ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~

ぱすた屋さん

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第2話:沈黙は金、残響は証拠

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「……以上が、俺が見たすべてだ。テオは、俺を逃がすために一人でオーガに立ち向かって……!」

 ガイルは拳を握りしめ、窓口のカウンターを叩いた。
 周囲の冒険者たちは、彼の「勇気ある相棒の死」に涙し、中にはガイルの肩を叩いて慰める者までいる。

 しかし、私の視界では、彼の言葉が発せられるたびに、どす黒い濁った「欲の黄色」が、霧のように窓口に充満していた。

(……この色の濃さ。単なる嘘じゃないわね。明確な殺意と、金への執着)

 私は手元の台帳を開き、羽ペンを走らせる。
 一歩も動くつもりはない。だが、私の「戦い」は既に始まっている。

「ご確認させていただきます。現場は南の森の『嘆きの谷』付近。時刻は昨晩の二の刻。オーガは一体。ガイル様はテオ様が背後から襲われるのを見て、そのまま撤退された……。お間違いありませんか?」

 私は前世の基本技術『バックトラッキング(オウム返し)』を使い、彼の証言を一つずつ確認していく。

「ああ、間違いない……。あの恐ろしい咆哮が、今も耳に焼き付いてる……」

 ガイルの声に、また「黄色」が混じる。
 嘘をつく人間は、詳細を確認されると「自分の嘘を補強しよう」として、聞いてもいない余計な設定を付け加える。

「左様でございますか。……(沈黙)」

 ここで、私はあえてペンを止め、顔を上げてガイルの目をじっと見つめた。
 そして、何も言わずに五秒。十秒。
 
 これがコールセンターのプロが使う『戦略的沈黙』だ。
 人間は、沈黙に耐えられない。特に嘘をついている人間は、この静寂を「自分の嘘が疑われている」と深読みし、沈黙を埋めるためにさらに喋り出す。

「……な、なんだよ。早く手続きしろよ!」
「…………(さらに三秒の沈黙)」
「……あ、そういえば! オーガは、テオの『右腕』を真っ先に食らいやがったんだ! あの無残な光景、思い出すだけで……!」

(……はい、釣れた)

 私は心の中でほくそ笑む。
 ガイルは自分から「頼んでもいない詳細な情報」を差し出した。

「右腕、でございますね。……ルーク、ちょっと来て(おいで)」

 カウンターの下で待機させていた新人職員のルークを、手招きで呼び寄せる。
 彼は私の美貌(と、時折見せる冷徹な仕事ぶり)に怯えながら、小走りでやってきた。

「は、はい! アイラさん、何でしょうか!」
「ルーク、悪いけど、地下の保管庫から『過去三年のオーガ被害における死体損壊パターン』の資料を持ってきて。それと……」

 私はルークに耳打ちする。
「昨日、ガイルさんが泊まった宿屋のゴミ箱を、ギルドの清掃権限で調べてきて。不自然に捨てられた『重い金属』がないか確認してね。……走って。三分で戻ってきて(クイック・レスポンスよ)」

「えっ、ゴミ箱!? あ、はい! 行ってきます!」

 ルークが風のようにギルドを飛び出していく。
 それを見送りながら、私は再びガイルに極上の営業スマイルを向けた。

「少々、照合作業にお時間をいただきます。何しろ、弔慰金はギルドの共有財産から支払われるものですから。コンプライアンス(法令遵守)には厳しくなくてはなりません」

「な……コンプラ……? 何だそれは! 俺を疑ってるのか!」

 ガイルの声が荒くなる。
 いい傾向だ。怒りは焦りの裏返し。
 前世で何千回と聞いてきた「理不尽なクレーマー」の第一声と同じだ。

「滅相もございません。ただ、先ほどガイル様が仰った『右腕から食べた』という証言が、少々気になりまして」

 私は窓口から一歩も動かず、手元の別台帳を指先でなぞる。

「ギルドの記録によれば、テオ様は『左利き』。武器も盾も、通常とは逆の構えをされる方でした。……オーガという魔物は、獲物が抵抗する『利き腕』を真っ先に狙う習性があります。もしガイル様のご記憶通りなら、オーガはわざわざテオ様の利き腕を避けて、反対側から食べたことになりますが……」

 ガイルの顔から、さぁっと血の気が引いていく。
 私の目には、彼の周囲の「欲の黄色」が、今や「恐怖の青」へと変わり始めていた。

「そ、それは……俺の記憶違いかもしれない! 混乱してたんだ!」
「ええ、そうかもしれません。……あ、お帰りなさい、ルーク」

 息を切らしたルークが、小さな革袋を手に戻ってきた。

「ア、アイラさん! ありました! 宿の裏のゴミ箱に、これ……!」

 ルークがカウンターの上に置いたのは、血の付いた一振りのナイフ。
 それを見た瞬間、ガイルの呼吸が止まった。

「……さて、ガイル様。手続きを続ける前に、少しお話(ヒアリング)をよろしいでしょうか?」

 私は声のトーンを二音、下げた。
 営業スマイルは消え、そこにあるのは、数々の悪質なクレーマーを絶望させてきた「鉄の査定員」の顔だった。
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