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吏が本社へと行って数日が経ち、ようやくいつもの雰囲気での店内に落ち着いた。吏が来る日を何故か把握している一部の女性客が来店するたび忙しさが倍増。公輔は売り上げ貢献に喜んでいるが、ホールの仕事をしている紬は慌ただしくなるのは勿論だが、数時間に一回は声を掛けられている彼氏を後目にモヤモヤを募らせる日々だった。
「もうーーっ!なんで私が出勤日に限って王子いないのー!!つーちゃん意地悪してる?!」
グラスを拭きながらぷりぷりと頬を膨らませた理亜に文句を言われながら、紬は苦笑いを浮かべカウンターテーブルを拭いていた。
「たまたまだよ。それに、そんなこと言ってたら本当に洋平くんに愛想尽かされちゃうわよ」
「だっ!ち、違うし!つーちゃん知ってる?!洋平、卒業式に色んな学年の女子にめちゃくちゃ囲まれてるとこ偶々居合わせちゃって。その後、私のとこに来てアイツ何て言ったと思う?!『羨ましそうに見てたけどお前には一生起こらない出来事だから』だってッ!!!私だって、一人や二人告られたこと位あるんだってゆーの!!」
「でも、断ったんでしょ?」
気まずそうに唇を尖らせながら理亜は大きな溜息をついた。
「幼なじみなんてこんなもんだよ。洋平にとって私なんてそこら辺に生えてる雑草にしか見えてないんだよ、どーせ。それにあっちは大学生になってさ、今以上に女の子にキャーキャー言われてさ・・・」
「理亜ちゃんは素敵だよ。私は理亜ちゃんが羨ましい。そうやって洋平くんの近くでちゃんと彼を見れる位置にいれるんだから。だから、もっと彼の内面を見てあげて。あとは理亜ちゃんも素直になんなきゃ」
(理亜ちゃん、洋平くんが言った『お前には一生起こらない出来事だから』って言うのはね、“自分が傍にいるからそんな状況起こさせない”って意味だと思うよ・・・って伝えたいけどそれは私が言っちゃダメだよね)
「うーー・・・。今更・・・出来るかなー」
はあーー・・・と再び息を吐いたかと思うと何か閃いたかのように一気に目を輝かせた。
「そうだっ!今度、恭くんの美容室行って可愛くしてもらう予定だからそれ見せて驚かせてやろーっ」
意気込む理亜のセリフから久々に聞いた名前に紬はふと心を戻した。
「そういえば、恭輔くん最近来てないけど忙しいのかな?」
「まあ卒業や入学シーズンで美容室は繁忙期突入してるからねー。しかもこの時期の恭くんの予約、普段も凄いけどずーっと真っ赤っ赤状態で私なんて半年前から予約入れたもん」
「そうなんだ・・・体調崩してないといいけど」
出来れば吏がいない時に彼とのことを報告したかった紬だったが、理亜の話を聞けば聞くほど日を改めることにした。
☆☆☆
仕事が終わり部屋に帰った紬は夕食を済ませ風呂から出るといつも以上に静まり返った部屋に正直驚いた。彼と復縁してまだそんなに経っていないのにこんなに彼の存在が大きくなっていたとは思いも寄らなかった。
「一人には慣れてるはずなのに」
ソファに腰を下ろし宙を仰いだ。うっすら瞼が落ちそうになった刹那、テーブルに置いてあったスマートフォンから着信音が鳴り響き一気に眠気が吹き飛ばされた。時刻にして22時を丁度回った頃、相手の名が表示されたディスプレイ画面に目をやり通話ボタンをタップした。
『こんばんは。今、大丈夫だった?』
「うん、大丈夫。お仕事お疲れ様」
耳へと伝わる和らげな声色に紬は無意識に安堵した。
『なかなか店に顔出せなくて、おねえさん元気してるかなーって思って気付いたら電話してた』
へへ、と照れ笑いをしながら話す恭輔に癒されながら紬は、言うタイミングを逃していた吏とのことを受話器越しではあるが話すことにした。本当は会って直接報告したかったが、恭輔の大事な休息を邪魔したくないと思い不本意ながら伝えた。
『・・・しばらく彼氏さんこっちにいないんだよね?会っておねえさんの口から聞きたいからさ、明日ちょっとだけ会いに行っていいかな?ちょうど定休日でしょ?僕も公休だから。・・・実は、僕も言わなきゃいけないことがあって』
紬が話をしていると遮るように恭輔が話を割り込ませた。紬は恭輔の体のことを伝えるも大丈夫だと言われ翌日、会う約束をした。
「話・・・恭輔くんの話ってなんだろ」
電話を切り紬は悶々としながら睡魔に襲われいつしか瞼がゆっくり閉じていった。
――――――――――
恭輔と最後に会った日は生憎の曇り空であったが、今日は朝から晴れ晴れとした天気で気温も平年より少し高めだと朝の情報番組に出ていた天気予報士が説明していた通りだった。
窓を開けた紬は、春の風が部屋に入り込み清々しい気分で早速準備を始めた。
準備を終えた紬は、彼が指定した場所へと向かうと既に到着していた恭輔が太陽光に反射し輝く波を眺めながら立ち尽くしていた。その佇む姿があまりにも美しすぎて紬は思わず息を呑むほど見惚れていた。
紬の存在に気付いた恭輔は太陽の光を眩しそうに目を細めゆっくり彼女の元へと歩んだ。
「おはよ。ごめんね、折角のお休みなのに」
「ううん。私よりも恭輔くんの方が大変な時期なのに。ちゃんと体休めてる?」
「うん。慣れてるから大丈夫。それにいつもこういう忙しい時期に入ると爺ちゃんお手製栄養ドリンク作って持って来てくれるから」
砂浜に直接座った恭輔を見つめながら紬も同じように彼の隣に腰を下ろした。
反射光の眩しさで眇めながら紬は、昨夜の会話を再び伝えることにした。
「彼とヨリを戻すことにしたの」
「うん」
「もし、ここで恭輔くんと出逢ってなかったらきっと私は彼と再び逢うこともなかったし関係を戻そうとなんて思いもしなかった。恭輔くんが魔法をかけてくれたから私は強くもなれたし彼に気持ちを伝えることが出来たんだと思う」
「・・・・・・」
「周りのみんなや恭輔くんがいてくれたおかげで私はこの半年間がすごく楽しくて。それを私に与えてくれた恭輔くんに感謝しかないよ。本当にありがとう」
紬は彼に視線を向け話すも恭輔はじっと前に視線を向け波打ちをずっと見つめていた。さっきから何も発しない恭輔に紬は怪訝な表情を向け声を掛けようにも何故か言葉を出せなかった。
「そっか・・・。良かったね。ただ、なんか複雑だけどね。身内が他人に取られたような気分になって」
膝を抱えながらやっと此方を向き苦笑いを浮かべる恭輔に一瞬、喪失感がちくりと広がるがそれが何なのか紬には理解できなかった。
「おねえさんもこれでやっと前を向けるんだね。そしたら僕は御役御免か」
「何言ってんの。これからも恭輔くんには相だ「それはもう僕じゃないよね?」
いつもと同じ口調の声色だが、言い放たれた言葉は、ぴしゃりと強く突き放されたような気分になり紬は言葉を詰まらせた。
「親と上手くいかなくなって爺ちゃんに世話になって早く一人前になんなきゃってずっと我武者羅に突っ走ってた。護りたい人たちが増えてずっとこのままでもいいかなって思ってた」
「恭輔・・・くん?」
座っていた恭輔は立ち上がり、臀部についた砂を手で叩きながら叩いた。紬は光りを浴び輝く恭輔に目を細めながら見上げると、恭輔の口元が弧を描き微笑みながら此方を見下ろした。
「僕ね、ロンドンに行くんだ。本当はおねえさんと会う前から店長に持ち掛けられててずっと迷ってた。行ったらしばらくは帰って来ないだろうし、爺ちゃん一人残すのも嫌だったしこの町から離れるのも・・・。でも、おねえさんと出逢って変わっていく姿見てたら僕も変わんなきゃいけないのかなって思うようになってた。姉ちゃんの墓参りした時やっと決心ついた」
恭輔は座る紬の手を取り立ち上がらせる自身の方へと引き寄せ抱き締めた。
「おねえさんと出逢えて魔法をかけてくれたおかげで前を向くことが出来た。紬さん、ありがとう」
恭輔は優しく紬の両頬に手を添え互いの額をこつんと軽く当てた。涙で滲む紬の目でも彼の晴れやかな表情は鮮明に映り一生忘れることはないだろうと心に焼き付けた。
「もうーーっ!なんで私が出勤日に限って王子いないのー!!つーちゃん意地悪してる?!」
グラスを拭きながらぷりぷりと頬を膨らませた理亜に文句を言われながら、紬は苦笑いを浮かべカウンターテーブルを拭いていた。
「たまたまだよ。それに、そんなこと言ってたら本当に洋平くんに愛想尽かされちゃうわよ」
「だっ!ち、違うし!つーちゃん知ってる?!洋平、卒業式に色んな学年の女子にめちゃくちゃ囲まれてるとこ偶々居合わせちゃって。その後、私のとこに来てアイツ何て言ったと思う?!『羨ましそうに見てたけどお前には一生起こらない出来事だから』だってッ!!!私だって、一人や二人告られたこと位あるんだってゆーの!!」
「でも、断ったんでしょ?」
気まずそうに唇を尖らせながら理亜は大きな溜息をついた。
「幼なじみなんてこんなもんだよ。洋平にとって私なんてそこら辺に生えてる雑草にしか見えてないんだよ、どーせ。それにあっちは大学生になってさ、今以上に女の子にキャーキャー言われてさ・・・」
「理亜ちゃんは素敵だよ。私は理亜ちゃんが羨ましい。そうやって洋平くんの近くでちゃんと彼を見れる位置にいれるんだから。だから、もっと彼の内面を見てあげて。あとは理亜ちゃんも素直になんなきゃ」
(理亜ちゃん、洋平くんが言った『お前には一生起こらない出来事だから』って言うのはね、“自分が傍にいるからそんな状況起こさせない”って意味だと思うよ・・・って伝えたいけどそれは私が言っちゃダメだよね)
「うーー・・・。今更・・・出来るかなー」
はあーー・・・と再び息を吐いたかと思うと何か閃いたかのように一気に目を輝かせた。
「そうだっ!今度、恭くんの美容室行って可愛くしてもらう予定だからそれ見せて驚かせてやろーっ」
意気込む理亜のセリフから久々に聞いた名前に紬はふと心を戻した。
「そういえば、恭輔くん最近来てないけど忙しいのかな?」
「まあ卒業や入学シーズンで美容室は繁忙期突入してるからねー。しかもこの時期の恭くんの予約、普段も凄いけどずーっと真っ赤っ赤状態で私なんて半年前から予約入れたもん」
「そうなんだ・・・体調崩してないといいけど」
出来れば吏がいない時に彼とのことを報告したかった紬だったが、理亜の話を聞けば聞くほど日を改めることにした。
☆☆☆
仕事が終わり部屋に帰った紬は夕食を済ませ風呂から出るといつも以上に静まり返った部屋に正直驚いた。彼と復縁してまだそんなに経っていないのにこんなに彼の存在が大きくなっていたとは思いも寄らなかった。
「一人には慣れてるはずなのに」
ソファに腰を下ろし宙を仰いだ。うっすら瞼が落ちそうになった刹那、テーブルに置いてあったスマートフォンから着信音が鳴り響き一気に眠気が吹き飛ばされた。時刻にして22時を丁度回った頃、相手の名が表示されたディスプレイ画面に目をやり通話ボタンをタップした。
『こんばんは。今、大丈夫だった?』
「うん、大丈夫。お仕事お疲れ様」
耳へと伝わる和らげな声色に紬は無意識に安堵した。
『なかなか店に顔出せなくて、おねえさん元気してるかなーって思って気付いたら電話してた』
へへ、と照れ笑いをしながら話す恭輔に癒されながら紬は、言うタイミングを逃していた吏とのことを受話器越しではあるが話すことにした。本当は会って直接報告したかったが、恭輔の大事な休息を邪魔したくないと思い不本意ながら伝えた。
『・・・しばらく彼氏さんこっちにいないんだよね?会っておねえさんの口から聞きたいからさ、明日ちょっとだけ会いに行っていいかな?ちょうど定休日でしょ?僕も公休だから。・・・実は、僕も言わなきゃいけないことがあって』
紬が話をしていると遮るように恭輔が話を割り込ませた。紬は恭輔の体のことを伝えるも大丈夫だと言われ翌日、会う約束をした。
「話・・・恭輔くんの話ってなんだろ」
電話を切り紬は悶々としながら睡魔に襲われいつしか瞼がゆっくり閉じていった。
――――――――――
恭輔と最後に会った日は生憎の曇り空であったが、今日は朝から晴れ晴れとした天気で気温も平年より少し高めだと朝の情報番組に出ていた天気予報士が説明していた通りだった。
窓を開けた紬は、春の風が部屋に入り込み清々しい気分で早速準備を始めた。
準備を終えた紬は、彼が指定した場所へと向かうと既に到着していた恭輔が太陽光に反射し輝く波を眺めながら立ち尽くしていた。その佇む姿があまりにも美しすぎて紬は思わず息を呑むほど見惚れていた。
紬の存在に気付いた恭輔は太陽の光を眩しそうに目を細めゆっくり彼女の元へと歩んだ。
「おはよ。ごめんね、折角のお休みなのに」
「ううん。私よりも恭輔くんの方が大変な時期なのに。ちゃんと体休めてる?」
「うん。慣れてるから大丈夫。それにいつもこういう忙しい時期に入ると爺ちゃんお手製栄養ドリンク作って持って来てくれるから」
砂浜に直接座った恭輔を見つめながら紬も同じように彼の隣に腰を下ろした。
反射光の眩しさで眇めながら紬は、昨夜の会話を再び伝えることにした。
「彼とヨリを戻すことにしたの」
「うん」
「もし、ここで恭輔くんと出逢ってなかったらきっと私は彼と再び逢うこともなかったし関係を戻そうとなんて思いもしなかった。恭輔くんが魔法をかけてくれたから私は強くもなれたし彼に気持ちを伝えることが出来たんだと思う」
「・・・・・・」
「周りのみんなや恭輔くんがいてくれたおかげで私はこの半年間がすごく楽しくて。それを私に与えてくれた恭輔くんに感謝しかないよ。本当にありがとう」
紬は彼に視線を向け話すも恭輔はじっと前に視線を向け波打ちをずっと見つめていた。さっきから何も発しない恭輔に紬は怪訝な表情を向け声を掛けようにも何故か言葉を出せなかった。
「そっか・・・。良かったね。ただ、なんか複雑だけどね。身内が他人に取られたような気分になって」
膝を抱えながらやっと此方を向き苦笑いを浮かべる恭輔に一瞬、喪失感がちくりと広がるがそれが何なのか紬には理解できなかった。
「おねえさんもこれでやっと前を向けるんだね。そしたら僕は御役御免か」
「何言ってんの。これからも恭輔くんには相だ「それはもう僕じゃないよね?」
いつもと同じ口調の声色だが、言い放たれた言葉は、ぴしゃりと強く突き放されたような気分になり紬は言葉を詰まらせた。
「親と上手くいかなくなって爺ちゃんに世話になって早く一人前になんなきゃってずっと我武者羅に突っ走ってた。護りたい人たちが増えてずっとこのままでもいいかなって思ってた」
「恭輔・・・くん?」
座っていた恭輔は立ち上がり、臀部についた砂を手で叩きながら叩いた。紬は光りを浴び輝く恭輔に目を細めながら見上げると、恭輔の口元が弧を描き微笑みながら此方を見下ろした。
「僕ね、ロンドンに行くんだ。本当はおねえさんと会う前から店長に持ち掛けられててずっと迷ってた。行ったらしばらくは帰って来ないだろうし、爺ちゃん一人残すのも嫌だったしこの町から離れるのも・・・。でも、おねえさんと出逢って変わっていく姿見てたら僕も変わんなきゃいけないのかなって思うようになってた。姉ちゃんの墓参りした時やっと決心ついた」
恭輔は座る紬の手を取り立ち上がらせる自身の方へと引き寄せ抱き締めた。
「おねえさんと出逢えて魔法をかけてくれたおかげで前を向くことが出来た。紬さん、ありがとう」
恭輔は優しく紬の両頬に手を添え互いの額をこつんと軽く当てた。涙で滲む紬の目でも彼の晴れやかな表情は鮮明に映り一生忘れることはないだろうと心に焼き付けた。
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