宙(そら)と逢う。

星野そら

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8 ジム長の話

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 トントン、と部屋をノックする音に、ずんずんと落ち込んでいく思考が中断させられる。
 ほう、とマリオンは安堵のため息を吐いた。
 ちらりと時計を確認すると、すでに真夜中を過ぎてしまっている。

「入れ! 今、何時だと思っている!」

 てっきりレイモンドだと思ったのに、ドアを開けたのはハワードジム長だった。

「あっ…」
「遅くに済まないな。話があるんだが」

 思わずマリオンは立ち上がった。
「俺の方こそ。今日は…、レイモンドが暴れてご迷惑をおかけしました。こちらから伺うべきでした」

 ハワードに詫びを入れる。
 ナイフを使って乱闘をやらかしたのである。ジムを仕切るハワードにはたいへんな迷惑をかけたのだ。
 養成所にいた時から世話になった相手であった。
 マリオンは昔から、実直なハワードが好きだった。怒らせると恐いが、真面目にトレーニングに励む生徒や戦闘員には細かい心配りをしてくれた。
 厳しいメニューでしごかれたが、随分、励まされもした。

 ソファに腰を落ち着けたハワードが
「いや、それはもう済んだことだ」と。
「それなら……?」
「飲んでいるのか。わしも一杯もらえるかな」
「はい」

 マリオンはサイドボードからグラスを取り出した。
「水割りにしますか?」
「いや、ロックでもらおうか」
 角氷を入れた上から琥珀色の液体を注ぐと、ハワードに手渡した。
「ありがとう」

 ひとくち口に含んだ後、ハワードはグラスを手で弄んでいる。
 伺うように見ていると

「今日もやけ酒か?」と。
「い、いえ…」

 マリオンは頬を染めた。
 酒を過ごしているという自覚はある。弱い心を言い当てられたようで恥ずかしい。
 動揺を隠しきれないマリオンに、ハワードは思わぬことを言い出した。

「レイモンドは、どうしておまえが好きなんだろうな」
「えっ?」
「教育係失格のゼクスター隊長を、あの子はなぜ慕っているのだろう、と訊いているんだよ」

 聞き返すと、ズバリと厳しい指摘をされた。
 教育係失格…、マリオンが真っ赤になったのはアルコールのせいだけではない。

「おまえは自分の役目を果たしていない。そりゃあ、キャプテンになれなくて、その代わりに子どもの教育係を任せられたんだ。おもしろくないのはわかる。
 しかしな、マリオン。だからといって自分の任務を放棄していいはずはない。子どもに八つ当たりしていいはずはない。
 わしの知っているマリオン・ゼクスターは、どんなトレーニングでも、どんな仕事でも一生懸命取り組む男だった。頑張っているように見せなくても、いつも自分のもてる力をすべて注ぎ込んでいたよ。だから、誰よりも完璧に任務を遂行できた。若手の中では随一の実力だとわしは思っていた。
 それをなんだ…、わしの見るところ、教育係に関しては失格だな。だいいち、レイモンドを見ていない。自分の不遇をなげいてばかりいる。艦隊から離されて子どもの教育係を押しつけられたんだ。取り残された、後れを取ったという気持ちはあるだろう。
 だが、それと任務は別だ。あの子の教育係を頼むと総督自ら頼まれたそうじゃないか、おまえを見込んでの任命だろうに」

 こんこんと諭された。

「はい……」
「そんなおまえに比べて、レイモンドは立派だった」
「は?」
「おまえは何もかまってやってないだろう? それなのに、毎日、きちんとトレーニングをしていた。わしがあの子用にかなり厳しいメニューをつくったが、ちゃんとこなしていたぞ。指導してくれるものも見張るものもいないのに、怠けもしなかった」
「レイモンドは、部屋を抜け出して好き勝手に遊び回って、もめ事ばかり起こしていたのではないのですか…」
「おまえは何を見ていたんだっ! 子どもだから善悪の区別がつかないこともある。間違いもしでかす。もめ事も起こすだろう。だがな、もめ事の半分は自分の身を守るため。もう半分はおまえのせいだ」
「えっ!」
「他の場所ではしらないが…。ジムではな、あの子は突っ張っていたわけでも、誰かと喧嘩をしたかったわけでもないぞ。大勢の男たちの中に小さい子どもが放り出されてしまった、その大変さをわかってやれ。
 あれだけきれいな子だ。ちょっかいをかけるヤツがいてもおかしくないと思わないか? あの子は、いつもできる限り我慢をしていた。それでも我慢しきれないこともあるんだろう。わしも気にしてはいたが…、トレーニング中くらいは、おまえが庇護してやるべきだったんだ」

 ハワードはチラリとマリオンを見てから爆弾を落とした。

「なあ、マリオン。今日の騒ぎの原因を知っているか? レイモンドはおまえの悪口を言う戦闘員が許せなかったんだ。やり方は間違っているが、かわいいじゃないか」

 マリオンは絶句した。

「おまえほどの男が、どうして気づかない。レイモンドはおまえが見ている時は本当に一生懸命トレーニングをしていたぞ。少しでも自分に目を向けてもらおうと必死だった。なぜだか知らんがな、あの子はおまえのことが気に入っているんだ」

 気に入られる価値などないのにと言われているようだった。
 うなだれる男を見てハワードが言葉を続ける。

「なあ、マリオン。教育係でいる間など、ほんのしばらくのことだよ。コスモ・サンダーが伸びていくには、必ず若い力が必要になる。おまえのような男のな。上のものだってわかっているはずだ。おまえほどの男はそうはいない。もっと自信を持ったらどうだ…」
「俺は…、俺がレイモンドに庇われていたなんて。情けない…」

 マリオンは心から悔いていた。
 いつ見たのかレイモンドの哀しそうな瞳がまぶたの裏に浮かんでは消える。

「……俺が、間違っていました」

 ひと呼吸おいてからマリオンが続ける。

「レイモンドにはコスモ・サンダーでやっていくつもりも、養成所に入るつもりもないことがわかっていた。いやになったらすぐに出ていく…、だから、鍛えることはもちろん、コスモ・サンダーでの礼儀や処世術など教える必要はないと思っていたんです。
 でも、俺が間違っていました。俺は教育係だ、あの子が自分の道を選ぶ手助けをしてやるべきだったんだ。……今からでも遅くはない。総督に掛け合います」

 総督に意見をしようというのである。マリオンにとってはものすごい決心だった。
 ハワードはほお? という顔をした。

「レイモンドはいい素質を持っていると思う…、トレーニングも嫌々やっていたわけじゃないぞ」
「そうかもしれません。でも、あいつは縛り付けられるのを好まない。むりやりプレスクールや養成所に入れても反抗するだけです。
 あいつは、自分がやりたいことしか、やらない。自分の生き方は自分で決める。服従させるには、意志が強すぎる。プライドが高すぎる。
 レイモンドは独立心旺盛な、自由を求める人間です。ものすごく頑固ですしね」

 ハワードは意外そうな目でマリオンを見てから、ふっと笑った。

「案外、わかっているんだな」
「ええ」
 俺に似ているからとマリオンは心の中で付け加える。

「そうか。それならもう、わしは何も言うまいよ。……マリオン、レイモンドはグラウンドで膝を抱えている。わしの部屋で休むようにと誘ったんだが、これからのことを考えると言って動かない。あの子がどんな結論を出すにしろ、落ち着くまでの面倒はおまえが見てやるといい」
「はい、……迎えにいってきます」

 立ち上がったマリオンをハワードは期待を込めて見つめた。
 キビキビした動きに、自信が戻っているのが感じられる。迷いがふっきれたようである。
 マリオンが本気で指導したならレイモンドはどんな若者になるだろうとふと考えていた。

「見てみたいと思うのは、わしの我がままだろうか」
 ハワードの独り言を聞くものは誰もいなかった…。


 グラウンドに入っていくと、ハワードが言ったようにレイモンドが膝を抱えてうずくまっていた。
 その小さな姿に心が痛む。

「レイモンド」

 静かに呼びかけた。
 反射的にあげられた顔を見ると、涙の痕がついている。

「反省しているのか。それとも、叱られたのが悔しくて泣いていたのか?」

 レイモンドは袖で目元をぬぐうと、キッとマリオンを睨み付けた。

「誰が! おまえには関係ないだろう。放っておいてくれ」
「ほう、ナイフを抜いて暴れ回った末に、教育係に向かってその放言か。いい度胸だな。
 それより。いま、何時だと思っている! 俺に担がれるのが嫌なら、いますぐ自分の足で歩いて戻れ! 話は部屋に戻ってからだ。それとも、お仕置きが恐いのか?」

 からかうような口調にレイモンドは弾かれたように立ち上がる。
 憤慨した様子で歩き出した背に、マリオンがささやく。

「済まなかったな、消え失せろなどと言って」
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