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第二章
デビュタント
しおりを挟む会場内は煌びやかに飾り付けられ、そんな会場内に、色とりどりの美しいドレスを身に纏い、どこか今日は大人びて見える少女たちが、エスコートを受けながら入ってくる。
そこはデビュタントの会場。
今年16歳を迎える少女たちが、華々しく社交界デビューを祝う場所だ。
次々に今回デビュタントを迎える少女たちの名前が呼ばれては、来賓客と皇帝、皇后が座る前まで行き、それぞれ軽い挨拶をする。
「今年の令嬢らは、名家出身の者が多いからか、やはり動きも洗練されているな」
ワイン片手にそう話す皇帝陛下に、ヴィルスキン辺境伯が「……前年の事があるから、皆、シャペロン探しに力を入れていたようですよ」と答える。
前年、デビュタントを迎えた令嬢たちを見て、陛下は一言『今年はまるでお遊戯会だな』と発した事により、デビュタントの会場は一気にピリつき、史上最悪のデビュタントとなったのだ。
「令嬢たちが何ヶ月も前から心待ちにし、用意して来た華々しい日だと言うのに……あのような発言は今後は控えられた方がよろしいかと」
そうヴィルスキン辺境伯もワインを口にすると、皇帝は「事実を言ったまでだ。お前も覚えているだろう? 覚えただけの挨拶に、何度も足を踏み止まるダンス、終いには、ドレスの裾を踏んだと始まった喧嘩」と眉を顰め言う。
確かに、皇帝の言う通り、昨年のデビュタントはそれはそれは酷いもので、嘘でも褒めれたものではなかった。
二人の話を聞いていた、ベネディクト大司教が「まぁまぁ、ヴィルスキン辺境伯。あれは誰が見ても酷いものでした。陛下がわざとああ仰ったのではないと、他の者も理解していますよ。ですよね? ナハト」と笑みを浮かべ言う。
アサーナトスのデビュタントには、神聖国から大司教一人、司祭一人も参加する事になっており、昨年に続き、大司教のベネディクトと、司祭のナハトが今年も参加している。
大司教に話を振られた、大司教の隣に座るナハトは淡々と答える。
「批判されたとしても、あそこで誰かが言わなければ、彼女たちは一生、しっかりとした礼儀作法を身につけぬままです。別にそれでも構わないと言うのなら何も言いませんが、しっかりとした礼儀作法を知らないままというのは、彼女たち自身が一番困るはずです」
「嫌われ役を買って出た陛下の対応は、ごもっともです」
ナハトの言葉に、ヴィルスキン辺境伯は「……嫌われ役を買った、ですか」と眉を顰める。
「盛り上がられている所申し訳ありませんが、次は、我が息子の婚約者の入場ですので、お話しはその辺まででお願いいたしますわ」
突如、女性にしては低く、どこか艶がある声が皇帝たちの話を遮る。
その声は、皇后陛下のもので、皇帝は左隣に座る皇后を見て「それはすまない。しかと晴れ舞台を見届けないとな。エーヴィッヒに怒られてしまう」と笑う。
「エズワルド侯爵家より、パウル・エズワルド侯爵、ブリューテ・エズワルドご令嬢のご入場です――」
紹介の声とともに、扉が開き入ってくるのは、真っ赤なドレスに身を包んだブリューテと、その父であるエズワルド侯爵だ。
真っ赤なドレスに身を包み、赤紫色の髪は後ろに流され、何とも美しいブリューテの姿に、会場内にいる男性たちは目を惹きつけられる。
皇帝陛下らの前までやって来ると、ドレスの裾を掴みお辞儀をする。
しっかりと洗練された動きは、流石第一皇子殿下の婚約者と言えよう。
その動きに、皇帝も流石と頷く。
「パウル・エズワルドの娘、ブリューテ・エズワルドが、デビュタントを迎えた事を、お伝えいたします。」
ブリューテに、皇帝が「おめでとう、ブリューテよ。そなたのデビュタントを心から祝福しよう」と祝いの言葉を贈ると、ブリューテは「有難いお言葉を」とお礼を言う。
そんな皇帝に続け、大司教も「おめでとうございます、エズワルド侯爵令嬢」と祝い、ブリューテは「ありがとうございます、大司教様」と胸に手を当てお辞儀をする。
軽く挨拶を済ませると、今回、ブリューテのキャバリエを務めるエーヴィッヒが二人の元までやって来ると、エズワルド侯爵の手から、エーヴィッヒの手へと渡される。
嬉しそうにエーヴィッヒの元へと行くブリューテを見て、大量に涙を流すエズワルド侯爵。
そんなエズワルド侯爵を見て「泣きすぎでは?」とヴィルスキン辺境伯が言うも、皇帝は「娘を持つ父親にしかわかるまい。この寂しさは」と貰い泣きしている。
「はぁ……そう言うものですか」と呟くヴィルスキン辺境伯に、大司教はクスクスと笑みを浮かべる。
「グランべセル公爵家より、ヴィルヘルム・フォン・グランべセル公爵、エミリア・フォン・グランべセルご令嬢のご入場です――」
再び、紹介の声とともに会場へと入って来たのは、グランべセル公爵とエミリアだった。
鮮やかな緑のドレスの生地に、色とりどりの花の装飾が付けられた、エミリアの性格を表したようなそのドレスは、エミリアにとても似合っている。
肩までの明るい茶色の髪に付けられた髪飾りにも、花が付けられており、なんとも愛らしい。
「ヴィルヘルム・フォン・グランべセルの娘、エミリア・フォン・グランべセルが、デビュタントを迎えた事をお伝えいたします」
ブリューテらと同様、皇帝らに挨拶をするエミリアたちに、皇帝は「あんなに幼かったのに、もうデビュタントを迎えるとは。実に時の流れは早いな。デビュタントおめでとう、エミリアよ」と祝福の言葉を贈る。
そんな皇帝に続け、大司教も祝いの言葉を贈り、エミリアは「ありがとうございます」と礼を言うと、今回、エミリアのキャバリエを務めるリヒトがやって来る。
「流石はグランべセルのご令嬢。他の令嬢たちと動きが違いますね」
大司教の言葉に、皇帝は頷くと「やはり今年は、名家が揃っているだけあるな」と満足気に言う。
そんな皇帝に「次で最後ですね」と話すヴィルスキン辺境伯。
「ヴァンディリアだな。シャペロンにあのファルバーニ伯爵夫人を選んだと聞いたな。流石はヴァンディリアだ。抜かりがない」
そう嬉しそうに皇帝が話した時「ヴァンディリア公爵家より、エーデル・フォン・ヴァンディリア公爵、リーナ・フォン・ヴァンディリアご令嬢のご入場です――」と紹介される。
それを合図に扉が開き、エーデルにエスコートされるリーナが会場内へと入って来る。
その瞬間、静まり返る会場内。
先程まで話をしていた皇帝らの声も止む。
純白の薔薇を模したドレスに身を包むリーナの姿は、それはそれは美しく、驚きのあまり、言葉を発することも忘れてしまっているのだ。
だが、リーナは何かやらかしてしまったのではないかと静まり返る会場に不安になり、隣にいるエーデルを見る。
そんなリーナにエーデルは「大丈夫だ、リーナ。自信を持って堂々としてろ」と言い、リーナは、そう、だよね。と再び前を向き直し、エーデルとともに皇帝らの前まで行く。
そして、皇帝らの前まで行くと、エーデルは胸に手を当てお辞儀をし、リーナはドレスの裾を掴みお辞儀をする。
「エーデル・フォン・ヴァンディリアの妹、リーナ・フォン・ヴァンディリアがデビュタントを迎えた事をお伝えいたします」
エーデルのその言葉で、皇帝は、ハッとした表情を浮かべると「……驚いたよ。前に一度会った時より更に、美しくなったな」と驚いたように言う。
「それに、動きも一切の無駄がなく、見事だ。そなたのデビュタントを祝える事、嬉しく思う」
皇帝の言葉に、リーナはホッとしたように「有難いお言葉を」とお礼を言う。
そんな皇帝に続け、大司教が祝いの言葉をリーナに贈ると、ヴィルスキン辺境伯が珍しく「おめでとうございます、ヴァンディリア令嬢」と祝いの言葉を贈ったのだ。
皇帝は「珍しいな。まぁ、クラウスと仲が良かったからな」と話、その隣に座る皇后も「初めましてですね、ヴァンディリア令嬢。お会いできて光栄だわ」と声をかける。
「何と。皇后まで声をかけるとは……流石はヴァンディリアの子だ」
そう言って皇帝は笑うと「君も、何か言葉を贈ってやったらどうだ?」とナハトに、リーナに祝いの言葉を贈るよう言うのだ。
その言葉に、リーナは一瞬動きが止まり、ナハトも一瞬、嫌そうな表情を浮かべたように見えたのは、気のせいだろうかと思うリーナ。
ナハトはリーナを見、視線が合う。
やはり、彼の冷たい感情のない目は苦手だと思うリーナに、ナハトは「……デビュタント、おめでとうございます。ヴァンディリア令嬢」と祝いの言葉を贈る。
無表情で淡々と言うものだから、とても祝われている感じはしないが、リーナは「ありがとうございます、司祭様」と返す。
そして、リーナのキャバリエをエーデルが務めるため、そのままエーデルのエスコートの元、リーナとともにダンスホールへと歩いて行く。
そんな二人を見た皇帝は「……帝国一美しいと言われていたブリューテよりも、遥かに美しい少女が現れた。これは今後の社交界がどうなるか楽しみだな」と楽しそうに話すので、ヴィルスキン辺境伯は「あまりそう言った事を、話されないでください」と呆れたように注意する。
そうこう話をしているうちに、初めのワルツが始まる。
初めのワルツはキャバリエである男性と、デビュタントを迎えた女性が踊る。
リーナもエーデルと踊るため、エーデルの手に自身の手を乗せるリーナ。
そして体はエーデルに引き寄せられ、音楽が流れ始めると同時に踊り始める。
「……エーデル、先に謝っておくわ。もし、足を踏んでしまったらごめんなさい」
ワルツを踊る最中、そう真顔で言って来るリーナに、エーデルは「練習中は綺麗に踊れていたじゃないか。急に不安になったのか?」と返す。
リーナは首を振ると「入って来た時に、あまりにも静まり返っていて、緊張がピークに達してしまったみたいで、先から足の震えが止まらないの」と顔を青ざめさせ言う。
エーデルは「あー……」と言うと、何かを考える素振りを見せたかと思えば「いつも綺麗だけど、今日のリーナは本当に綺麗だからな」と言い出す。
その事に驚いたリーナは「え!?」と顔を上げる。
エーデルは笑みを浮かべ「今も周りを見てごらん。踊る姿がまるで花の精のように美しく、皆がリーナに目を奪われているよ」と言うので、リーナは「エーデル、酔ってる……?」と心配そうに言う。
普段のエーデルなら、そんな甘ったるい言葉を言ったりはしない。
困惑するリーナにエーデルは「そうだな。リーナの美しさに酔ってしまったのかも」と続け、リーナは開いた口が塞がらない。
「……何か変なものでも食べた?」
「何のことだ?」
そう笑みを浮かべると、エーデルは「もう、震えは治ったか?」と聞いてくる。
その言葉に、そういえば……と足の震えがおさまっている事に気がつく。
なるほど。エーデルは緊張をほぐしてくれたんだ。
だから先から、胃もたれしてしまいそうな、甘い言葉ばかり言っていたのかと、リーナは「エーデルのおかげで、緊張がなくなったよ」と笑う。
「それに、ワルツを一番初めに踊るのがエーデルで良かった。他の人だったら、何を言われても緊張しっぱなしだったと思う」
そう眉を下げ笑うリーナ。
その時、他の人にリーナの背中が軽くぶつかってしまい、エーデルは更にリーナを自分の方に寄せる。
流石に近すぎるんじゃ……と思い、リーナはエーデルに「これじゃあ、踊りづらいよ……」と言おうとした時、エーデルはリーナの耳元で「……さっき言ったことは全部本音だよ」と言う。
「え……」と驚くリーナから、顔を離しエーデルは柔らかく笑う。
「本当に綺麗だよ、リーナ。このままずっと、音楽が止まなければいいのに。そしたらずっと、こうして一緒に踊っていられるのに。他の男に、リーナと踊らせたくないな」
その言葉を聞いた瞬間、リーナの顔は一気に赤くなる。
「なっ……! 何を……!」と慌てるリーナに、エーデルは笑みを浮かべるだけで。
何を考えているの……! と先ほどおさまった緊張に再び襲われたリーナは、その後ずっと、エーデルと踊るのに緊張しながら踊ったのだった。
曲が止まると、それぞれ挨拶をする。
なんか疲れたな……と考えているリーナに、エーデルは「どう? 少しは俺と踊るの緊張した?」と聞く。
そんなエーデルに、少しは緊張した? って……まさか、わざと緊張するような事言ったの!?
リーナはエーデルを睨みつけると「ぜーんぜん!」と言う。そんなリーナにエーデルは「そうは見えなかったけど?」と笑みを浮かべる。
その時「リーナ!」と呼ぶ声が聞こえてき、そちらを見るとシュタインがリーナたちの元へとやって来ており、シュタインが「リーナ、次は俺と踊ろう!」と言う。
そんなシュタインの手を掴むと「早く行きましょう!」とリーナはシュタインを引っ張り歩いて行くので、そんなリーナにシュタインは「そんなに俺と踊りたかったの~?」と嬉しそうにする。
そんなリーナたちを見送ったエーデルは、ふっと可笑しそうに笑みを浮かべるのだった。
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