公爵家の養女

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第一章

交流会

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 『ヴァンディリア、グランべセル両公爵家だけでは無く、皇室まで自身の物になってさぞお喜びになられているのでしょうね』



 怒りや嫉妬と言った感情が浮かび上がる灰色の瞳を、目の前にいるリーナへと向けるその女性。

 彼女の言葉を聞いた、パーティー会場内にいる周りにいる者たちは騒つく。
 

 美しく近寄りがたい雰囲気を纏う彼女に、リーナは冷めた表情を浮かべている。


 そんな表情でもリーナは美しく、真顔になればなるほど、まるで人形のような美しさを放っている。



 『貴女のそのつまらない妄想にいつまで付き合わされなきゃ行けないわけ? 何度も言っているでしょう。皇太子殿下とは貴女が思っているような事はないって』

 『いい加減、皇太子殿下が貴女に愛想尽かしたのを私のせいにするのはやめてちょうだい』



 普段穏やかなリーナが、ここまで冷たく言い放つのは珍しい。

 それくらい、うんざりしていたのだろう。


 リーナに図星を突かれた彼女は、何も言い返す事ができず、顔を赤くし肩を振るわせ俯いている。

 そんな彼女を横目に、その場を立ち去るリーナ。


 二人のやり取りを見ていた者たちは、ヒソヒソと話しては、取り残された女性をみて嘲笑するのだった。







 ヴァンディリアやグランべセル公爵家より、遥かに大きく立派なその建物は、アサーナトスの皇家が住まう皇宮。

 その中庭で開かれる、交流会へと参加するために、リーナたちヴァンディリア公爵家は皇宮へとやって来ていた。


 中庭では、テーブルに椅子、食べ物や飲み物が用意されており、使用人らが忙しなくする中、煌びやかな服を身に纏った者たちは話の花を咲かせている。

 久しぶりの、回帰後では初めての皇宮に、何処か緊張気味のリーナ。


 リーナにとって皇宮は、良い思いでは無く、むしろ悪い思い出しかない場所。

 過去の出来事が思い出され、痛くなる胃を撫でていると「大丈夫か?」と言う声がかけられる。


 顔を上げると、エーデルが隣におり、一見無表情に見えるが心配そうにしているのが分かる。

 そんなエーデルに「だ、大丈夫」と気丈に振る舞うも、顔が引き攣ってしまう。


 側から見ても、緊張しているのが分かり、エーデルが何かをリーナに言おうとした時「エーデル、リーナ」と呼ぶヴァンディリア公爵の声がする。

 二人は同時に公爵の方を見ると、公爵の目の前に赤い影が見える。


 その事に気づいたリーナとエーデルは、慌てて公爵の元へと行くと、公爵の「ヴァンディリア一同、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」と言う言葉を合図に、公爵とエーデル、公爵の隣に居たシュタインは胸に手を当てお辞儀をし、リーナはドレスの裾を掴みお辞儀をする。

 そんなリーナたちに、前に立つ者は「久しいな、ヴァンディリア公爵らよ。顔を上げよ」と言う。

 その声は、低く、圧を感じる。


 リーナたちは顔を上げ、目の前にいる人物を真っ直ぐ見る。

 燃え盛る炎のように赤い髪が風に揺れ、美しく濃い緑の瞳を三日月形にする。


 ハインリヒ・フォン・ディセール・アサーナトス

 その名を知らぬ者は、この帝国には居ない。何故なら彼は、アサーナトスの現皇帝陛下だからだ。


 年齢は、ヴァンディリア公爵とそう変わらず、若いが、その溢れ出る自信と強さは、いつ会っても気圧される。



 「お久しぶりです、皇帝陛下。陛下もお変わりないようで、安心致しました。」



 ほとんどの者は、その異常なまでのオーラと言うか圧に、皇帝を目の前にして気楽に話す事が出来ないのだが、全く臆することなく話をするヴァンディリア公爵は流石と言える。

 皇帝と公爵が話すのを聞いていた時、ふと皇帝の視線がリーナに移る。

  

 「もしや、その子がヴァンディリアの養女となった子か?」



 皇帝の注目がリーナに注がれ、一気に緊張で汗をかいてしまう。

 何度か皇帝とは会った事があるが、やはり慣れない。

 だが、初めて皇帝と話をするわけではないし、ここには公爵もエーデルも居る。

 そう思うと、少し緊張が解けた。



 「はい、娘のリーナです。リーナ、挨拶を」



 公爵の言葉に頷くと、リーナは「リーナ・フォン・ヴァンディリアです。お会いできて光栄です、皇帝陛下」と挨拶をする。

 皇帝は頷くと「確か、体が弱いのだったな。もう大丈夫なのか?」と問いかける。


 リーナが家にこもっている事に対し、とやかく言うものがいないよう、リーナは体が弱いと言う事に公爵はしていた。

 公爵は「はい。ですが、交流会などは初めてですので、どうかお手柔らかにお願い致します」と答えてくれる。

 やはり、公爵が居てくれると心強い。

 皇帝は笑い「もちろんだ」と頷く。


 そして、リーナの顔をまじまじと見つめ言う。



 「それにしても、そなたはとても美しいな。特にその珍しい紫の瞳は、人を惹きつける魅力がある。」

 「どうだ? 是非とも私の息子の妻にでもならぬか?」



 その瞬間、先ほど治った汗がドッと湧き出、その場には緊張が走る。

 皇帝陛下の息子は二人いる。

 第一皇子殿下と第二皇子殿下で、年齢は16歳と12歳。

 だが、皇帝陛下が言う息子は第一皇子殿下の方なのだが、それが問題だった。


 何故なら第一皇子には既に公式の婚約者がいるからだ。

 にも関わらず、リーナに第一皇子の妻にならないかと言う事は、例え冗談だったとて冗談にならない。

 他の者、特に第一皇子殿下の婚約者が聞いていたら、飛んだ火種になりかねない。



 「ご冗談を陛下。第一皇子殿下には既に素敵な婚約者が居られるではありませんか。それに、まだ可愛い娘は何処にもやるつもりはありませんので」



 そう笑み浮かべる公爵だが、何処かピリついている事がわかる。

 それはそうだ。

 例え第一皇子と言えど既に婚約者がいる相手に、妻にどうだと、言われ公爵が喜ぶわけがない。

 他の家の者などは、正妻などでは無くとも皇室に入れるとなれば大喜びをするらしいが、誇り高きヴァンディリア公爵家は例外だ。


 公爵の言葉に皇帝は「冗談だ。そうカリカリするでない」と返す。

 何とかその話は終わり、ほっと胸を撫で下ろすリーナ。


 その時、皇帝の側近のような男性が近づいてくると「皆様揃われました」と告げる。

 皇帝は「分かった」と頷くと、公爵が「リーナ」と名前を呼ぶと、リーナと視線を合わせるように、前屈みになる。



 「エミリアも居るから、そこまで気負いしすぎなくて良い。無理だと思ったら直ぐに使用人に私に知らせるよう言うんだよ」

 「はい、公爵様」



 リーナと公爵のやり取りを見ていた皇帝は「お前がそこまで過保護とは珍しいな」と言うのだった。

 公爵は眉を下げ笑みを浮かべると「可愛い一人娘ですからね」と答える。



 「無理するなよ」

 「エーデル。分かってるよ」



 心配そうにリーナを見るエーデルに続け、シュタインも「何か言われたら言えよ!」と言う。

 リーナはふふっと笑うと「ありがとう。行ってくるね」とその場を後にする。


 交流会では、招待された家の当主にその妻、子どもが参加し男女に分かれ交流を深める。

 男性たちは猟をやりに行き、その間に女性たちはテーブルを囲み、美味しい紅茶と茶菓子を頂きながら話に花を咲かせる。

 一見、普通の交流会のように見えるが、初参加のリーナにとって、ここで今後の社交の場へと立ち位置が決まると言っても過言ではない物だった。



 「皆様、初めまして」



 綺麗に着飾った四人の女性たちが、楽しそうに談笑する中、そう声をかけるリーナ。

 そんなリーナに気づいた女性たちは、話をやめ、リーナに視線を向ける。


 緊張しながらも、リーナはドレスの裾を掴むと「ヴァンディリア公爵の娘のリーナ・フォン・ヴァンディリアです。皆様とお会いできる事、大変楽しみにしておりました」とお辞儀する。


 数秒間があり「初めまして」と言葉が返ってくる。

 その声の主は、オレンジ色の髪を綺麗に後ろにまとめ上げた、三十代前半くらいの女性だった。

 彼女は口元に笑みを浮かべている。


 そんな彼女に続け、他の二人の女性も「初めまして」とリーナに向け言う。



 「リーナ! 私の隣に座って!」



 そう明るく聞き慣れた声がする。

 その声はエミリアによるもので、リーナの表情は明るくなり、エミリアの隣に着席する。



 「久しぶりね、リーナ。元気にしていた?」



 そう嬉しそうに話しかけてくるエミリアに、リーナは「えぇ。エミリアは?」と返す。

 その時、先ほどのオレンジ色の髪をした女性が「グランベゼル公女はヴァンディリア公女と親しいのですね。私たちもお話しさせて頂いてよろしいでしょうか?」と間に割って入る。


 エミリアが「えぇ、もちろん」と返す隣で、リーナは女性たちを見渡す。

 見た感じ、あのオレンジの髪の女性がこの場を仕切っている様だ。

 となれば、彼女がライハッド侯爵夫人の、ユリア・ライハッド夫人か。


 元々は、子爵家の出身で18歳と言う若さで10個上のラインハッド侯爵家へと嫁いだ彼女は、侯爵家とありながら立場が弱かったライハッド家を、その天性の社交力であっという間に名家へと持って行った人物。

 その社交力はすざましく、彼女に気に入られれば、社交界では今後、恐れを知らないと言われるほど。

 逆に嫌われてしまえば、いくら上位の家とは言え、社交の場では浮いた存在になってしまう。


 それくらい、社交の場での彼女の権力は凄かった。

 そんな彼女とは、回帰前はそこまで接点は無く、嫌われていたのかも、好かれていたのかもわからない。


 何故なら、リーナはひたすら婚活に励んでいたからだ。

 とりあえず見たところ、その場にいるエミリア以外のリーナに対する印象は、決して良いものではない。

 悪いものでもないのだろうが、様子を窺っている最中だろう。


 ヴァンディリア公爵の娘とは言え、もとは庶民の出。
 仲良くする価値はあるのかないのか、見定められていると言うわけだ。



 「この間のグランべセル公女様の誕生日パーティーに参加した方も言っていましたが、本当にヴァンディリア公女様は花が咲く様に美しいのですね。エズワルド侯爵夫人たちもそう思われません?」



 ユリア侯爵夫人の言葉に、リーナの向かい側に座る同じ赤紫色の髪をした、四十代くらいの女性と、リーナと同い年くらいの少女が「えぇ、そう思いますわ」と笑い合う。

 そのうちの、リーナと同い年くらいの少女に視線をやる。


 リーナとは別系統の、気の強さが窺える美しい顔立ち。

 美しい赤紫色髪をかき上げ、腰まで伸びた髪は波打っており、彼女の美しさを引き立たせる。

 彼女の灰色の瞳と目が合う。


 ブリューテ・エズワルド

 エズワルド侯爵家のたった一人の娘であり、第一皇子殿下の婚約者である彼女は、早くで結婚したが中々子には恵まれず、念願叶って出来た侯爵夫妻唯一の娘で多くの愛を注がれて育った。

 そして、その美しい見た目のおかげで、幼い頃から周りの人間に特別に扱われる事は日常茶番時で、彼女は他の誰よりも自信で満ちていた。


 自信を持つ事は決して悪い事ではない。

 ただ彼女はプライドが高く、傲慢で我儘なところがあり、自身が常に一番では無くては気に食わず、常にチヤホヤされる事を望んでいた。


 第一皇子と婚約が決まったのも、家柄もあるが、その容姿が理由にあったのだ。

 帝国の名家の一つのエズワルド侯爵家の一人娘であり、帝国一の美女と謳われるその美貌、しまいには誰もが羨む第一皇子の婚約者。

 この世の女性、全てが羨む物を手にした彼女は、自身こそがこの世界の中心だと信じて疑わなかった。

 貴族令嬢たちが集まり行うデビュタントでも、彼女が主役なのだと、彼女だけではなく誰しも信じて疑わなかった。

 彼女が現れるまでは。

 突如、社交界に現れたまるで花咲く様な、美しい少女。

 後に、ヴァンディリアに咲く白い薔薇と言われる彼女に、全てを持っていかれたのだ。


 彼女の登場により、デビュタントどころか、その先ずっと社交界の中心にはブリューテではなくリーナがいた。

 その事に、激しく嫉妬した彼女は、リーナにことある事に嫌がらせをし始めたのだった。


 だが、それでも全く弱い姿を見せないリーナは、怯む事なく、そんなリーナを賞賛する声はさらに増え、ブリューテをよく思わないものが増えた。

 そして彼女は更に、深い嫉妬の沼に溺れる事になる。


 ブリューテと目があったリーナは笑みを浮かべると、ブリューテはあからさまに引き攣った表情を浮かべる。

 きっと彼女とは、二度目も仲良くはなれない。

 瞬時にそう悟ったリーナは、ブリューテと仲良くする事は諦め、社交界の人脈王とも呼ばれるユリア侯爵夫人と親しくなれる様努める。



 「恐れ多いですわ。私もライハッド侯爵夫人の噂は予々お伺いしております。頭の回転が早く、話がとてもお上手だと、ヴァンディリア公爵も褒めておられました。」

 「こうしてお会いできて光栄ですわ」



 ユリア侯爵夫人の様に、才能があり、それを認められている相手には、下手に出、まずは褒めるのがベスト。

 褒められ慣れているだろうが、彼女の様な者は褒められ飽きている事はないだろう。

 彼女より位は高いが、年下、養女と言うこともあり下手に出るが、下手に出過ぎるのも禁物。



 下手へたに怖気付いたり、下手に出過ぎると、社交力が高い彼女からすれば、面白くないと判断されてしまう。

 ならば、出方はこうだ。


 下手に出つつ、程よくこちらから仲良くなりたいと言う思いで接する。

 ユリア侯爵夫人の様な、ぐいぐいくる相手は、逆にこちらからアプローチしすぎると、引いてしまう。

 だからと言って、引きすぎるのも良くない。


 なので、程よくこちらからアピールするのが一番良い。



 「ご存知の通り、私は体調が芳しくなく他の家の方たちと交流が少なかったため、ライハッド侯爵夫人に是非、社交のあれこれをお教え頂きたいと思っていました」



 リーナの予想通り、褒められ気をよくしたのか、ライハッド侯爵夫人は「まぁ、そんなに褒めても何も出ませんわよ」とご機嫌に笑う。



 「ヴァンディリア公女様がデビュタントを迎える日が楽しみですわ。その時は是非、私の方から紹介させて頂きたいですわ」



 少しばかり、好感を持って貰うつもりだったが、少し褒めただけでこの様に好感を持ってくれるとは、意外と素直な人なのかもしれないとリーナは思う。

 とりあえず、出だしは良好。

 このまま何もなく終わる事を願うばかりだ。
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