公爵家の養女

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第二章

シャペロン

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 三日後にエーデルの当主就任パーティーが控えている日、その日は朝からリーナにお客さんが来ていた。



 「お初にお目にかかります。リーナ様のシャペロンを務めさせて頂きます。ヨハンナ・ファルバーニでございます」



 見惚れてしまうほど、頭の先からつま先まで洗練された動きに、思わず息を呑んでしまう。

 つい、見惚れてしまいハッとするリーナは「お初にお目にかかります。ファルバーニ伯爵夫人。お会いできるのを楽しみにしておりました」と自己紹介をする。


 エーデルの当主就任パーティーを終えると、いよいよリーナのデビュタントが待っている。

 そこで、礼儀作法を学ぶために、エーデルがリーナのシャペロンとして用意したのが彼女、ファルバーニ伯爵家の夫人であるヨハンナだった。



 「ファルバーニ伯爵夫人のお噂は予々伺っております。まさか、ファルバーニ伯爵夫人のような方にご指導頂けるとは思っていませんでしたわ」



 ソファーに向かい合い、お茶をするリーナとヨハンナ。

 リーナの言葉にヨハンナは「ヴァンディリア前当主様との約束でしたので」と言うと「それに、エーデル様がわざわざ私の元まで足を運んで、頼まれたので」と眉を下げ笑みを浮かべる。


 ヨハンナにシャペロンを頼む家は数知れない。

 あの皇女様のシャペロンを務めたほど、彼女の礼儀作法は素晴らしく、彼女から指導を受けた令嬢たちはたった一週間ほどで見違えるほど変わるとか。


 そんな彼女に二度目のデビュタントも、シャペロンになって貰えるなんて、公爵様とエーデルに感謝しないと。

 一度目のデビュタントの時も、リーナのシャペロンとしてヨハンナから礼儀作法を学び、そのおかげでリーナのデビュタントは華々しく終えることができたのだ。


 一度目の時は、礼儀作法に厳しいと聞いて、緊張していたけど、二度目だし、ヨハンナの人柄も知っているため、今回はそこまで緊張はしないわね。

 そう思いながらお茶を飲むと、同じくお茶を飲むヨハンナが「このお茶……リーナ様が淹れられたのですよね? 凄く美味しいですわ」と驚いたように言う。


 リーナは趣味としてお茶を淹れることにハマってからは、親しい相手や、お客さんに振る舞うようになっていたので、ヨハンナにも振る舞ったのだが、どうやらヨハンナは気に入ったようでリーナは「お口にあったようで何よりです」と嬉しそうに笑う。

 そんなリーナを見たヨハンナは、ティーカップを皿に置くと「今度また、お茶の淹れ方を教わりたいですわ。自分で淹れると、あまり美味しくいきませんの」と頰に手を当てる。


 世の中では、ヨハンナは指導に厳しくおっかないなど、1ミリも表情筋を動かさないで喋るなど言われているが、本当は茶目っ気があり、お喋りが好きな人だとリーナは知っていた。

 そして、そんなヨハンナに久しぶりに会えて嬉しく思うのだ。


 まぁ、指導が厳しいって言うのは本当だけど……なんて思いながら、ヨハンナの言葉に頷くとヨハンナは思い出したかのように「いけませんわ。つい、ゆっくりと……早速始めましょうか」と礼儀作法の指導が始まる。


 本当なら、もう少し早くヨハンナの指導を受けるはずだったのだが、クラウスが亡くなりそれどころでは無くなってしまっていたため、デビュタントギリギリの日となってしまったのだ。



 「――控えめに言いますが、リーナ様の作法は完璧ですわ。私が指導するほどでもないくらい」



 しばらくヨハンナの指導を受けていたリーナは、怒られてしまうのかと思ったが、帰ってきたのは褒めの言葉だった。

 そして、リーナを不思議そうに見ると「おかしいですね。初対面のはずなのに、まるで私を見ているみたいな動き……」と首を傾げている。


 それはそうだ。一度目の時に、ヨハンナに嫌と言うほど、礼儀作法を叩き込まれているのだから。

 でも、ヨハンナから指導を受けてから何年も経っているから、忘れているかと思っていたけれど、体は覚えているものなのね。



 昔から、ヨハンナに褒められるのが好きだったリーナは、褒められて満更でも無さそうだ。

 ヨハンナは「デビュタントギリギリまで追い込むつもりでしたけど、この感じだと余裕そうですわね。後は細かな所を調整していけば、問題ないでしょう」と頷くと、笑みを浮かべる。



 「デビュタントの日が楽しみですわ」







 「あれ? リヒト?」



 ヨハンナの指導が終わり、談話室へ向かうと、談話室にはエーデルとエーデルと話すリヒトの姿があり、リーナは驚き声をかける。

 そんなリーナにリヒトは「久しぶりだね」と笑いかける。


 よくヴァンディリアにやって来ていたリヒトだが、エーデルが当主に就任してからは、ヴァンディリアに来る事はなくなっていた。

 恐らく、エーデルの邪魔をしない為もあるだろうが、本人も忙しくしているようだった。


 そんなこんなで、リーナはリヒトと会うのは一月ぶりくらいだったのだ。

 「本当に久しぶりね。元気にしていた?」とリヒトに聞くリーナに「元気だったよ。リーナは?」と聞き返すリヒト。


 「元気だったよ」と返すリーナにエーデルは「ファルバーニ伯爵夫人はもう帰られたのか?」と問いかける。



 「うん。ついさっき」



 二人のやり取りを聞いていたリヒトが「ファルバーニ伯爵夫人?」と首を傾げるので、今回、リーナのシャペロンとして礼儀作法を学んでいる事を説明する。

 すると、リヒトは「そう言えば、エズワルド侯爵令嬢のシャペロンを断ったって噂になっていたけど、リーナのシャペロンになっていたなんて……」と驚いたように言う。



 「うん。元々約束していたみたいで、それに、エーデルがわざわざ夫人の元へ頼みに行ってくれたみたいで」

 「エーデルが?」



 驚くリヒトにエーデルは「父上との約束だったんだ。何があっても、リーナのシャペロンはファルバーニ伯爵夫人にって」と説明する。

 そして凄く真剣な表情を浮かべると「それに、リーナのデビュタントだからな。どの令嬢よりも良いものにしないと」と言うのだ。


 そんなエーデルを見てリヒトが「リーナより張り切ってるね」と言うと、リーナは「そうなの」と眉を下げ笑みを浮かべる。



 「ドレスも本当は皇室御用達の所で仕立てて貰うつもりだったのに、エーヴィッヒの婚約者のドレスを仕立てるのに手一杯だって断られたんだ」

 「仕方ないよ。第一皇子殿下の婚約者だもの。でも、今仕立てて貰ってる所も悪く無いでしょ?」



 今回、エーデルは皇室御用達の仕立て屋でリーナのドレスを仕立てようとしたのだが、エーヴィッヒの婚約者、ブリューテのデビュタント用のドレスを仕立てるのに手一杯らしく、断られたのだ。

 それを聞いたリーナは、とある仕立て屋で仕立てて貰いましょう。と提案したのだが、その仕立て屋は無名も無名なこじんまりとした仕立て屋だった。


 初めはエーデルは「本当に大丈夫か……?」と疑ってはいたものの、先日完成途中のを見、その疑いは無くなったようだった。



 「確かに……中々な出来だった。」

 「そうでしょ?」



 そう話す二人を側で見ていたリヒトは、どこかエーデルとリーナの距離感が変わったように感じる。

 元々、リーナに対しては距離が近い方だったが、リーナの14回目の誕生日以降、わざと避けているようだった。


 だが今はまた前のように戻っており、いや、むしろ前より近くなったように見える。

 エーデルがリーナに対して距離を取っていたことに、リーナは気づいており、寂しそうな顔をしていたので、何があったかはわからないが、また前のように戻り嬉しい。


 それは本心だが、胸がチクリと痛み、複雑な思いが入り混じるのだった。



 「――あのシュタインが、毎日稽古に出てるとわね」



 リーナと買い物に行く約束をしていたシュタインが、リーナを迎えにき、談話室にはエーデルとリヒトの二人だけとなった。

 エーデルたちからシュタインが毎日剣の稽古に出ていると聞いたリヒトは、信じられないと言いたげに、だが嬉しそうにそう笑う。


 あんなにサボり魔だったシュタインは、エーデルが当主になった日から、一日も休まず剣の稽古を行っているのだ。



 「きっと、当主として頑張ってるエーデルに触発されたんだろうね。この調子だと、18歳になる頃には、シュタインも叙任式を受けられるんじゃ無い?」



 リヒトの言葉に「そうだと良いけど」と眉を下げるエーデル。

 まるで二人は子どもの成長を見届けているようだと笑う。



 「マティアス閣下から連絡は?」



 話は変わり、サマリンへと向かったエーデルの叔父、マティアスのことを聞くリヒトに、エーデルは「あったけれど、まだ調査が必要だって言っていたよ」と首を横に振る。



 「フォルモントと神聖国の関わりもまだ分かっていないようだし、俺も調べたけど、これと言った繋がりは見つけられない」

 「そうか……」

 「お前もずっと調べていたんだろ? どうだ?」



 リヒトも、マティアスたちからフォルモントの事を聞き、ここ一月ずっと調べていたのだが、何もわからず首を横に振る。



 「神聖国にある図書室に手掛かりがありそうだけど、神聖国に入るには許可がいるから、そう何度も行けない」

 「頻繁に出入りすれば、怪しまれそうだしな」



 そう頭を悩ますエーデルを見て「リーナの様子はどう?」と尋ねる。



 「見ての通り、俺たちが調べてることに気づいてないよ。あまり夜に外に出るなよとは言ってあるけど、まぁ、中々無いけどな」

 「まぁね。リーナのためにも少しでも、神聖国が何を企んでいるのか、分かればいいんだけど」



 リヒトの言葉に、エーデルは何やら考える素振りを見せると「そう言えば……」と口を開く。



 「父上が殺された日、父上は朝になりすぐにヴィルスキン辺境伯の元へと向かったんだ」

 「え……?」

 「特に前日も変わった様子はなく、晩だっていつも通りだった。まぁ、いつも通りに振る舞っていたのかもしれないけど」



 エーデルの言葉に、リヒトは顎に手を当て「つまり、朝一番に何かに気づき、ヴァンディリア前当主はヴィルスキン辺境伯の元に?」と呟く。



 「と言う事は、ヴァンディリア前当主の執務室か部屋に何か手掛かりがあるんじゃ……?」

 「俺もそう思って調べたんだけど、これと言って気になる事はなかったんだよな。まぁ、ヴィルスキン辺境伯の元に行く時に持って行ったのかもしれないけど」

 「だったら、荷物に混じってるはずじゃ……」



 そう言うリヒトに「もう一度調べたけど、特に怪しいものはなかったよ」とエーデルは言い、リヒトは「そうか」と頷く。


 あの日、クラウスが何に気づいたのかはわからない。

 けれど、屋敷を出ていくクラウスの様子が、どこかおかしかった事を、今でもエーデルは覚えていた。


 フォルモントについて謎が深まる中日は経ち、エーデルの当主就任パーティーの日となった。
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