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第十二話 掃除の要領

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 人が一人、入(はい)れるほどの大きな袋も、ネズミの死骸で、
いっぱいになり始めていた頃、日は一番高くまで昇っていた。
心なしか、森の緑がより鮮やかに、元気になっている。

「そろそろ帰るか......」

 80キロ以上とある袋を、16歳という少年が軽々持ち上げている。
ステータスにも書いてある肉体強化のおかげだ。
彼は、異臭を放つその袋をギルドまで持って行った。

「あっ、先輩! ......って、何ですか!? その袋!?」

 ギルドでは、マリが先回りしていた。
クエストに行った事を聞いていたマリは、受付で時間をつぶしていた。
ちなみに、話していたのは、この少年の話である。

「この袋か? これは、前の依頼主の老人からもらった物だけど......」
「ち、違いますよ! その量!」

 天然ボケをかます彼は、「あぁ」と納得の声を漏らし、
ネズミの死体がパンパンにつまった袋を見る。
彼の頭の中では、一日に掃除していたスライムの方が量的に多い、
という不等式が成り立っていたため、驚くほどの量ではない。
だが、マリの反応から、全てネズミだと考え直す。

「って、持ってきすぎた!!!!!!」
彼は、正気を取り戻す。正確には、一般的な感覚を取り戻した。

「まぁ、これでも森には、まだ、たくさんいますから......」
取り繕った笑みの受付が、フォローを入れる。

「そ、そうですか」
彼も、安心して笑みを見せる。
絶滅というのは、環境破壊であり、彼にとって、NGであるようだ。

「じゃあ、これ引き取ってほしいんだけど」
カウンターに、ずっしりとしたその袋が置かれる。
目の前に出されると、改めて、女性は驚くが、すぐに機械的行動を心掛けた。

「はい。数を確認します」

 そう言って、受付は軍手を履いて、作業に取り掛かる。
感染病の危険性もあるため、消毒液のようなものが何度も吹き付けられた。
代わりとなる受付が休憩室から呼ばれてきて、彼は、少し申し訳ない気持ちになる。

「そちらでお待ちください......」

 代わりの受付は、不審者でも見るような目で彼を見た。
そんな視線から逃れようと、後ろを振り返ると、マリも同じような目をしていた。

 酒場の隅にある椅子に座り、せかせかと働く受付を二人は見ていた。
酒場の中年たちが、酔った声で、「今日は、忙しそうだなー」と楽しそうに話す。
「お前らは、暇そうだなー」と少年は、小さくこぼした。
仕事を見ていた二人は、終了したと見受けられた段階で席を立った。

「数を確認しました。753匹なので、
30匹の依頼報酬と、追加報酬で、41万ルーラとなります」
「「高!」」

 二人は、息ぴったりに、シンクロした。
二音の感想は、唖然とした俺たちの顔の口から大きく出た。
だが、それでも酒場の騒音には負けていた。
※ 1ルーラ = 約1円

「ランクをCに上げますね」

 受付の判断により、彼の冒険者ランクの昇格が決定した。
30万ルーラの報酬で、ランクCとされるからだ。

「なっ、先輩! 私の方が上だったのに、いつの間に!」

 そもそも、彼は、マリがランクDである事を知らなかった。
パーティメンバーの中で最高のランクが、パーティのランクとなる。
つまり、昨日は、わざわざEランクの依頼を受ける必要が無かったことになる。
多分、わざと言わなかったのだろう、と見つめるマリを、ジト目で返した。

 彼の中で、次のクエストは夕方、と決めていたので、
二人は一旦、宿屋に戻る事にする。
大金を手にして、防犯面が怖いという理由も、それにはあった。



「そういえば、新しいスキルが出来たんだけど」

 ステータスを開き、マリに見せる。
ちなみに、彼は今日で、レベル13に上がった。

「魔法陣対象移動って、スゴイじゃないですか!」
マリは、興奮したように、ステータスを大きな目で凝視する。

「対象に合わせて、勝手に結界が動くというものです」

 マリが、詳しい解説を入れる。
今回も、彼にとってのご都合スキルは、かなり便利らしい。
だが、未だにスキル開花の原因は掴めていなかった。

「夕方も、クエストに行く予定だからよろしくな」
「はい......。じゃ、じゃあ、先輩?」



 マリによって、彼は外へ連れ出された。
そうはいいつつも、彼はやる事が無いので、渋々といった態度ではない。
黙って、付いて行った。

 町を数分歩くと、マリが、とあるお店に入っていく。
外装の窓ガラスから、中が見える限り、色とりどりといった印象だ。

 彼も中を入り、目にしたものは、たくさんの服。
マリは、まだ店に入っただけであるはずなのに、嬉しそうにしている。
なんで、女子は服が好きなんだ? と、分からない人には、
一生分からないであろう疑問を、彼は頭に浮かべる。

「先輩の服を選んであげますよ」

 えっへん、と威張るようにマリが言った。
彼が知らぬ間に、強制的に買う事になっているが、
服一枚というのは、汚れた際に困るという、買う理由があるため、彼に文句はない。
そういったセンスは皆無である、と諦めている彼は、おとなしくマリに頼んだ。

 マリは、男用の服売り場に、楽しそうに入って行く。
なぜ女子は、人の服を選ぶ時さえ、楽しいのだろうか?
と、新たな疑問が彼の中で発生した。

 数分後、全身のワンセットとして、服を抱えてきたマリ。
冒険者らしい服装であると、一目で彼は分かった。
「着てみてください!」と嬉しそうにマリは言うと、彼は試着室に向かった。

 全身を着替え終わると、カーテンを開いた。
彼が一歩前に出ると、審査するような目で、
彼の周りをグルっとマリは、一回転する。

「普通!」
一周回って放たれたマリの一言感想は、ノーマル。

「あっ、違いますよ! 冒険者らしくなったという意味です」

 感想に、補足が加えられた。
マリの言う通り、この異世界の一人だけジャージというのは、不自然であった。
彼としては、動きやすさだと、ジャージの方が良かったそうである。

「私も買ってもらって良いですか?」

 その時、彼は、マリがあまり遠慮をしていない事を思い出した。
気を遣わずに何でも言ってくれる事がうれしい、というのが、彼の心境ではある。
にっこり「いいよ」と許可をすると、「やったー!」と喜び、
色鮮やかな服が並ぶ中に入り込んで行った。
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