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第二章
当主継承
しおりを挟む皇宮内にある一角の部屋の中、そこは他の部屋よりもシンプルではあるが、やはり豪華絢爛な装飾をされており、中央に長いテーブルと、複数の椅子が並べられている。
扉から一番離れた奥の席には、アサーナトスの皇帝ハインリヒが座り、そのすぐ背後には二人の側近と思われる者が立っている。
そして、皇帝陛下のすぐ側の席にはグランべセル公爵が座り、その向かい側の席は空いている。
その空席の隣には、ヴィルスキン辺境伯が座り、七名ほど上位貴族が連なる向かいに座るのは、神聖国の面々、ベネディクト大司教、ナハト司祭、その他二名の司祭が腰を下ろす。
そんな思わず背筋が伸びる面々が連なる中、エーデルは皇帝の向かい側に、姿勢を正し立ち、その背後にマティアスが控えている。
新しく当主を引き継いだ事への報告と宣誓をしに、貴族院へと顔を出しに来たエーデルは、その場の空気に飲まれそうになりながらも、堂々と宣誓する。
「前ヴァンディリア当主、クラウス・フォン・ヴァンディリアの死去に伴い、新たにヴァンディリア当主に、エーデル・フォン・ヴァンディリアが就任いたしました」
「クラウスに代わり、帝国の剣であるヴァンディリアを守り抜く事をここに宣誓します」
エーデルはそう宣誓すると、胸に手を当てお辞儀をする
そんなエーデルに、皇帝は「クラウスが亡くなったことは、非常に残念だ。だが、新たな当主の誕生を嬉しく思う。期待しておるぞ、ヴァンディリア当主よ」と告げるとエーデルは「身に余るお言葉を頂き、大変恐縮です」と礼を言う。
「顔を上げよ、ヴァンディリアよ。皆も、まだまだ彼は若い。慣れないことも多いだろう。色々と教えてやってくれ」
皇帝の言葉に返事をしたのは、十三名中たったの四名だ。
いくら新たなヴァンディリア当主とは言え、まだ若いエーデルを、見定めているのだろう。
今まで通り、親しくするべきか、はたまたいくらヴァンディリアと言え、親しくするほどでも無いかと。
皇帝はエーデルの後ろに立つマティアスに向かい「マティアスも。この一月間ご苦労だったな。長い休暇を取るのだろう? ゆっくり過ごすと良い」と言うと、マティアスは「はい。そのようにさせて頂きます。帰った際には、土産をお持ちいたしますので。」と胸に手を当てお辞儀をすると、少し、皇帝の方に視線をやり言う。
「陛下にお喜び頂けるか分かりませんが」
その言葉を聞いた皇帝は「期待しているよ」と笑みを浮かべるのだった。
今回の貴族院会議は、ヴァンディリアの新当主の宣誓と、もうすぐ行われる騎士の叙任式についての話が行われたため、直ぐに会議は終わった。
貴族院会議に初参加のエーデルは緊張していたが、さほど重要なやり取りは行われず、貴族院会議の雰囲気に慣れるには良かった。
アサーナトスの貴族院は、ヴァンディリア公爵家、グランベゼル公爵家の両家と、侯爵家五家、伯爵家七家、子爵家三家、神聖国五名が基本のメンバーとなっている。
そのうちの一部の貴族院のメンバーが、今日、ここに集まっていたのだ。
会議が終わり、直ぐにグランべセル公爵は、向かい側に座るエーデルに「初めての貴族院は緊張しただろう?」と声をかけてくれる。
エーデルは「えぇ……まぁ」と眉を下げ笑みを浮かべると、グランベゼル公爵は「まぁ、しっかりと自身の意見を述べていたし、初めての貴族院会議、それも未成年にしては上出来だったよ」と褒める。
そんな公爵の話を近くで聞いていた、エズワルド侯爵が「内容が内容でしたからね。あとは行うだけの叙任式の件に、発言するのは簡単ですから」と挑発してくる。
エズワルド侯爵家は、ヴァンディリア、グランべセル両公爵家を除けば力がある家だ。と言っても、両公爵との差は計り知れないが。
そんなエズワルド侯爵家だが、今回、娘のブリューテが第一皇子との婚約が決まったため、最近調子に乗っているのだ。
エーデルは一々挑発に乗るのも面倒なので「ですね。今回はそう重要な会議では無かったので安心いたしました」とさらりと交わす。
そんなエーデルを見てグランベゼル公爵はふっと笑うと、エズワルド侯爵は眉を顰め、面白くないとでも言いたげな表情を浮かべる。
大方、エーデルが怒って言い返してると予想していたのだろう。
未成年だからと言い甘く見ているようだが、一々しょうもない挑発に乗せられていては、名家ヴァンディリアの当主は務まるまい。
すると、エーデルたちのやり取りを側で聞いていた、ヴィルスキン辺境伯が「人のことを言っている場合ですか? 先日の貴族院会議で貴方、一言も発してはいなかったじゃないですか」と間に入る。
「それに、ヴァンディリア公爵はまだまだ若い。古く固められた意見しか思いつかない我々よりも、余程、今の世の中にあった新しい意見を出してくれると思いますよ」
「我らが皇帝陛下もそう思われませんか?」
ヴィルスキン辺境伯は、そう言って椅子に座り、エーデルたちのやり取りを黙って見ていた皇帝に、意見を求める。
その瞬間、エズワルド侯爵はギョッとした表情を浮かべ、他の貴族や聖職者たちも皇帝を見る。
皇帝陛下はどちらかと言えば、古風な考えを持っている。
そんな皇帝にそう言った発言をするとは、中々の挑発になるのだが、ヴァンディリア、グランべセル両公爵家に次、帝国を支えるヴィルスキン辺境伯ともなれば、、怖いものはないのだろう。
しばらくの間沈黙が流れる。
かと思えば皇帝は大声を上げ笑い出す。
「先日の会議の件、まだ根に持っていたのかヴィルスキンよ。だが、発言には気をつけよ。この国の王はまだこの私なのだからな」
そう忠告する皇帝に、ヴィルスキン辺境伯はさほど気にした様子もなく「無礼をお許しください」と胸に手を当てお辞儀をする。
「最近お前は反抗的だな。一体誰に似たんだか。そう言えば、お前の友も中々反抗的だったな」
「私もクラウスもこの国を思ってのことです、陛下」
そう淡々と返すヴィルスキン辺境伯に、皇帝は「調子の良いことを」と呆れたように言うと「まぁいい」と席から立ち上がる。
そして、エーデルのことを見ると「期待しておるぞ、エーデルよ」と告げ、部屋を出て行く。
そんな皇帝を見て、エズワルド侯爵含め他の者たちも部屋を出る。
「エーデル。私たちもそろそろ出ましょう」
そうエーデルに声をかけるマティアスに、ヴィルスキン辺境伯が「マティアス閣下」と声をかけると「明日、行かれるのですよね」と尋ねる。
おそらく、隣国へと向かう事を言っているのだろう。
マティアスは「えぇ。」と頷くと「どうぞお気を付けて」とヴィルスキン辺境伯は言うと、マティアスは「ありがとうございます」と頷く。
そんなマティアスをエーデルは見つめる。
貴族院への報告を終え、いよいよヴァンディリア家の当主となったエーデル。
別日に、ヴァンディリア、グランべセル両公爵家が必ず当主継承時に行う、当主継承式を控えており、そこで皆の前で初めてお披露目されるのだが、今回は、クラウスが亡くなって直ぐと言う事もあり、ヴァンディリアと深く関わる家だけを招待する、簡易的なパーティーのようなものにする事にした。
初めは、エーデルはパーティーのような物もしなくて良いと言っていたのだが、ヴァンディリアの当主なのでそんなわけにはいかないと、パーティーをする事に。
「何かあれば、手紙を送ってください。なるべく早く帰って来ますが……。何かあれば、ヴィルスキン辺境伯を頼ってください。きっと力になってくれます」
エーデルが当主を継いだ翌日、マティアスは隣国へと発つため、リーナたちは玄関まで見送りに来ていた。
マティアスはそう言うと「では、行って来ます」と馬車に乗る。
そんなマティアスにリーナたちは「気を付けて」と声をかけると、馬車は走り出す。
マティアスを乗せた馬車をしばし見つめるエーデルは、クラウスの葬儀から何日か経った日のことを思い出していた。
その日、エーデルはマティアスと一緒に、街にあるブティック店へとやって来ていた。
何も聞かされず、ただマティアスについて来たエーデルは、何故、ブティック店? などと思っていると、マティアスはエーデルを奥の部屋に連れて行く。
言われるがまま、店の奥に入ったエーデルは先に部屋に入っていた人物たちを見て驚いた表情を浮かべ『リヒト……? それに、ヴィルスキン辺境伯も……どうしてここに?』と問うのだ。
エーデルの言う通り、ブティックの奥の部屋にはリヒトとヴィルスキン辺境伯がソファーに向かい合って座っていた。
部屋の中はいたってシンプルな作りで、ソファーにテーブル以外の家具は見当たらない。
いかにも密会に使われそうなその部屋の扉をマティアスは閉めると『エーデル。そちらに腰掛けてください』とリヒトの隣に手を向ける。
訳がわからず、リヒトの隣に腰を下ろすエーデルを見、リヒトは『エーデルは呼ばれているのに、父上は呼ばれず、代わりに俺が呼ばれている。奇妙な組み合わせですね』と言う。
『お前も何も知らないできたのか?』
『あぁ。今朝いきなり手紙が届いてね。来るまで騙されているんじゃ無いかって思っていたよ』
そう話をするエーデルとリヒトに、ヴィルスキン辺境伯が『グランべセル公子も、ヴァンディリア公爵も突如お呼び出してしまい、申し訳ありません。』と謝罪すると、真剣な表情浮かべ言う。
『お二人にお話ししなければならない事があり、マティアス閣下に協力して頂きました』
ヴィルスキン辺境伯の言葉に、エーデルが『話さないといけない事?』と首を傾げると、真っ直ぐエーデルとリヒトを見て言うのだった。
『ヴァンディリア前当主、クラウスの死についてと、クラウス、マティアス閣下、私、そしてシャッテンヴェヒターが調査をしている、帝国の闇について』
ヴィルスキン辺境伯の言葉に、眉を顰めるエーデルとリヒト。
色々と聞きたいことはあるが、ヴィルスキンの言葉を聞きエーデルが初めに出て来た言葉は『……父上は殺されたのですね』だった。
ヴィルスキン辺境伯は頷くと『少し長くなりますが、聞いて頂けますか?』と尋ねると、エーデルとリヒトは頷き、ヴィルスキン辺境伯の話に耳を傾ける。
『私がそれに気づいたのは、半年ほど前のことでした。国境付近で妙な男を捕らえたと、国境を警備していた警備隊員らが一人の男を連れて来ました』
『その男は、アサーナトスの者で、荷車に大量の袋を詰め国境を渡ろうとしていたのです』
『結論から言いますと、その男の荷車に乗っていた大量の袋はどれも、アサと言う植物でした』
アサと言う言葉に反応するエーデルとリヒト。
アサーナトスの北の地にかつて生えていたと言う、アサという植物。
一見、薄紅色の綺麗な花を咲かせる、なんとも可憐な花なのだが、人にとってその花は害だった。
茎の部分は少しの量でも人を殺せるほどの毒がある。
それだけでも厄介だと言うのに、摂取してから徐々に侵食して行くタイプの毒で、いつ毒を飲んだのか分からず、暗殺には持ってこいと言うものだった。
そして花の部分は、少し摂取すると高揚感を得られると言うもので、摂取を続けると中毒症状を起こし、やがて理性を失い死に追いやると言う何とも厄介なものだった。
そんな恐ろしいアサと言う植物は、全て燃やされ、所持をしている所を発見された時点で捕まり地下牢へと送り込まれ、重い刑、最悪斬首となる。
栽培する事も、はるか昔にアサーナトスだけでは無く全世界で禁じられ、この世に存在していないはずのそのアサと言う植物を、何故その男は持っていたのか。
そして、何故、白昼堂々と国境付近で運んでいたのか。
この事を他の者に知られてはならない。
皇帝はヴィルスキン辺境伯に、男の尋問を任せ、この件に関わった警備隊らにも他言せぬようとキツく言い聞かせた。
ヴィルスキン辺境伯は、皇帝に言われるがまま、男を尋問したのだが何度行っても、男は『ただ、お金をやるからこの荷車を持ち、国境付近あそこにいろと言われただけです』と言うのだった。
自分はこの植物についても、くれた男についても何も知らないと。
そして、尋問し始めて数日が経った日だった。
執務室で書類を片付けていたヴィルスキン辺境伯の元に、警備隊の一人がやってくると『例の男が自決いたしました――』と言ったのだ。
すぐさま、ヴィルスキン辺境伯は男の元へ向かうと、男は隠し持っていたアサを使い、自決していた。
『そこで私はある疑問が出て来ました。何故、一週間も口を割らなかった男がいきなり、自決を選んだのか。逃げきれないと思っていたのなら、捕まった時点で自決をしたのでは?』
『それに、あの男はアサについて私が説明するまで知らないと言っていた。だが、あの男は自決ようにアサを隠し持っていた。その時点で、アサは毒草だと知っていたはずだ』
『なのに何故、白昼堂々と国境付近にいたのか。』
ヴィルスキン辺境伯の言葉に、リヒトは顎に手をやり『初めから捕まる目的でアサを所持し、国境付近にいた……?』と自身の意見を確認するように言う。
リヒトの言葉にヴィルスキン辺境伯は頷き言う。
『その男は、尋問をしている最中、しきりに日付を気にしていました。そこで私は思ったのです。このアサの所持はフェイク。他の何かの件を隠すために仕掛けられた罠だと』
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