ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~

ぱすた屋さん

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第1話:鉄の受付嬢と、微笑みの防波壁

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 朝の冒険者ギルドは、戦場、あるいは月曜朝のコールセンターに似ている。

「おい、俺の報酬が安すぎるんじゃねえか!?」
「さっさとこの依頼を受注させろ! ランクが足りないなんて知るか!」

 怒号、体臭、そして煮詰まった殺気。
 並の人間なら耳を塞ぎたくなるような喧騒の中で、私、アイラは一歩も動かず、淡々と、しかし完璧な速度で書類を捌いていた。

(……前世の、最大同時着信(ACD)が百件を超えていたあの頃に比べれば、この程度の騒音、BGMにもならないわね)

 私の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。
 営業成績トップを走り続けた後、なぜか「難攻不落のクレーム処理専門部署」へ回され、数多の暴言を「貴重なご意見」として処理し続けてきた女だ。

「次の方、どうぞ。」笑顔のままで、声のトーンは三音上げ。ドレミの『ソ』の音を意識して。

 口から出たのは、完璧な営業用スマイルボイス。
 目の前に現れたのは、これ見よがしに豪華な銀鎧を鳴らすAランク冒険者の男だった。

「よぉ、アイラちゃん。今日も一段と綺麗だね。どうだい、今夜あたり俺と――」
「本日はクエストの受注ですか? それとも完了報告ですか?(クローズド・クエスチョン)」

 ナンパの言葉を、一ミリの隙も与えず遮断する。これは「話術」ではなく「誘導」だ。

「あ、いや、受注を……。でもその前にさ――」
「承知いたしました。現在、お客様のランクで受注可能な高効率案件はこちらの三件です。どれになさいますか? A、B、あるいはCですか?(限定質問)」

 相手に「NO」を言わせず、かつ「自分で選んだ」と錯覚させる。
 結局、男は鼻の下を伸ばしながらも、私が差し出した最も面倒な「下水道の清掃依頼」を、なぜか満足げに受け取って去っていった。

(……ふぅ。これで一人、処理完了)

 カウンターの下で、私は重い溜息をつく。
 見栄えがいいせいか、こうして世間話を装って仕事を遅延させる輩が後を絶たない。
 正直、一歩も動きたくない。一秒でも早く定時を迎えたい。

 そんな私の目に、ふらりと窓口へ近づいてくる一人の男が映った。
 中堅冒険者のガイル。彼は窓口に縋り付くと、震える声で叫んだ。

「た、助けてくれ……! 相棒のテオが、森で……オーガに殺されたんだ! 弔慰金の申請を、今すぐ……!」

 男の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
 周囲の冒険者たちが、同情の声を漏らす。「あのオーガか」「気の毒にな」……。

 だが、私の目には、全く違う景色が見えていた。
 私には生まれつきの地味な能力【残響の波紋(エコー・パルス)】がある。
 発せられた言葉が「真実」なら澄んだ青色に、「嘘」ならどす黒い濁った色に見えるのだ。

 そして今、ガイルの口から出た「殺された」という言葉。
 それは、これまで見たことがないほど、どろりとした「欲の黄色」に濁りきっていた。

(……ああ、最悪。午前中から、一番厄介な案件(クレーム)が来ちゃったわね)

 私は、前世のクレーム処理部署で身につけた、あの「冷徹な事務官」の顔を仮面の下に隠し、営業スマイルを深く、深く塗り直した。

「左様でございますか。……それは、大変遺憾なことでございます。ガイル様」

 声のトーンをわずかに落とし、相手の悲しみに共鳴(ラポール)を形成する。
 だが、私の指先は既にカウンターの下で、新人職員のルークを呼び出すベルを鳴らしていた。

 さて、ここからは窓口の「プロ」の時間だ。
 嘘つきな冒険者さん。
 あなたが自分で掘った墓穴に、私の言葉だけで、一歩も動かずに埋めてあげるわ。
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