3 / 4
第3話 神速の矛盾と、命がけの「証明」
しおりを挟む視界の端で光が瞬いたかと思うと、次の瞬間には俺の肩から血しぶきが上がっていた。
「がはっ……!」
「神宮寺さん! もうやめて、避けてください!」
如月さんの悲痛な叫びがドローン越しに響くが、無茶を言うなと心の中で突っ込む。
避けることなど不可能だ。オオサカ・キョウト連合の男が誇る『神速』は、比喩でも何でもなく音速を超えている。
俺にできるのは、致命傷になる軌道だけを予測し、体を捻って急所からズラすことだけ。
おかげで俺の体は、すでに数十カ所もの切り傷に覆われ、ボロボロだった。
(痛い痛い痛い! 死ぬってこれ! でも音速移動の雷キャラとか、俺も中二の時にノートに描いてたやつ! 生で見れるとか最高すぎるだろ!)
俺は血反吐を吐きながらも、無理やり口角を吊り上げた。
この絶体絶命のピンチで不敵に笑う。これぞ強キャラの嗜みである。
「ハァッ……ハァッ……どうした、口先野郎。もう喋る気力もねえか!」
男が少し離れた位置で立ち止まり、息を荒げた。
やはり音速で動き続けるのは、システム的にも肉体的にも相当な負荷がかかるらしい。男の全身を覆う放電が、先ほどよりも不規則に乱れている。
「フッ……如月」
俺は痛みを堪え、低く落ち着いた声で背後のオペレーターに呼びかけた。
「現在地から一番近い、狭くて強固な岩壁の谷間を探せ。袋小路ならなお良い」
「えっ……? た、谷間ですか?」
如月さんは一瞬戸惑ったが、すぐに有能なオペレーターとしての顔を取り戻し、手元の端末を猛烈な勢いで叩き始めた。
「ありました! 右斜め後方、約百メートルの地点に、V字型に切り立った深い岩の裂け目があります!」
「上出来だ」
俺はふらつく足で立ち上がり、如月さんが指示した方向へ駆け出した。
もちろん、ただ走って逃げ切れる相手ではない。
「逃がすかよォッ!!」
背後から迫る落雷のような轟音。
俺は背中に強烈な斬撃を受け、文字通り地面を転がりながら、目的の岩の裂け目へと転がり込んだ。
「ガハッ……ゴホッ……!」
そこは両側を高く分厚い岩壁に挟まれた、幅わずか数メートルほどの狭い谷間だった。
前方には巨大な岩肌がそびえ立ち、完全な行き止まり。
「ハハハ! 追い詰められて自ら袋小路に逃げ込むとは、いよいよ頭が焼き切れたか!」
谷の入り口に、雷光を纏った男がゆっくりと姿を現した。
男の顔には、勝利の確信と残酷な笑みが浮かんでいる。
「次で終わりにしてやる。俺の最高速、音速のさらに向こう側を見せてやるよ!」
男が深く沈み込み、全身の雷光が限界まで圧縮されていく。
周囲の空気がビリビリと鳴動し、ドローンのカメラすらもノイズで揺れていた。
「神宮寺さん! 駄目です、そんな狭い場所じゃ逃げ場が……!」
如月さんの悲鳴を背に受けながら、俺は腰に下げていた支給品の水筒を取り出した。
そして、フタを開け、残っていた水を自分の足元の地面にバシャバシャと撒き散らす。
「フッ……逃げる必要など、最初からない」
俺は水筒を投げ捨て、真正面から男を見据えた。
男の準備は整ったようだ。その姿が、まばゆい光の塊へと変貌する。
「消し飛べェッ!! 『雷光神速・絶天衝』ォォッ!!」
男が痛々しい技名を叫んだ瞬間、世界から音が消えた。
いや、男の速度が音を置き去りにしたのだ。
光の矢となった男が、俺の喉元へと迫る。
その軌道が俺の足元の水たまりの上を通過した、まさにその瞬間だった。
「音速を超えて移動する物体が、大気中でどうなるか知っているか?」
俺の静かなつぶやきは、男には聞こえていないだろう。
「猛烈な空気の圧縮……いわゆる『空力加熱』によって、お前の体と周囲の空気は、今数百度の高熱を帯びている」
超音速で突き進む超高温の物体。
それが、俺が撒き散らした大量の水に突っ込んだらどうなるか。
答えは、急激な気化と体積の膨張。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
谷間に響き渡ったのは、雷鳴ではなく、凄まじい規模の『水蒸気爆発』の爆音だった。
一瞬にして膨張した高温の水蒸気が、超音速で突っ込んできた男の体を容赦なく吹き飛ばす。
「ガ、アアアアアアッ!?」
男の絶叫が爆音に掻き消される。
さらに、男自身が音速を超えることで発生させていた衝撃波(ソニックブーム)が、この狭い岩壁の谷間で逃げ場を失っていた。
乱反射する衝撃波が男の体に何度も叩きつけられ、雷光の設定と物理法則の矛盾を抱え込んだAIが、ついに致命的な処理落ちを起こした。
男の姿を覆っていた雷がショートしたように弾け飛び、男はそのまま岩壁に激突して白目を剥いた。
爆発の余波で猛烈な熱風と土煙が舞い上がり、ドローンの視界すらも完全に真っ白に染め上げる。
「神宮寺さん!? 神宮寺さぁぁんっ!!」
土煙の向こうから、如月さんの悲痛な叫びが響き渡った。
自ら引き起こした大爆発。その中心にいた男が、果たして無事で済んだのか。
全世界の視聴者が、固唾を飲んで画面を見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる