第3次 中二病大戦 〜無能力の俺が物理法則(マジレス)で世界最強の設定(妄想)を解体する〜

ぱすた屋さん

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第1話 バグか仕様か? 最弱国家の「観測者」

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 視界が激しく反転する感覚の直後、肺に流れ込んできたのはひどく乾燥した空気だった。
 むせ返るような土煙の匂い。見渡す限りに広がる荒野。
 そして、上空には無数の羽音が響いている。世界中へこの狂気の中継を届けるための、数千の配信用ドローンカメラだ。

「……っ! な、なんで私が前線に転送されてるんですか!?」

 耳をつんざくような悲鳴を上げたのは、隣で尻餅をついているスーツ姿の女性だ。
 彼女はサイチグント共和国の後方支援部隊に所属するオペレーターであり、本来なら安全な基地のモニター前にいるはずの人間だった。

「大会運営AIのバグ!? ねえ、ちょっと! どうなってるのよ!」

 パニックを起こしてドローンに向かって叫ぶ彼女を横目に、俺——神宮寺慧は、ゆっくりと右手で自分の顔を覆った。
 そして、極めて低く、よく響く声で呟く。

「フッ……運命の悪戯、というやつだな。忌まわしき血の記憶が、再び俺を戦場へと呼んでいる……」

「は? ちょっと、真顔で何言ってるんですか!? 武器もないのにどうするんですか!」

 オペレーターの女性が涙目で食ってかかる。
 俺は「やれやれ」と首を振り、憂いを帯びた瞳で遠くを見つめた。

(キタキタキタァァァ! 何これ最高! ドローン配信付きの異世界サバイバルとか、俺の黒歴史ノートそのまんまじゃん!)

 俺の内心は、これ以上ないほどに歓喜で打ち震えていた。
 ここは妄想が具現化する異世界。各国の代表が己の「設定」をぶつけ合う、第3次中二病大戦の舞台だ。

 最弱と名高い我がサイチグント共和国から、なぜか一般人の俺が代表に選ばれた理由は謎だ。
 だが、そんなことはどうでもいい。俺の考えた最強のシチュエーションが、今まさに現実となっているのだから。

「来るぞ。……深淵の底より、這い寄る者が」

「えっ……?」

 俺が低く警告した瞬間、周囲の空気が一変した。
 痛いほどの冷気が荒野を駆け抜け、乾いた地面がみるみるうちに白く凍りついていく。

「クックック……見つけたぞ、サイチグントのネズミ共」

 土煙を割って現れたのは、黒いロングコートを羽織った男だった。
 その右腕には、禍々しく揺らめく「黒い炎」が巻き付いている。
 おそらく、トウキョウ帝国の代表選手だろう。

「俺はトウキョウ帝国代表、漆黒の狂王! さあ、俺の右腕に封印されし『絶対零度の黒炎』の錆にしてくれる!」

 男が高らかに叫ぶと、右腕の黒い炎がさらに勢いを増した。
 途端に、周囲の気温が劇的に低下する。
 ただの冷気ではない。呼吸をするだけで肺が凍りつきそうになる、文字通りの致死レベルの寒波だ。

「ひっ……! 寒い、体が、動かない……!」

 オペレーターの女性がその場にうずくまり、ガタガタと震えだした。
 スーツの表面にはすでに霜が降りている。このままでは数分で凍死するだろう。

 俺自身も例外ではない。
 まつ毛は凍り、指先の感覚はすでに失われている。ガチの命の危機だ。
 相手の痛い設定は、大会AIによって100パーセントの威力で具現化されている。

「ハハハハ! この絶対零度の黒炎を纏う俺に、死角はない! 凍りつき、そして燃え尽きろ!」

 男が狂ったように笑いながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
 俺は震える足に無理やり力を込め、ふらつきながらも立ち上がった。

「な、何をしてるんですか……! 逃げ、ないと……!」

「フッ……逃げる必要などない。あのような三流の妄想、俺の『観測』の前には無力だ」

 俺は足元に転がっていた、ソフトボール大のただの石ころを拾い上げた。
 そして、身を切るような絶対零度の領域へと、あえて一歩を踏み出す。

(さむっ! やばい死ぬ死ぬ! でもここで引いたら負けだ! 俺の最強キャラ設定が崩れる!)

「ほう、自ら死にに来るとはな。その石ころで、俺の絶対零度装甲をどうにかできるとでも思ったか?」

「……お前は、致命的な勘違いをしている」

 俺は凍りつく顔面を必死で引きつらせ、不敵な笑みを作った。
 男がピタリと足を止める。

「絶対零度。マイナス273.15度において、あらゆる物質の分子運動は停止する。お前はそれを『無敵の装甲』だと思い込んでいるようだが……」

 俺は石を握った右腕を振り上げた。
 凍傷で皮膚がひび割れ、血が滲む。それでも構わず、俺は男の胸ぐらへと肉薄した。

「極低温下において、金属や物質は硬度を増す代わりに、極端に脆くなる。いわゆる『低温脆性』というやつだ」

「な、に……?」

 男の顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
 だが、遅い。

「つまり、今のお前の体は……ただのガラス細工より脆いってことだ!」

 俺は渾身の力を込め、握りしめた石ころを男の黒炎の装甲に叩きつけた。
 ガキィィィンッ!! という硬質な音が荒野に響き渡る。

 その直後だった。
 男を覆っていた黒炎が、まるでテレビのノイズのようにチカチカと点滅を始めた。

「ガ、アアアアッ!? な、なんだこれは!? 俺の黒炎が……!」

 大会運営AIが、システムエラーを起こしたのだ。
『絶対零度』という物理法則と、『無敵の装甲』という中二病設定。
 俺が石で殴ったことによる物理的衝撃が、その矛盾をシステムに強制的に処理させた。

 結果として、AIは物理法則を優先した。
 パリンッ!! という派手な破砕音と共に、男の黒炎がガラスのように砕け散る。
 設定を破壊された反動と、直接頭部に受けた物理ダメージにより、トウキョウ代表の男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

「……事象の解体、完了」

 俺は砕けた石を投げ捨て、血の滲む右手で顔を覆いながら、ドローンのカメラに向かってキメ顔を作った。

「奴の設定が、論理の深淵に耐えきれず自壊しただけだ」

 静まり返る荒野。
 全世界の視聴者が、今の理不尽極まりない決着に言葉を失っていることだろう。

「いや、ただ石で殴っただけじゃないですか!!」

 背後から、凍え死にそうになっていたオペレーターの悲痛なツッコミが響き渡った。

「しかも手、めちゃくちゃ血出てるし震えてますよ!? 早く治療しないと破傷風になりますってば!」

「……騒ぐな。これは血ではない。俺の内に眠る、紅蓮の……痛っ、ちょ、マジで痛い! 早く絆創膏貼って!」

 俺たちのそのみっともないやり取りは、無情にも全世界へと生配信されていた。
 そして、この異常な『バグ』のような勝利を、モニター越しに興味深そうに見つめる影が複数あることに、俺はまだ気づいていなかった。
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