公爵家の養女

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第二章

お願い事

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 夜も開けきらない頃、リーナとエーデルは談話室のソファーで二人並んで座っては、リーナが淹れたお茶を飲み話をしていた。



 「何となく目が覚めちゃって、談話室に来たらエーデルがいたんだもの。きっとずっと待っていたから、本能的にエーデルが帰って来たって気づいたんだわ」



 そう眠そうだが、目をキラキラと輝かせながら言うリーナを見て、エーデルは愛おしく思い、ずっと頷きながらリーナの話を聞いている。



 「本当に凄くエーデルに会いたかったのよ。シュタインだって朝起きるたびに、兄貴は? ってアルバートに聞くくらい心配しているの」



 可愛いな、と思いながら話を聞くエーデルに、リーナはハッとした表情を浮かべると「ごめんなさい……! 疲れているのに、話しすぎちゃった」と謝る。

 そんなリーナに「気にしないで。声を聞いていたいから話して」と言うエーデルに、リーナは固まる。


 そして少し恥ずかしそうに「え、エーデルがそう言うなら……」と俯くリーナの、垂れる髪にエーデルが手を触れると、リーナの顔がはっきりと見える。

 そんなエーデルの行動に驚き、リーナはエーデルの方を向くと、エーデルは愛おしそうに「可愛い……」と笑うものだから、照れを通り越し、リーナは心配になる。


 ど、どうしたのかしら?

 普段も褒めてくれるけど、何だかいつもと様子が……。

 よっぽど疲れているのね。と思うリーナは「エーデル、やっぱり早くベッドに横になったほうが……」と言うと、エーデルは「嫌だ」とそれを拒否する。


 そして、リーナを見て「もう少し一緒にいたい」と言うので、リーナはやっぱりどこか変だと思い「ちょっとごめんね」とエーデルのおでこに手を当てる。

 数秒間があった後「……熱があるじゃない……!」と焦ったように言うのだった。



 「エーデルあなた熱があるわよ!」

 「え……? 大丈夫だよ。元気だし」



 無自覚!? と驚きながらも、リーナは「と、とにかく寝室に行きましょう! そして早く体を温めて……!」とエーデルの手を取り、立ち上がらせようとした。

 その時、エーデルはふらっとし、リーナと一緒にその場に倒れてしまう。


 だが、エーデルがリーナを庇う形で倒れたため、リーナはどこもぶつける事はなかったのだが、エーデルを下敷きにしてしまい、リーナは慌てて「え、エーデル? 大丈夫?」とエーデルを確認するも、エーデルは苦しそうにしていた。

 顔は赤く、汗をかき、息も上がっている。

 おでこに手を当てると、先よりも熱が上がっているようで、リーナは慌てて立ち上がると「誰か……! 来て……!」と叫ぶ。


 リーナの声を聞き駆けつけた、アルバート、使用人らは倒れるエーデルを見て血相を変える。



 「エーデル、熱があるみたいで……苦しそうなの……」



 リーナの話を聞き、アルバートは「ひとまず、エーデル様を寝室に……」と言うと、駆けつけた騎士のジークフリートが「私がお運び致します」とエーデルを軽々しく持ち上げる。



 「ありがとうございます。他の者は、直ぐに何か冷やす物と、お医者様にご連絡を」



 アルバートの指示に、使用人たちは素早く動く。



 「お嬢様はもう、お休みになられてください」



 メイド長のエマにそう言われたが、リーナは「いや。私もエーデルの側にいる……! お願い」と言う。

 リーナにエマは「しかし……」と心配そうにするも「わかりました。ですが、眠くなられた時は無理せずお眠りになられてくださいね」と言う。


 リーナは頷くと、二人のやり取りを聞き待っていたジークフリートの元へと行き、共にエーデルの寝室まで向かう。



 「――疲労からの熱ですね。数日安静にし、体に栄養のある物を召し上がられれば、直ぐに良くなりますよ」



 直ぐに医者は来てくれ、エーデルは診てもらい、疲労からの熱だと言うことがわかり、大きな病気とかではなくひとまず安心する。



 「私はお医者様を見送りに行って参りますので、お嬢様もお部屋にお戻りになられてください」



 ゆっくり寝かせるために、エーデルの寝室にいた他の使用人は帰らし、部屋には医者を見送りに行くアルバートとリーナ、そしてずっと付きっきりだったジークフリートだけがいる。

 アルバートに部屋に戻るよう言われるも、リーナは「エーデルが起きるまでここにいるわ。」と拒否する。


 アルバートは「しかし……」と躊躇うも、ジークフリートが「私もしばらくここに居ますので、何かあればお呼びします」と言い、それならとアルバートは医者を見送りに行く。


 エーデルが眠るベッドの横に椅子を置き、座り、エーデルの手を取るリーナ。

 眠るエーデルの息は荒く苦しそうで、リーナは心配になる。


 倒れてしまうまで、疲労を溜め込んでいたなんて。

 毎日、朝早くから夜遅くまで業務をしていたんだもん。

 全く休めていなかっただろうから、倒れるのも当然だ。

 もっと、気遣ってあげれればよかった……。


 そう後悔するリーナは、エーデルの手を掴む手に力を入れる。

 そんなリーナを見たジークフリートが「……お嬢様。あまりご自身を責められないでください。」と言う。


 突然の言葉に驚き顔を上げるリーナ。

 するとジークフリートは「どんなに不甲斐なさに落ち込もうとも、人には出来ることがあります。出来なかったことを責めるよりも、何か違う方法でエーデル様を支える事をお考えになられてください」と続ける。


 何か違う方法で……。

 一見、ジークフリートの言うことは厳しくも聞こえるが、正論だ。

 リーナはジークフリートの言葉に、自分ができることは何かと考える。


 そんなリーナにジークフリートは「申し訳ありません。出過ぎた事を」と謝罪する。

 どうやら、何も返さないので怒ったと思ったらしい。


 リーナは「謝らないで。あなたの言う通りだと思っただけだから」と答える。

 そんなリーナを真っ直ぐジークフリートは見つめる。

 何か言いたそうに見えたが、リーナは何も聞かなかった。



 それかは夜は完全に開けきり、窓からは日差しが差し込み、その眩しさからエーデルは目を覚ます。

 ふと、手を握られている感覚があり、視線をそちらに向けると、リーナがエーデルの手を握ったまま眠っており、エーデルは驚き勢いよく上半身を起こす。



 どうしてリーナがここに? と言うか、いつの間に寝室に……。

 なんて考えていると「あ、目覚めた?」と言うシュタインの声が聞こえてくる。


 声のした方に視線を向ければ、たった今部屋に入って来たシュタインがおり、シュタインはエーデルに「リーナ。ずっと兄貴の手を握ってたんだよ」と言う。

 エーデルはずっと……? と理解できず、首を傾げると、シュタインは「覚えてない?」と聞いてくるので、エーデルは頷く。


 すると、シュタインはリーナとは反対側のエーデルのベッドの横に椅子を置き座ると「まぁ俺も今朝聞いたんだけど、昨日、て言うか朝方、兄貴疲労からの熱で倒れたんだよ」と話す。



 「その時、リーナも一緒にいたから、リーナが皆んなを呼んで、直ぐに医者に診てもらったらしいけど。兄貴が心配だからって、ずっと部屋に戻らず付きっきりでリーナが診てだんだよ」



 そう話すシュタインの言葉に、エーデルは「付きっきりで……」と呟きながら、今もエーデルのベッドの横で眠るリーナに視線を向ける。

 眠っていてもなお、エーデルの手を握るリーナを見て、エーデルはリーナの頭を撫でる。


 そんなエーデルに「ここ最近、兄貴が忙しくしてたってこともあるだろうけど、その前から兄貴、リーナによそよそしかったぢろ?」と言うシュタイン。

 その言葉に、エーデルは驚いた表情をシュタインに向ける。


 驚くエーデルを見て、シュタインは「バレてないとでも思ったの?」と眉を顰める。



 「俺でも気づくんだから、リーナも気づいてたよ。最近、エーデルとどこか距離を感じるって悩んでたしね」

 「それもあって、アルバートやエマがリーナに部屋に戻るよう言っても、リーナはずっと兄貴のこと見てたんだからな。」



 シュタインはそう言うと、椅子から立ち上がり「俺は皆んなに兄貴が起きたって知らせてくるから、その間にリーナと話しろよ! ちょっとゆっくりくるから!」と言い、部屋から出て行く。

 エーデルは、まさかシュタインまで気づいてたとは……とため息をつく。


 エーデルは当主になる前から、リーナと距離を取っていた。

 それは、14歳のリーナの誕生日の日、二人親しげに話すリーナとリヒトを見て、エーデルはある事が頭をよぎったからだ。


 エーデルはリーナと初めて会ったその日から、リーナに強く惹かれていた。

 けれど、その事を一時の感情に過ぎないと、見て見ぬふりをし、士官学校へと入学した。


 何年もリーナから離れれば、リーナへの想いも消える。

 そう思っていたが、士官学校から戻った後も、リーナへの想いは消えず、むしろ募るばかりだった。


 そして、リーナへの想いを自覚しながらも、リーナの義兄として見て見ぬフリをし過ごしていた。

 そしてあの日、リーナの14回目の誕生日の日、月明かりに照らされ話す仲睦まじい二人を見て、エーデルは思った。


 エーデルには見せない顔をリヒトに向けるリーナ。

 そんなリーナを愛おしそうに見つめるリヒト。

 リーナに対する自身の想いは、絶対にあの二人にバレてはいけないと。



 ずっとわかっていた。血の繋がりはないが、仮にもリーナの義兄である自分が、リーナにこんな想いを抱くのは間違っていると。

 ずっとリーナを諦める理由を探していたエーデルは、仲睦まじく話す二人を見て、やっと諦めることができると、リーナと距離を取ることにした。


 リヒトが相手だったら、諦めがつく。

 エーデルはそう言い聞かせ、二人が話している時は、なるべく距離を取り、リーナの事はどうも思っていないと言い聞かせ続けていた。


 はずだったのに……。

 明け方、久しぶりにリーナを見ると、今まで歯止めが効いていたのが効かなくなり、リーナへの想いが溢れ出るのが自分でも分かった。


 
 「諦められるって思ったのに……」



 そうリーナの頭を撫で呟いた時、リーナはゴソッと動くとゆっくりと顔を上げ「エーデル……?」と呟く。

 そんなリーナに「おはよう」と声をかけると、リーナは目に涙をため、エーデルに抱きつく。


 ふわっと甘い花の香りが、エーデルの花を掠める。

 突然、抱きつくリーナに驚くエーデルに、リーナは「よかった……エーデル急に倒れるから、死んじゃったらって……」と泣きだす。


 そんなリーナに驚きながらも、エーデルは直ぐに柔らかく笑うと「ごめん。心配かけたね」と、リーナをあやすように、優しくトントンッと手を叩く。

 そして、リーナはエーデルの肩から顔を離すと、目に涙をいっぱい浮かべ、エーデルを見る。



 「お医者さんは、疲労からの熱だって、数日安静にしていればよくなるって言っていたけど、凄く不安で……目を覚さなかったらどうしようって……」



 そう話をする間も、ポロポロとリーナの眼から涙がこぼれ落ちる。

 自分のために、目に涙をいっぱいためるリーナを見て、エーデルは愛おしく感じ、リーナの涙を拭う。



 「――落ち着いた?」



 しばらくし、リーナは泣き止み、申し訳なさそうにエーデルに「ごめんなさい……エーデルがしんどいのに、私が泣いてしまって……」と謝る。

 そんなリーナを見て、エーデルは「謝らないで。それだけリーナが心配してくれたんでしょ?」とリーナの頭を撫でる。



 「……リーナやシュタインを守らなきゃって思っていたら、いつの間にかやり過ぎていたみたいだ。それで結局、リーナに不安そうな顔をさせているし」



 そう言って、リーナの頰を撫でるエーデルに、リーナは「そんな……エーデルは充分やってくれているわ」と返す。

 そして、リーナは「これからは、私ができる事なら何でもするから、何でも言ってね!」と意気込む。


 そんなリーナにエーデルは「お、頼もしいな」と笑う。

 「早速何かして欲しいこととかはない?」と、張り切った目を向けてくるリーナに、エーデルは「そうだな……」と考える素振りを見せると「あ、一つだけ」と言う。


 リーナは「何?」と前のめりになって、エーデルのお願い事に耳を傾けると、リーナを真っ直ぐ見つめ言う。



 「どこも行かずに、ずっと側にいてほしい」

 「え……」



 エーデルの言葉に驚くリーナは「あ……」と何かを理解した素振りを見せると「もちろん! エーデルが良くなるまで側にいるからね!」と言うのだ。

 そんなリーナにエーデルは「そう言う意味じゃ……」と眉を下げ笑みを浮かべる。



 「え? 違うかった?」

 「いや……違うくない。」



 エーデルはそう言うと「じゃあ、リーナにご飯を食べさせてもらおうかな」と言い出すので、リーナは「えぇ?」と驚く。

 そんなリーナに「嫌? お願い聞いてくれるって言ったのに」と拗ねたように言うので、リーナは「わ、わかった。食べさせる……!」と頷く。


 それをいいことに、エーデルは「それとずっと手を握って――」と続けるので、リーナは、エーデルがまるで子どもに戻ったみたい……と驚き、それだけ疲れているってことよねと、エーデルのお願いを全部聞くことにしたのだ。



 「それから最後に、これからはちゃんと休むようにするから、家族三人でゆっくりしよう。どこかに出かけるのもいい」



 最後にそう言って笑うエーデルに、リーナは嬉しそうに笑い頷く。

 そんなリーナを見て、エーデルは思う。


 やっぱり、自分はリーナのことが好きで好きでたまらないと。

 そして、改めて心に決める。一方通行だとしても、想いが届かないとしても、リーナの事を好きでいようと。
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