、私に言った言葉がいま私が生きる糧になった。

「オワツ、あなたとの千年間、本当に楽しかった。生きたって感じがしたよ」
と。蘇生魔法を知っていれば、セイレンとまた会えるのかもしれないが、生き返ったとて、すぐ死ぬ。だって、若返ることはできないのだから。

「回復魔法、オワツにも効くよね」
 セイレンは息を切らし、ベッドで横たわりながら言った。
「もちろん、それが?」
「いや気になってた。確かにかかりは悪いけれど、回復魔法が有効ってことは、その無機質の身体のどこかに、有機の部分が潜んでいるのかもしれない。わずかに」
「だとして?」
「言ってたでしょ、いつか人間になりたいって。その有機の部分に、特定の魔法をかければ、有機部の再生が行われる。再生時は、損傷した無機質部分が既存の有機部で補完される」

 つまり、私の肉体が破損し、回復魔法をかけると、場合によっては有機部が反応して多めに再生する。これを繰り返すと、人間に近づくのでは? ということだった。

「でもねオワツ、これだと部分的、肉体的に人間に近づくことはできても、人間にはなれない」
 セイレンは咳き込みながら、ベッドから立ち上がり、そのまま続けた。
「これを見て」

 セイレンがベッドの傍らから取り出したのは、勇者に関する文献だった。埃っぽいその文献の数々には、勇者に関する記述がいくつかあった。古代文字で読みにくい、というより字が下手だ。
「オワツ、ここを見て」
 セイレンが指さしたのは、エルフにも私にも詠唱できない魔法がこの世には存在するということ。そしてそれは、勇者にしか習得できない。

 蘇生魔法と即死魔法、このふたつの存在は知っている。勇者専用魔法と聞いたことがある。文献はところどころ虫に食われており読みづらい、ただでさえ字が汚いのに。あとひとつ、どうやら勇者専用魔法はあるようだ。はっきりとはわからなかった。

「勇者に頼めば、人間になれるかもよ」

 無理な話だ、約一万年近く生きていると思うが、いまだ勇者にお目にかかったことがない。魔王の類は実は複数いるが、その討伐のほとんどは私とバディによるものだ。直近千年は、私とセイレンの功績だ。勇者はいない。

「勇者なんて、いないだろ?」

 私がそう言うと、セイレンはか細くなった指で私の頬をつねる。両手でつねるものだから、痛い。
「勇者はいる。女神様に会いに行って。何か教えてくれる。勇者は女神様の神託があってはじめて、名乗れるのだから」

 知らなかった、興味がなかったからかもしれない。勇者は女神の弟子ということでもあるのか。私が人間になるヒントは勇者にある、セイレンはそのことを伝えるために最後の時間を私に使ってくれた。
 仲間との別れは、いつも辛い。セイレンを看取り、女神様のもとへ。三千年一緒に暮らし、ようやく勇者が私を人間にできるのではないかというところまで、わかった。

 三千年ぶりに、地上に降り、ふと酒場に足が向いた。酒は飲めないし、酒場の雰囲気も嫌いだ。
「よぉ、ねぇちゃん、一緒に飲まねぇか?」
 馴れ馴れしく声をかけてくる男たち。私は女? なのか。性自認もあいまいなまま、生きて来たし、そもそも、一万年近く生きていると自分の性別にも興味がない。というより私はアンドロイドだ。性別すらないのだし。

「お高くとまってやがるぜ」
 声をかけてきた男たちの一人が、私にむかって皿を投げつけた。ひょいと避け、皿はドスッと重い音をたてて、割れた。血しぶきが舞う。

「いってぇえええ」

 頭から血を流している小柄な老人がいた。腰に長尺の剣、盾を背中に背負っている。肩と胸当ての簡素な革鎧に、膝から下レガースタイプのブーツ。履きこんでいる。
「お、すまねぇな」
 男たちは悪びれもせず、その老人に近づいた。

「爺さんが悪いんだぜ、ぼーっとしてるから」
「だれが?爺さんだって!」
 老人は盾を構えた。なんだあの盾は。古代文字で覆われている。幾層にも重なる古代文字の奥に、糸で縫われた目がふたつ。口もある。動いている。いけない、詠唱をしている。

 私は、近くの椅子をその男に向かって投げ、男が怯んだ拍子に、空間移動の魔法を唱えた。男の周囲の空間が歪み、三メートル後ろに転移させた。

 老人の盾が詠唱を終えた。ダメだ、詠唱先が固定されている。
 男は糸が切れたように、身体の真ん中から崩れ、膝と頭が同時に床についた。どぉんと音を立て、仲間の男たちは裏口から慌てて逃げた。

「それは、もしかして即死魔法?」
 私がそう言うと、老人は
「詳しいね」
 と言い、すぐさま、盾を逆さまに構えて詠唱を続ける。カウンター越しにいる店主は、腰を抜かし、店内にいたパーティー募集と思わしき冒険者たちはこぞって裏口から逃げて行った。

 何を詠唱しているのか、盾に近づくのは危険だ。即死魔法は見たことはないし、受けたこともない。アンドロイドに効果があるのかもわからないが。

 逆さ盾が詠唱を終えると同時に、倒れた男に意識が戻った。
「蘇生魔法!」
 男はさっきまで自分が死んでいたこともわからず、店内を見渡しその異様な光景に怯え、もう既にいない仲間たちと同様に、裏口から四つん這いのまま逃げ去った。

「また、やってしまった」
 老人がグラスに残った酒をあおる。
「もしや、あなたは? 勇者様? 」
 私がそう言うと、
「あ、あなたは?」
 質問に質問で返す、若造だ。
「私はオワツ、魔法使いです」
「そうですか、僕はバルス」
「勇者様では?」

 バルスは私の耳元で、そっと
「内緒にしてね」
 とだけ言った。不気味な盾がガタゴトと揺れ動いていた。

 コミュニケーション上手のセイレンがいれば、と心の底から思った。どうもこの老人は馴れ馴れしい。私は、カウンターで腰を抜かしたままのマスターに

「ビール酒をふたつ」と頼んだ。
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