猛毒天使に捕まりました

なかな悠桃

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気付けば空は薄暗さを増し、グラデーションの色合いの空には小さな星が点々と光を放っていた。二人が到着した旅館はこれと言って見た目豪華さは失礼ながら感じ取ることが出来ない外観だった。
こじんまりとした佇まいで落ち着いた雰囲気はあるものの、基希のような人が贔屓にするような旅館には正直思えなかった。

中へ入るとすぐさま素敵な着物を着た品の良さそうな女将が出迎えてくれた。

「鹿島様、遠いところをお越しくださり有難うございます。見ない間に随分ご立派な姿になられまして、お名前を頂戴してなかったらわからなかったくらいですよ」

「ご無沙汰してます、女将さんはお変わりない様子ですね。俺なんか外見はともかく、中身はまだまだあの頃と同じガキ臭いままで恥ずかしいですよ。確か、ここへ最後に来たのはー・・・俺が中学生の時だったかな?あの時は親戚連中も一緒だったからわちゃわちゃしてたの何となく覚えてます」

基希は懐かしむように思い出話を弾ませながら女将に部屋を案内してもらう。早速、中へと思っていると女将は外へ出る準備を始め基希もその後を着いて行く。「足元にお気を付けください」女将が史果たちを気遣いながら案内すべく前をゆっくり歩いてゆく。
何故また外へ?と不思議に思い後ろから基希の服を軽く引っ張り史果は小声で呼び止めた。

「基希さん・・・あのーなんで旅館の外へ?」

「ん?ああ、予約した別館、本館から少し離れたとこにあるんだ」

旅館から外に出たところにある小径へ進むと道の両サイドに空をも覆う程の高さの竹が何万本も生い茂り、まるで竹で出来たトンネルを通っているような気分になった。足元には数メートル間隔に蒼白いライトが光り輝き幻想的な光景を醸し出していた。

「この小径を抜けますとご予約して頂いたお部屋になりますので」

手に提灯を持った女将が言った通り、竹林を抜けると数メートル先の場所に古民家をアレンジした風情ある建物が建っているのが目に入った。

「ここは昔小さな村落だったんですが、過疎化の影響で人がどんどんいなくなりまして、そこを我々が離れの宿として数棟ほど改築したんですよ。一から建てたお部屋もありますし、昔の懐かしさを楽しんでもらえるように少し手直しだけのお部屋もございます。ご予約いただいたお部屋は此方になります。どうぞ、お入りください」

案内された小さな平屋のような別館は、外観は古めかしい古民家風だが室内へ通されると清潔感溢れる9畳以上の和モダンな主室が拡がり、史果は思わず息を呑んだ。女将が縁側へと通じる障子戸を開けるとしっかりと手入れされた内庭が現れ豪華さを更に引き立てた。主室の襖を開けると寝室になっており、すりガラスの扉を隔てて半露天風呂へと続く内装の造りとなっていた。

史果が室内に圧倒されている間、女将は基希に部屋の説明と電話予約時に聞いていた内容などの再確認をした後、そのまま一旦本館の方へと戻って行った。


「ふー、とりあえずお茶でも飲む?」

「へ?あ、はい」

早速、座椅子に腰を下ろした基希は、お湯を入れた急須から湯呑み茶碗へ緑茶を注いでくれた。

「落ち着いたところだろ?テレビや雑誌の取材は全て断ってるから知る人ぞ知る的な旅館なんだよ。しかも部屋自体もそれぞれ離れてるからほとんど人に会うことないし。まあーそういうのもあってか、結構芸能人とか政治家のおっさんなんかがプライベートで利用してることもあるらしい。俺は会ったことねーけど親父は何人か見たって言ってたなあ・・・どう見ても奥さんじゃないだろうってのを連れた政治家とか有名人」

「はは・・・」

何とも返答し難い内容に苦笑していると基希は背伸びしながら大きく息を吐いた。

「なんか落ち着くよなーこういうのも。ガキの頃思い出すわ」

「そう・・・ですか」

史果は両手で湯呑みを包み込むように手を添え一口お茶を啜った。古民家と言っても自分の祖父母の家とは全く違う豪華な佇まいに茫然とし視線を彷徨わせながらもどこか懐かしい匂いに安堵し幼い頃を想い出す。

自分が幼い頃、田舎にある父方の祖父母の古い大きな木造の家へ遊びに行くとよく縁側で夏は花火やスイカを食べ、冬は従弟たちと雪ダルマを作ったり雪合戦をして遊んだ記憶が蘇る。しかし、基希が幼少期を懐かしむような想い出話からはそういうのとは少し違う内容ばかりだった。

「まあ、夏休みとか爺さん家行っても、大人ばっかで俺や歩生なんかは挨拶に引きずり回されてつまんなかったな。とりあえず隙見て逃げ出しては親に内緒で爺さんの飼ってる錦鯉に勝手にお菓子食わせて使用人蒼ざめさせたりしたっけ。でも、笑顔で謝るとみんな黙るからどんどん外面だけ良くするスキルが特化していったな」

「その頃からもう“天使の微笑み”やってたんですね」

「はは、まあ笑顔振り撒いて悪いことはそんなにないからな・・・異性がらみ以外は」

何かを想い出したのか少しげんなりした表情を浮かべる基希だったが、すぐさま切り替えるように座椅子から立ち上がると近くに畳んで置いてあった浴衣を手にした。

「一応、部屋に露天風呂もあるし先入るか?もし広いのがよければ本館に大浴場もあるけどー・・・それとも一緒に入ったりする?」

基希は、史果の隣に座り直すと意地悪な笑みを浮かべ史果の手を取り、彼女の指先に唇を寄せた。吸い込まれそうになる瞳に直視された史果は、咄嗟に視線を逸らし空気を払い除けるかのように勢いよく手を引っ込めニコリと笑みを返す。

「ありがとうございます。とりあえず私は大浴場の方へ行ってきますので、基希さんはお部屋に付いてるお風呂でゆっくりして下さい」

「はあ?なんでそうなるんだよ・・・まあ、我慢しとくか。そんじゃあ、俺も大浴場の方行くわ。戻ってくる頃は今より暗くなってるだろうし危ないからな。そうと決まればほら、早く行くぞっ」

少し不満げな表情をしつつ、基希は旅行鞄からいそいそと入浴に必要な物を取り出し、史果にも急かすように向かう準備の催促をした。



☆☆☆
「はあー、気持ち良かったー♡。でも、ちょっと長かったかなー。基希さん、湯冷めしちゃってないといいけど」

史果は風呂で火照った顔を冷ますように手を団扇のように扇ぎながら、事前に決めていた待ち合わせ場所へいそいそと向かう。中庭が見えるテラスに視線を移すと庭座に既に先に到着していた基希が座りながら夜風に当たり優艶な眼差しで景色を眺めていた。

「ねえねえ、あの男性ひとめちゃくちゃカッコ良くない?一人かなー?私、声掛けてみようかなー♡」

「あんなイケメンが一人で来てるわけないでしょ?ってか、実は芸能人でお忍びで来たとか?」

本人的には何の気なしに眺めているのだろうが、傍から見ればイケメンが艶ある物憂げな表情で一人座っていれば誰だって気になるのは当たり前で・・・。

(声掛けにくいな・・・どうしよう。電話掛けて別の場所で待ってるって言おうかな)

史果は小さな手提げポーチからスマートフォンを取り出し基希とのトーク画面を開いた。場所変更を告げる内容を打っていると大きな手がディスプレイを隠すように降ってきた。史果は、急な状況に吃驚し目の前にいる手の主を見上げるとそこにはあからさまに不機嫌な表情の基希が立っていた。

「俺を待たせといて誰に何を送ろうとしてんだよ」

「あ、いやー」

“冴えない女と一緒にいるのは恥ずかしいかなと思ったので人けの少ない待ち合わせ場所に変えようとしたんです”

・・・なんてことを頭の中で告げていると先程の二人組の女性宿泊客らが此方を見て何やらぼそぼそと話している声が史果の耳に届く。

「あれってやっぱ彼女?」

「えー、違うでしょう。妹とか何かじゃない?だって、あの子じゃあ・・・」

“釣り合ってない”と語尾に言いたげな旨趣が伝わり、史果は気まずさから基希と少し距離を取ろうとした刹那、彼の腕が史果の腰辺りに回り自分の方へと引き寄せると耳元に唇を寄せた。

「石鹸の良い匂いがする。風呂上がりで頬も火照って可愛い。他のなんて眼中に入んないくらい。早く二人っきりになりたい」

「ちょっ!何言って、」

火照りとは別の熱が全身を駆け巡らせ、更にのぼせたかのような赤ら顔を基希に向けると悪戯っ子のような笑みを浮かべ先ほどの二人組を一瞥していた。彼女たちにも勿論聞こえていたのであろう、二人も史果同様、頬を赤らめ互いに視線を合わせると気まずそうにその場をそそくさと離れて行ってしまった。

「こんな公衆の面前で何やってくれてんですか!!」

「別にいいだろ?恋人同士なんだし」

「・・・・・・」
(付き合うなんて言った覚えはないです!それに恋人同士なんて・・・なれるわけないじゃないですか)

史果は脳内で基希に異議を唱えていると、彼の温かな手がふわりと史果の指の間に絡めるよう繋ぎ合わせた。

「なあ、部屋戻る前に少し周り散策しながら帰るか」

基希は、子どものように無邪気な表情を史果に向け足早に彼女の手を引き目的の場所へと向かった。

先程通った小径以外に別ルートで散策コースがあるらしく史果たちはそこを少しだけ散策することにした。先ほど通った小径と同じく緩やかな道が続き、朝ならまた違う風景が楽しめる道なりとなっていた。すっかり暗くなった空だが、ライトアップされた竹林の道は、神秘的な風景が広がりその自然の美しさに魅了された。

「ガキの頃はこんな場所、何にもないしつまんねーとか思ってたけど、この歳になると落ち着くし癒されるな」

「本当ですね。さっきお風呂に入ってる時、宿泊客の話声聞こえたんですけど、この辺りはパワースポットらしいですよ」

「ああ、そうらしいな」

基希の足がふと止まり、自ずと史果も立ち止まる。基希と向き合う形になった史果は暗がりながらも彼から情欲的な空気を感じとり思わず避けるように視線を地面へと移した。

「史果・・・化粧してないんだな」

基希の指先が史果の頬を掠め、もう片方の手を添え顎を軽く引き上げた。逸らしたはずの視線は気付けば絡み合い、二度と逸らすことを許さないとばかり史果を捕らえていた。

「そ、そりゃあ、お風呂入ったんで。どーせガキ臭いとか言い、「お前、俺に何隠してんだ?」

「え・・・?」

先程までと違い、ワントーン低い声色で基希は史果の言葉を遮った。どこか怪訝で疑懼ぎくした表情の基希にじっと凝視された史果は、戦慄く身体を気付かれないよう懸命に耐えた。

「隠し・・・って」

「確かに最近忙しかったのは知ってたけど、それだけじゃないような気がする。勿論、だけだから俺の考えすぎかもしれないけど・・・何か悩み事あるなら俺に言えよ。解決出来るかはわかんねーけど言ったら少しはスッキリするかもしんねーだろ」

基希の前ではなるべく悟られぬよう振る舞っていたつもりだったが、感じ取られてしまった史果は複雑な心境から無意識に下唇を強く噛み締めた。何もかも見透かされているような気分になり、先ほどまで火照っていた身体はその言葉で一気に史果の体温を下げさせた。

「本当に何もないです。仕事が忙しくて心身ともに疲れていただけで・・・。それももう終わったのでこれからは気持ちに余裕が出来ると思います。ご心配おかけしました。それより、そろそろおなか空きませんか?湯冷めする前に部屋戻りましょ」

ここで気付かれてはいけない・・・そんな想いで史果は笑顔を基希に向けこれ以上詮索されぬよう踵を返した。

「・・・ああ、そうだな」

そんな様子に何か言いたげな雰囲気を醸し出す基希を遮るように史果は矛先を転じるように当たり障りのない会話をしながら部屋へと向かった。
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