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第二章
仕立て屋アンナ
しおりを挟むいよいよ、デビュタントも三日後に迫った頃、ようやくリーナのデビュタント用のドレスが出来上がったと連絡が来、ヴァンディリアの屋敷には仕立て屋が来ていた。
「わぁ……! リーナ、超似合ってるよ!」
出来上がったドレスを微調整するため、試着をするリーナ。
純粋無垢な心を表すかのような純白な、何段にも重なったフリルは、まるで薔薇の花の形のようで、首から二の腕までの生地はレースになっており、金色の刺繍が施されたドレスは、まさしくリーナのために作られたドレスだと言えよう。
美しいドレスに身を纏ったリーナを見て、はしゃぐシュタインに、リーナは照れたように「ありがとう」と笑う。
「やっぱり、貴方に頼んで正解だったわ。アンナ」
リーナがドレスを着るのを満足そうに見つめる、まだ若く見える女性は「そう言って頂けて光栄です、公女様」と嬉しそうに笑う。
今回、彼女が営む仕立て屋で、ドレスを仕立ててもらったリーナ。
彼女の仕立て屋は、貴族らが仕立てに来る店でもなければ、賞を取った店でもない。
そんな仕立て屋に、どうしてあの名家のヴァンディリアのご令嬢が、デビュタントと言う一世一代のドレスを仕立てて欲しいと頼んできたのか。
服飾デザイナーのアンナは不思議に思っていた。
だが、名家のヴァンディリアのご令嬢の、しかもデビュタント用のドレスを作れる。
こんなチャンスは二度とないと、アンナは二つ返事で受け入れたのだ。
リーナはドレスを着替えると、微調整をアンナが行うのを見つめる。
彼女は無名も無名の仕立て屋の服飾デザイナー。
そんな彼女に今回デザイン、仕立てを全て一任した理由。
それは彼女は、後に誰もが知ることになる服飾デザイナーとなるから。
たけど、その事を彼女は知ることはない。
何故なら、彼女の名前が世に知られた頃には、彼女はこの世に存在しないから。
小さな町で、小さな仕立て屋で働くアンナ。
従業員は、アンナとアンナの母と父、祖母の五人という少人数で、代々、町の人たちの服を仕立てて来たその仕立て屋で、アンナはずっと、いつか、この仕立て屋を有名にすると夢に思っていた。
そして、それが叶うことができるくらい、彼女には才能があった。
だが、いくら持ち寄っても、賞に出しても小さな仕立て屋と言う理由で、相手にはされなかった。
そんなある日、有名な仕立て屋にアンナは、デザイン画を持って行き働かせてくれと頼み込んだ。
だが、やはり断られてしまい、諦めもう一度初めから作り直そうとしていた時だった。
例の仕立て屋のドレスが賞を取り、そのドレスがとても美しいと、貴族らの間でも話題になっているそうだと。
そう聞いたアンナは、勉強のためにと、仕立て屋のショーウィンドウに飾られていると聞き、そのドレスを見に行った。
『え……』
例のドレスを前にし、アンナは一気に頭が真っ白になる。
何故なら、その賞を取ったと言うドレスは、自身がデザインし、この店に持って行ったものだったからだ。
あの時、才能がないと笑ったはずなのに。
どうして、私のデザインがこの店で使われているの……?
アンナは仕立て屋の店主に、直ぐに自分がデザインしたのだと公表してと頼んだ。
だが、店主がそれを聞き入れるわけがなく、店主は『むしろ、お前のような貧乏デザイナーのデザインを使ってやったんだ。感謝して欲しいものだよ。お前が賞に出しても、見てもらう事すら叶わなかったのだからな』と言ってくる。
その瞬間、怒りを通り越して、激しい絶望感に襲われる。
店主の言う通り、何度もあのデザインは賞に出した。
だが、自分のような無名の人間のデザインは、そもそも見てもらう事すらできなかった。
これで良かったんだ。私がデザインしたとは知られていないけど、結果的に私がデザインしたドレスは賞を貰っている。
私には、才能があったんだ。
それから間もなく、アンナは享年21という若さで、自らこの世を去った。
そして、家族や町の人たちが声をあげ、その声に耳を傾けたのが、グランべセル公子であるリヒトだった。
調査をしていくうちに、彼女が残した素晴らしいデザイン画が多く出てき、一気に彼女は誰もが知る有名な服飾デザイナーとなったのだった。
その事をリーナも知っており、彼女がデザインする物はどれも美しく、リーナはデビュタントのドレスを頼むなら彼女しかいないと思っていた。
彼女がもう一度、あのような悲しい結末を選ばないためにも、彼女の才能を一気に世に知らせる必要がある。
だから今回、もし、皇室御用達の仕立て屋で仕立てて貰える事になっていたとしても、リーナはアンナにお願いしようと考えていた。
そしてやはり、彼女の腕は素晴らしく、彼女に全て一任したが、予想より遥かに良いものを作ってくれたのだ。
「ヴァンディリア公爵様のお衣装の方も、問題の方がありませんでしたので、今日一度持ち帰り、最終確認を行い、明日再びお持ちいたします」
エーデルは今日、どうしても外せない用があるため、昨夜、アンナのお店に出向き最終確認を行った。
アンナと向かい合って座るリーナとシュタイン。
リーナは「ありがとうございます。三日後のデビュタントが楽しみですわ。早く貴女が仕立てたドレスを世に知らせたいわ」と言い紅茶を飲む。
そんなリーナにアンナは「まだ夢のようです。こうして、ヴァンディリアご令嬢の、それもデビュタントのドレスを仕立てれるなんて」と頰に手を当て言う。
「どうして私なんかにお願いして頂けたんですか?」
アンナの問いかけに、リーナは「……町の人たちが着ている服がとても素敵で。皆んなそれぞれその人の体型や雰囲気に合っていて、それでいて実用性もデザイン性もある。何より、町の人たちがキラキラと輝いて見えたんです」と話をする。
「町の人たちに聞いたら、貴女の仕立て屋を紹介されて。デザインを見せてもらって、ここしかないと思ったんです」
本当は、アンナのデザインしたドレスに一度目の人生の時、一目惚れしたからだけど、町の人たちが来ている服が素敵で、きらきらとしていたのも本当だ。
リーナの話を聞いたシュタインが「逆に今までよく、知られてなかったよね。」と驚いたように言う。
「賞には出したりしなかったの?」
「何度か出してはみたんですけど、無名と言うだけで門前払いされてしまって……」
そう眉を顰め、笑みを浮かべるアンナ。
そんなアンナの手は強く握られている。
一度目の人生の時もそうだけど、かなり嫌な思いをして来たのだろう。
そんな彼女にシュタインは「才能を見つけるための賞だってのに、何を考えてんだか。そいつらに、手を拭くだけじゃなく、歯を食いしばる用のハンカチを用意しとけって伝えなきゃね。逃して魚はでかかったって、後悔し倒せば良いんだよ」と笑って言う。
シュタインの言葉に、アンナは一瞬、驚いた表情を浮かべるも、直ぐに笑顔になり「本当ですね。涙を拭く用もねと伝えなければ」と言う。
そんなアンナを見て、リーナもますますデビュタントの日が楽しみになったのだった。
そして日は経ち、いよいよデビュタントの日がやって来た。
「お嬢様! 起きられてください!」
朝早くから、エマの大きな声で起こされたリーナは、まだ開け切らない目を擦りながら「おはよう、エマ」と体を起こす。
そんなリーナにエマは「さぁ、お嬢様! 時間がありませんよ!」と急かす。
エマ、凄く張り切ってるなぁ……なんて呑気な事を考えながらベッドから降りると、直ぐに入浴へと連れて行かれる。
「これを湯に! あなたはお嬢様のお顔にこれを! 他の皆んなは髪を……」
テキパキと他のメイドに指示を出しては、人一倍動いているエマ。
エマやメイドたちのおかげで、全身艶々になったリーナが完成されると「お嬢様、こちらをお飲みください」とデトックスにいいとされるお茶を持って来る。
そのお茶を飲みながら、顔にメイクを施されていく。
相変わらず、デビュタントの準備は皆んな忙しそうだなと、一度目の時はその慌ただしさに、デビュタントが始まっていないのにも関わらず、疲れ切っていたっけ。
二度目のデビュタントだから、今回は比較的に落ち着かているかも。
そう考えているうちに、メイクは完成されていき、ドレスと髪型がセットされる。
「お嬢様……! 完っ璧ですわ……!」
エマ含めメイドたちは、完成されたリーナを見て目を輝かせ、やり切ったと言わんばかりに頷く。
アンナに仕立ててもらった、薔薇をイメージしたドレスに、髪は後ろで編み込み、一つにまとめられている。
何とも美しく仕上げられたリーナの姿は、正に花咲くような美しさだった。
リーナは鏡の前に立つと、その仕上がりに驚く。
一度目のデビュタントの時も、凄く綺麗に仕上げられていたけど、やっぱり今回はアンナに仕立てられたドレスともあって、私に合った仕上げになってる。
「今回のデビュタントは、お嬢様が一番で間違いないですわ……!」
「きっと、大勢の殿方がお嬢様に見惚れてしまいますわね~」
うっとりした表情でそう話すメイドたち。
そんなメイドたちを見て、リーナは「そういえば、ハンナは?」と問いかける。
「ハンナなら、お母様の体調がよろしくないそうで、一度家に帰られています。お嬢様の晴れ姿を見ることができず、落ち込んでおられました」
「そうなんだ……直ぐに良くなるといいけど」
そうリーナが言った時、コンコンッと扉をノックする音がし、エマが応えると「お嬢様、そろそろお時間でございます」と言う騎士団長ラインハルトの声がする。
「わぁ……! お嬢様、本当にお綺麗ですね!」
部屋まで迎えに来てくれたラインハルトと、副団長バルドゥール。
リーナを見てバルドゥールがそう、褒める横で、ラインハルトは何も言わずに黙ったままなので、バルドゥールは肘でラインハルトのことを突く。
そんなバルドゥールに「……突くなよ」とラインハルトが言うと、バルドゥールは「すまない。てっきり隣に人形が立っているのかと思って」と笑みを浮かべながら言う。
ラインハルトは「ゔっ……」と照れたようにすると、一つ咳払いをする。
「お、お嬢様。と、とても美しい、デス……」
終始カタコトで話すラインハルトに、バルドゥールは「申し訳ありません、お嬢様。我が騎士団長は女性を褒め慣れておらず……」とリーナに謝罪する。
そんなバルドゥールにラインハルトは「なっ……! お嬢様に何を言っているんだ」と慌てたように言う。
そんな二人に、リーナは眉を下げ「ありがとう、ラインハルト、バルドゥール」と笑みを浮かべお礼を言う。
「――どうした? シュタイン。先から落ち着かないな」
玄関で、リーナが来るのを待っていたエーデルとシュタインは、先ほどから落ち着かない様子のシュタインに、エーデルがそう声をかけると、シュタインは「リーナのデビュタントだから、すっごい緊張しちゃって……」と言う。
そんなシュタインに「何でお前が緊張するんだ」と呆れた表情を浮かべるエーデル。
「だって、一生に一度のデビュタントだよ? リーナにとっていいものにしたいじゃん!」
シュタインの言葉に、エーデルは一瞬、驚くも直ぐにふっと笑みを浮かべ「そうだな」と言う。
そんな話をしていた時「エーデル、シュタイン!」と呼ぶ声がする。
その声にシュタインは嬉しそうに「リーナ!」と言い、エーデルもリーナの方を見る。
ラインハルトらにエスコートされながら、階段を降りて来るリーナが目に入った瞬間、エーデルは目を見開き動きが止まる。
「わぁ……! 凄く綺麗だよ、リーナ! まるで妖精みたいだ!」
そう嬉しそうにリーナを褒めるシュタインに、リーナは照れたように「ありがとう、シュタイン」とお礼を言う。
そんなリーナをシュタインは「本当に綺麗だね!」と褒めると「なぁ、兄貴!」とエーデルに話を振る。
だが、エーデルから返事は返ってこず、シュタインは「兄貴……?」と不思議そうに呼ぶ。
その事にハッとしたエーデルは「……あぁ。本当、とても綺麗だ」とリーナに言う。
あまりにも真剣にエーデルが言うものだから、リーナは思わず照れてしまい「あ、ありがとう……」と声が小さくなってしまう。
そんなリーナにエーデルも照れ「あ、あぁ……」と妙な空気が流れる。
そんな二人にシュタインは「何二人で照れてんの?」と不思議そうな顔を浮かべる。
エーデルは一つ咳払いをすると「リーナ、これ」と何かを渡して来る。
受け取ったものを見ると、リーナはそれに見覚えがあり「これ……」と呟く。
エーデルがリーナに渡したのは、ダイヤモンド出て来たイヤリングで、それは、一度目のデビュタントを迎えた年に贈ってくれた物だった。
その懐かしい贈り物に、リーナは胸がいっぱいになる。
エーデルはリーナの耳に、ダイヤモンドのイヤリングを着ける。
「似合う?」とリーナがエーデルに聞くと、エーデルは「とっても」と頷く。
そんな二人のやり取りを見ていたシュタインが「ちぇ~。まーた兄貴がいいとこ持って行ってる」と口を尖らせている。
「うるさいぞ、シュタイン」
そう言うエーデルに、リーナは「ありがとう、エーデル」とお礼を言うと、エーデルは「デビュタントおめでとう」と優しく笑みを浮かべる。
それから、リーナたちはデビュタントが開かれる、皇宮へと向かうため、馬車に乗り込み、デビュタントの会場へとやって来たのだった。
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