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第一章
会いたくない人
しおりを挟む引き続き、交流会が続いており、ふとエミリアが紅茶を一口飲むと「そう言えば、皇女様はいらっしゃらないのですね」と話を振る。
エミリアに続け、ユリア夫人も「第一皇子殿下もですわね」と頷く。
交流会では、皇后陛下、第二皇子以外の皇族、つまり第一皇子と皇女が参加するはずなのだが、交流会が行われしばらく経つが、まだ二人の姿が見えない。
エミリアとユリア夫人の言葉に、待ってましたと言わんばかりにブリューテが「殿下は諸用があり、遅れて来られますの。皇女様はお体の方が優れなく、今日はご欠席なさるそうですわ」と得意気に言う。
何故か、リーナに得意気な表情を向けて来るブリューテを、見ないようにしていると、ユリア夫人が「流石は第一皇子の婚約者ですわ。よくご存知で」と褒めるもんだから、更にこちらに得意気な表情を向ける。
何故か既に敵対心を向けられている気がする。となるべく彼女とは関わらないようにする。
「ヴァンディリア公女様はご存知ですか? ブリューテ侯爵令嬢は、第一皇子殿下の婚約者なのですよ」
ユリア夫人の説明に、当たり前でしょと思うものの「えぇ、存じ上げています」と角が立たないように返す。
それが引き金になったのか定かではないが、ブリューテ侯爵令嬢の第一皇子殿下自慢が始まってしまったのだった。
「そう言えばこの前、殿下とお茶をしたのですが、このネックレスをプレゼントして頂いて……」
止まないブリューテの殿下自慢に、エミリアはまた始まった……と言いたげな表情を浮かべ、ブリューテの隣の席のエズワルド夫人は嬉しそうに頷きながら話を聞いている。
ユリア夫人はと言うと、何故かリーナの胸元に視線を向けていた。
そして「ネックレスといえばヴァンディリア公女様のそのネックレス、公女様の瞳と同じ色の宝石でとても素敵ですわね」と言うのだった。
「アメジストですよね? シンプルで小さいながらも、品があり……最近流行りのデザインですわ。流石、公女様です」
そう褒めるユリア夫人に続け、エミリアも「私もずっと気になっていたの! 誕生日パーティーの時もつけてきてたわよね?」と興味津々と言った表情を向けて来る。
突然、話題の先が自身に向けられ戸惑うリーナ。
まだ話をしている途中だと言うのに、話題を取られてしまいブリューテはあからさまに不機嫌になっている。
だがその事に気づいているのかいないのか、ユリア夫人とエミリアが「瞳の色と同じ宝石という事はプレゼントですわね!」「えー! 誰から貰ったの?」とリーナに質問攻めだ。
リーナは戸惑いながらも「え、エーデル……兄から頂いたもので……」と答える。
「エーデル兄様から!?」「ヴァンディリア公子が……?」とエミリアとブリューテの声が被る。
エミリアが驚くのは分かるが、何故、ブリューテまでもが驚いているのか。
リーナがブリューテに視線を向けると、ブリューテは気まずそうに咳払いをし、視線を逸らす。
「エーデル兄様って、ネックレスとかプレゼントしたりするのね! 意外だわ~」
「そんなに?」
あまりにも驚くエミリアに、首を傾げるリーナ。
すると、ユリア夫人が「社交界では、エーデル公子は鉄壁で有名ですわよ」と言う。
「鉄壁……?」
「エーデル公子が特定の令嬢たちに何かをプレゼントする事はもちろん、令嬢たちのプレゼントは一切受け取らず、話しかけられても淡々とそれはまるで業務連絡のように話すと」
ユリア夫人の話を聞き、リーナは確かに、特定の令嬢と浮いた話は聞いた事なかったけど、と思い出す。
だが、リーナが社交界デビューした時は、エーデルは当主になっており、その時は普通に令嬢たち相手でも笑みを浮かべ話していた。
当主になったから、鉄壁でいられなくなったのだろう。
「鉄壁のエーデル公子も、妹は別という事ですわね」
何故か納得したように頷くユリア夫人に、エミリアは「私、兄様にネックレスなんて貰ったことないわ」と不満そうに言う。
「今度ねだらなきゃ」
そう話をしていた時、辺りが騒がしくなる。かと思えば、狩りを終えた様子の男性たちが中庭へとやって来る。
狩りと言っても、お喋りメインの狩りなので皇宮から直ぐ近くの狩猟場へと行き、本格的な狩りをする事なく帰って来るのだ。
そこで行われる話は、主に政治について。
若い令息たちも招待されるのは、若い者の意見を聞くと言う理由もあるが、後継者として見定められると言う理由もある。
「あ、噂をすればなんとやらですね。エーデル公子たちが帰って来られましたよ」
ユリア夫人の言葉に、声のする方に顔を向けてみれば、リヒトと話しながらこちらに歩いて来るエーデルの姿があった。
リーナたちの視線に気づいたエーデルとリヒトが、リーナたちの元へとやって来ると「大丈夫か?」と開口一番、リーナにそう問いかけるエーデル。
そんなエーデルにユリア夫人が「そんな心配しなくても、楽しくお話ししていましたよ。ねぇ、ヴァンディリア公女様」と眉を下げ笑みを浮かべる。
ユリア夫人の言葉が俄かに信じられないのか、エーデルがリーナに視線をやると、リーナは「楽しかったよ」と返す。
リーナの様子を見て「そうか」と返すエーデル。
そんな二人のやり取りを見て、ユリア夫人は「本当にエーデル公子ですか? まるで別人みたい」と呟いている。
「兄様、私ネックレスが欲しいの。今度プレゼントして」
突然、リヒトにネックレスをねだるエミリアに「ネックレス?」と驚くリヒト。
「そう言うのは父上に頼みなよ」
「エーデル兄様は、リーナにネックレスを贈ったそうよ。私は兄様にネックレスを貰ったことなんて無いのに!」
そう言うエミリアの言葉に、リヒトは「エーデルが?」と驚いたようにエーデルを見る。
エーデルは「そんなこと話してたのか?」と、何処か恥ずかしそうな気まずそうな表情を浮かべる。
そう話をしていた時「あれ、皆んな集まっていたんだね」と言う声が聞こえて来る。
まだ幼さを残す、少し高めで穏やかなその声を聞いた瞬間、リーナの心臓は飛び跳ねるように驚く。
先程まで静かだったブリューテが「殿下!」と、リーナたちと話していた時より少し高い声を出し、席から立ち上がると嬉しそうにその人物に駆け寄る。
そんな彼女にその少年は「ブリューテ」と声をかけると、ブリューテは「いつの間に来られていたんですか? 今日はもう来られないのかと……」と猫撫で声で言う。
「割と早く用事が終わってね。そのまま狩猟場に向かったんだよ」
「そうだったのですね。一度顔を見せてくださったらよかったのに……」
そう頬を膨らませるブリューテに、彼は「すまない。次からはちゃんと顔を見せるよ」と笑いかける。
「殿下も是非、お茶をして行かれませんか?」
「僕はいいよ。女性たちの間に入るわけには」
ぐいぐい来るブリューテの誘いを、軽やかに交わす彼。
だったら挨拶だけでもと、彼に提案するブリューテは「ヴァンディリア公女様にお会いするのは初めてですわよね?」と言うのだった。
その言葉を聞き、リーナは待って……! と心の中で叫ぶも、既にブリューテが彼をリーナたちの元へと連れて来ていた。
そして、ブリューテはリーナの方を向き「彼女がヴァンディリア公女様です、殿下」と彼に紹介するのだ。
美しい新緑のような瞳と視線が絡む。
その瞬間、リーナは気まずさから視線を逸らしたくなるも「お初にお目にかかります。リーナ・フォン・ヴァンディリアです。お会いできて光栄です、第一皇子殿下」と立ち上がり、ドレスの裾を掴みお辞儀をする。
燃え盛るような赤い髪に、新緑のような瞳を持つ、アサーナトスの第一皇子殿下。
エーヴィッヒ・フォン・ディセール・アサーナトス
彼は、リーナにとって会いたくない相手だった。
『聞きました? この間、ヴァンディリア公女様とエーヴィッヒ殿下が、一緒の馬車から降りて来て、ブティックへと入って行くのを見たって……!』
『もちろん! まさか、ヴァンディリア当主、グランベゼル公子だけではなく、エーヴィッヒ殿下も、彼女の美しさにやられるとは……』
『まさに彼女は――』
〝魔性の女〟
回帰前、ある日を境に、リーナに付けられたそのあだ名は、リーナからしたら恥ずかしく、いい迷惑だった。
確かに、エーヴィッヒ殿下とブティック店へと行ったのは事実。
だがあれは、たまたま他の店で彼と居合わせ、おすすめの店があるからと半ば強引に案内され、その時にエーヴィッヒの馬車に乗せてもらったというものだった。
何度か断ったし、殿下と二人っきりで会ったのだってあれが最初で最後だった。
だが、噂というものは怖いもので、尾ひれに尾ひれが付き、もう既に何度も殿下と二人っきりで会っているやら、エーデル、リヒト、エーヴィッヒの三名と密会をしていたやら、他にもまだ男がいるやら。
全く記憶にない噂が、いくつもされていた。
まぁ、エーヴィッヒに関しては誤解されるような行動を取った自身が悪いにしろ、エーデルとリヒトに関しては全くの風評被害だ。
魔性の女だなんて、婚約をするまで異性とキスどころか手を繋いだこともなかったのに!!
そう声を大にして言い回りたい気分だった。
何にせよ、そのふざけたあだ名を付けられる事になった張本人にである、エーヴィッヒになるべく会いたくなかったリーナ。
だが、会ってしまったのは仕方ない。
さっさと挨拶を済ませて、終わらせようとリーナが顔を上げる。
何故か、エーヴィッヒはリーナを見てすごく驚いたような表情を浮かべていたのだ。
何も言わずにリーナを見つめるエーヴィッヒに、リーナは「あ、あの……」と困惑する。
エーヴィッヒの隣に立つブリューテが「殿下?」と声をかけると、ハッとしたかのように「申し訳ありません。少しぼーっとしてしまって……」と眉を顰める。
「初めまして、ヴァンディリア公女。エーヴィッヒ・フォン・ディセール・アサーナトスです」
そう柔らかい笑みを、その綺麗な顔に浮かべるエーヴィッヒ。
エーデルやリヒトとまた違った系統の、穏やかで優しい雰囲気を纏う美しい顔立ちは、エーデル、リヒト同様帝国三大美男子の一人と言われている。
リーナに続け、エミリア達も立ち上がると、エーヴィッヒに挨拶をしていると、ヴァンディリア公爵らも中庭へと戻ってき、交流会が終わる。
◇
「リヒト、今日もうちに寄るのか?」
帰る支度をしている最中、エーデルがリヒトにそう問いかけると、リヒトは「いや、今日は父上達もいるし、やめとくよ」と返す。
リヒトがよく、ヴァンディリアへと来ていると知った日から、リヒトは頻繁にヴァンディリアへとやって来ては、剣の稽古をエーデル達と共に行ったり、邸内でリーナたちと談笑したりして過ごした。
なので、エミリアとは久し振りだったが、リヒトは昨日も会っていたのだった。
因みに、リヒトはよくヴァンディリアに来ていることを、エミリア達に話していないらしい。
リヒトと何度か会って、リーナが勝手に思っていることだが、あまり、グランべセル公爵達とリヒトの仲は良好とは言えない様子だと思う。
リヒトは何も、家のことを話さないので、本当のことはわからないけれど。
リーナが「今日は寄らないんだね」と言うと、リヒトは「また直ぐ行くよ」と笑う。
その時「ヴァンディリア公女」と呼ぶ、ユリア夫人の声が聞こえて来る。
「今日はお会いできて光栄でした。是非とも今度は、私が開くお茶会へと参加してくださいませ」
どうやらユリア夫人に好感を持ってもらう事ができたようで、リーナは「是非。お誘いをお待ちしておりますわ、ライハッド夫人」と返す。
ユリア夫人は「私の事はユリアとお呼びください」と言うので、リーナも「でしたら、私のこともリーナとお呼びください」と言う。
「光栄ですわ、リーナ。またお会いしましょう。ヴァンディリア公子、グランべセル公子もまた」
ユリアはそうお辞儀をすると、自身の馬車へと戻って行く。
そんなユリアを見届けていると、ふと、ブリューテと共にいるエーヴィッヒと目が合ってしまう。
エーヴィッヒは直ぐに目を逸らしたのだが、今度は隣にいるブリューテと目が合ってしまう。
ブリューテは分かりやすく、視線を逸らして来き、リーナは苦笑する。
ブリューテとは相変わらず、仲良くはなれなかったが、予想外のユリアと仲良くなれたため交流会に来てよかったとリーナは思う。
「そう言えば、公爵様達は?」
先から姿が見えない、公爵たちの事をリーナが尋ねると、リヒトが「シュタインとエミリアなら何か珍しい鳥が居たとかで、向こうに走って行ったけど……」と言うので、リーナは「鳥……」と呟く。
「父上なら向こうで、ヴィルスキン辺境伯と話しているよ」
そうエーデルが顔を向ける方へと視線を向けると、ヴァンディリア公爵と、一人の長身でブロンドヘアをした男性が話し込んでいる様子だった。
リーナはヴィルスキン辺境伯か……と思いながら見つめていると、どうやら公爵たちは話を終えたようで、挨拶をし、公爵がこちらに歩いて来る。
公爵からふと、視線をヴィルスキン辺境伯へと向けると、目が合い、ヴィルスキン辺境伯はリーナに向かいお辞儀をすると、歩いて行く。
そんなヴィルスキン辺境伯を見て、リーナは、丁寧な人と思うのだった。
◇
「――まさか、ヴァンディリア公爵が、あのような娘を隠しているとは思いませんでしたねナハト」
教会内にある、大司教の部屋の中。
そこは夜のせいか蝋燭の火が灯っているがとても薄暗く、あまり顔がはっきりと見えない。
目の前に姿勢を正し立つ、まだ幼く見える者に、大司教がそう言うと、彼は「えぇ」と頷く。
「今の世は、信仰心は強いと言えど、遥か昔我々の偉大なる神・マグヌスが居た時代に比べれば、弱まっている。だからこそ、我々の存在価値を示す必要があり、そんな世の中だからこそ協会が再びこの国の上に立たなければなりません」
「かつての王、マグヌスのように再び邪悪な物と戦わなければ。きっと我々の神もそれを望んでいる。だからこのタイミングで紫の瞳を持つ者を我々の目の前に現したのでしょう」
「言いたい事はわかりますね? ナハト。ヴァンディリア公爵家を見張りなさい。一時も目を離さぬよう」
大司教の命令に、ナハトは胸に手を当て「承知致しました」とお辞儀をする。
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