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第11話:分析(ログ解析)と、屈辱の記録
しおりを挟む16時30分。
ルークが街へ飛び出してから15分。私は窓口の「待ち時間」を利用して、一通の手紙をじっくりと見つめていました。
文字の最後、ハネの部分でわずかにペン先が止まった跡。この特有の「指癖」が、私の脳内にある膨大な顧客データベース(記憶)の一点と、カチリと音を立てて合致しました。
(……やはり、あなたですね。バース元上級監査官)
視界の端で、窓の外、向かいのカフェに座る影が動くのが見えます。
彼はこちらを見て、嘲笑っているのでしょう。ですが、その傲慢な色(オーラ)を見るたびに、私の意識は一年前の「あの日」へと引き戻されます。
---
【回想:一年前の監査会議】
それは、私がギルドに配属されてまだ一ヶ月も経たない頃のこと。
ギルド本部のエリート監査官だったバース氏は、全職員を集めた会議室で、自慢げに「次年度の予算予測報告書」を発表していました。
「……以上の計算(ロジック)に基づき、来季の運営費は15%の削減が可能である。これは完璧な予測だ」
百ページに及ぶ分厚い書類。誰もがその緻密さに圧倒され、拍手を送ろうとしたその時。
末席で、早く終わって帰りたい一心で資料を捲っていた私は、無意識に手を挙げていました。
「……あの、恐れ入ります。バース監査官」
「なんだね、新人の受付嬢。私の完璧な理論に、何か質問でも?」
「質問ではなく、修正依頼(リクエスト)です。32ページの収益計算式、参照している変数が前々期のものになっています。その一点のズレで、後半の全数字がゴミ同然の誤数値になっていますよ」
静まり返る会議室。バース氏の顔が、見る間に土色に変わりました。
「バカな! 私がミスをするはずが……」と震える手でページを捲り、彼は絶句しました。
たった一人の「窓口の小娘」に、数ヶ月の努力を、一瞬で『事務的ミス』として処理された屈辱。
それがきっかけで彼は失脚し、表舞台から消えた……。
---
【現在:ギルド窓口】
「……。あの時の逆恨みが、一年越しの嫌がらせ(チケット)になるとは」
私は溜息をつき、一枚の大きな掲示板用の紙を広げました。
相手は「自分が最も正しい」と信じたい完璧主義者です。ならば、そのプライドを餌にして、自ら「窓口」までおびき出すのが最も効率的です。
私は羽ペンを取り、あえて「デタラメな新規定」を書き殴りました。
> 【緊急告知:ギルド運営基準の全面改定について】
> 本日より、予算の計上方法は「バース式」を廃止し、より簡略化した「アイラ式(適当な計算)」を採用します。今後の監査において、過去の理論は一切の価値を持ちません。
「……よし。これでいいでしょう」
私はそれを掲示板の最も目立つ場所に貼り出しました。
向かいのカフェで、バース氏が身を乗り出し、双眼鏡で掲示板を確認しているのが見えます。
【残響の波紋】を通さずとも、彼の顔が怒りで真っ赤に染まっていくのが分かりました。
「アイラさん! 戻りましたっ……!」
そこへ、全身汗だくのルークが駆け込んできました。
手には一瓶のインク。そして、ボロボロになった記録帳の写しを持っています。
「はぁ、はぁ……! 街の文具店『万年筆の家』で……見つけました! この青みのある特注インク。今も買っているのは……ギルドを解雇された、バースという男だけです!」
「……よくやりました、ルーク。これで『状況証拠』が『確定証拠(エビデンス)』に変わりましたね」
「それと、アイラさん。カフェの二階、さっきから変な男が……」
「ええ、知っています。もうすぐ、こちらへ『返信(クレーム)』が届くはずですよ」
16時45分。
ギルドの重い扉が、乱暴に跳ね上がりました。
怒りに我を忘れた「かつての知性」が、自分から罠の中へと飛び込んできたのです。
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