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10 決心
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しばらくの沈黙の後でレイモンドが訊いた。
「マリオンは何をするんだ?」
「俺? 俺は、……そうだな、総督が戻られるまでの2~3日、宇宙でも飛んでくるとするか。こんなに長いこと地面に縛り付けられていたのは久しぶりだ。
それに、おまえの教育係を降りると総督に伝えたら、どこに飛ばされるかわかったもんじゃない。しばらく宇宙船を操縦できなくなるかもしれないし、な」
「それなら! それなら俺も一緒に連れて行ってくれ。一度、宇宙を飛んでみたい」
「はっ? おまえも宇宙を飛んだことくらいあるだろう。本部惑星にくるときにも宇宙船に乗ったぞ」
「そうだけど、客席に座っているだけだった」
「あれは客船のようなものか。ふっ、……なら、宇宙船らしい宇宙船に乗せてやるよ。俺の操縦は戦闘向けだから、荒いぞ。気分が悪くなったと言っても、知らないからな」
ちょいと脅しをかけたのだが、レイモンドはうれしそうな顔を崩さなかった。
次の日。
マリオンはレイモンドを乗せて、小型宇宙船を離陸させた。
副操縦席に収まったレイモンドは、目の前にある複雑なマシーンに目を瞠る。
それを鮮やかに扱うマリオンの指先を食い入るように見つめていた。
「小さな宇宙船だから、揺れるぞ。シートベルトをしっかり締めておけよ」
言うが早いか、上昇のために急激に加速を始める、たちまち身体に加わる強烈なG。
いつもはもっとスムーズに離陸するのだが、スロットルを全開にした急発進は、マリオンのうっぷんをはらすかのような荒っぽい操縦であった。
しかし、レイモンドはまったく平気であった。恐いとも思わなかった。
特に、宙域に飛び出してからは…艦橋の窓いっぱいに煌めく星々に目を奪われる。
白、青、赤、そして黄色…。
漆黒の闇に浮かぶ星々が、それぞれに違う色を帯び輝いていた。
あっという間に、レイモンドは宇宙の神秘に魅せられてしまった。
飽きることもなく宇宙を見つめているのに、マリオンが声をかける。
「どうしたんだ、固まって」
レイモンドははっとしたように、操縦席を振り仰いだ。
「きれいだ。こんなにきれいなものは見たことがない。暗闇の中に、星がいくつも瞬いている。俺が知ってる暗闇には輝くものなんてひとつもなかったのに。
……ほんとにきれいだ。なあ、宇宙はどこまで続いているんだろう。マリオンは、宇宙の果てへいったことがあるか?」
熱に浮かされたように言う。
マリオンは闇に浮かぶ星々より、頬を紅潮させたレイモンドの方が輝いているようだと不埒なことを考えている自分に気がついてびっくりする。
「いや、俺の知っている宇宙なんてたかがしれたもんだ」
そう言ってからむりやりレイモンドから目を引き離す。
「宇宙は、こんなに静かな宙域ばかりじゃないぞ。歪みもあるし、嵐が吹き荒れることもある。惑星が固まっている小惑星帯と呼ばれる宙域もある。ちょっと油断したら命取りになるような、危険がいっぱい潜んでいるんだ」
諫めたつもりだったのに。
「小惑星帯か、行ってみたいな。たくさんの惑星が集まっていたら、ものすごくきれいだろうな」
危ないだけなんだが…。
ふと、怖がらせてやろうと悪戯心が起きて、マリオンは小惑星帯へと進路を変えた。
しばらくして、白い帯のように惑星が固まっている宙域が見えてきた。
「あれが、小惑星帯だ。遠くから見ている分にはきれいだが…、入ってみるか?」
「うん」
「よし。荒っぽい操縦になるから、気をつけろ。恐くて泣き出しても責任はもたんぞ」
ひとこと注意するとマリオンは小惑星帯に飛び込んだ。
それは、かなり密度の高い小惑星帯であった。目の前に次から次へと惑星や浮遊物が飛び込んでくる。
そのただ中を、マリオンはスピードを落としもせず、すいすいと抜けていく。
まるで障害物を避けるゲームのように。
いつ惑星がぶつかってくるかと、最初は手を握りしめて強ばっていたレイモンドだったが、軽やかなマリオンの操縦にそんなことはないのだと心が判断する。
いつか潜り込んだ映画館のスクリーンを見つめているように、目の前に広がる宇宙を眺めていた。
そのうちに、自分が宇宙船とひとつになっているような気がしてきた。
大きな自由を手に入れたような。
とてつもない力が自分にあるような。どこまでも行けるような…。
どれほどの時間が過ぎただろうか、ようやく惑星がまばらになってきた頃。
「どうだ。恐かっただろう?」
マリオンが副操縦席に声をかけた。
初めて小惑星帯に連れてこられた時、惑星が降りかかってきてマリオンはガチガチに固まり、手足がすくんで動けなかったのを思い出したのだ。
ところが、振り返ったレイモンドは目をキラキラさせていた。
夢見るようにエメラルド・グリーンの瞳を潤ませている。
その顔には、いつもの冷笑ではなく、心からの微笑みが浮かんでいた。
マリオンは初めて、レイモンドの素顔を見たような気がした。
「楽しかった。俺も感じるままに宇宙を飛べるだろうか」
星々を懐に抱いている大宇宙。
マリオンが操縦しているのは、その星々の間を巡る小さな宇宙船にすぎない。
その、なんとちっぽけで、取るに足りない存在であることか…。
それでも、この時のレイモンドには自由の象徴のように思えたのだ。
好き勝手に宇宙を飛び回りたい。
何ものにも縛られずに。誰にも命じられずに。
ただ、心のおもむくままに宇宙船を駆って、宇宙の果てまでも。
「ねえ、マリオン。俺にも宇宙船を操縦できる?」
「それは、できないこともないだろうが…」
白い歯をみせてにっこり笑ったレイモンドは、宇宙の闇に浮かぶとりどりの星に目をやりながら、固く決心していた。
「マリオンは何をするんだ?」
「俺? 俺は、……そうだな、総督が戻られるまでの2~3日、宇宙でも飛んでくるとするか。こんなに長いこと地面に縛り付けられていたのは久しぶりだ。
それに、おまえの教育係を降りると総督に伝えたら、どこに飛ばされるかわかったもんじゃない。しばらく宇宙船を操縦できなくなるかもしれないし、な」
「それなら! それなら俺も一緒に連れて行ってくれ。一度、宇宙を飛んでみたい」
「はっ? おまえも宇宙を飛んだことくらいあるだろう。本部惑星にくるときにも宇宙船に乗ったぞ」
「そうだけど、客席に座っているだけだった」
「あれは客船のようなものか。ふっ、……なら、宇宙船らしい宇宙船に乗せてやるよ。俺の操縦は戦闘向けだから、荒いぞ。気分が悪くなったと言っても、知らないからな」
ちょいと脅しをかけたのだが、レイモンドはうれしそうな顔を崩さなかった。
次の日。
マリオンはレイモンドを乗せて、小型宇宙船を離陸させた。
副操縦席に収まったレイモンドは、目の前にある複雑なマシーンに目を瞠る。
それを鮮やかに扱うマリオンの指先を食い入るように見つめていた。
「小さな宇宙船だから、揺れるぞ。シートベルトをしっかり締めておけよ」
言うが早いか、上昇のために急激に加速を始める、たちまち身体に加わる強烈なG。
いつもはもっとスムーズに離陸するのだが、スロットルを全開にした急発進は、マリオンのうっぷんをはらすかのような荒っぽい操縦であった。
しかし、レイモンドはまったく平気であった。恐いとも思わなかった。
特に、宙域に飛び出してからは…艦橋の窓いっぱいに煌めく星々に目を奪われる。
白、青、赤、そして黄色…。
漆黒の闇に浮かぶ星々が、それぞれに違う色を帯び輝いていた。
あっという間に、レイモンドは宇宙の神秘に魅せられてしまった。
飽きることもなく宇宙を見つめているのに、マリオンが声をかける。
「どうしたんだ、固まって」
レイモンドははっとしたように、操縦席を振り仰いだ。
「きれいだ。こんなにきれいなものは見たことがない。暗闇の中に、星がいくつも瞬いている。俺が知ってる暗闇には輝くものなんてひとつもなかったのに。
……ほんとにきれいだ。なあ、宇宙はどこまで続いているんだろう。マリオンは、宇宙の果てへいったことがあるか?」
熱に浮かされたように言う。
マリオンは闇に浮かぶ星々より、頬を紅潮させたレイモンドの方が輝いているようだと不埒なことを考えている自分に気がついてびっくりする。
「いや、俺の知っている宇宙なんてたかがしれたもんだ」
そう言ってからむりやりレイモンドから目を引き離す。
「宇宙は、こんなに静かな宙域ばかりじゃないぞ。歪みもあるし、嵐が吹き荒れることもある。惑星が固まっている小惑星帯と呼ばれる宙域もある。ちょっと油断したら命取りになるような、危険がいっぱい潜んでいるんだ」
諫めたつもりだったのに。
「小惑星帯か、行ってみたいな。たくさんの惑星が集まっていたら、ものすごくきれいだろうな」
危ないだけなんだが…。
ふと、怖がらせてやろうと悪戯心が起きて、マリオンは小惑星帯へと進路を変えた。
しばらくして、白い帯のように惑星が固まっている宙域が見えてきた。
「あれが、小惑星帯だ。遠くから見ている分にはきれいだが…、入ってみるか?」
「うん」
「よし。荒っぽい操縦になるから、気をつけろ。恐くて泣き出しても責任はもたんぞ」
ひとこと注意するとマリオンは小惑星帯に飛び込んだ。
それは、かなり密度の高い小惑星帯であった。目の前に次から次へと惑星や浮遊物が飛び込んでくる。
そのただ中を、マリオンはスピードを落としもせず、すいすいと抜けていく。
まるで障害物を避けるゲームのように。
いつ惑星がぶつかってくるかと、最初は手を握りしめて強ばっていたレイモンドだったが、軽やかなマリオンの操縦にそんなことはないのだと心が判断する。
いつか潜り込んだ映画館のスクリーンを見つめているように、目の前に広がる宇宙を眺めていた。
そのうちに、自分が宇宙船とひとつになっているような気がしてきた。
大きな自由を手に入れたような。
とてつもない力が自分にあるような。どこまでも行けるような…。
どれほどの時間が過ぎただろうか、ようやく惑星がまばらになってきた頃。
「どうだ。恐かっただろう?」
マリオンが副操縦席に声をかけた。
初めて小惑星帯に連れてこられた時、惑星が降りかかってきてマリオンはガチガチに固まり、手足がすくんで動けなかったのを思い出したのだ。
ところが、振り返ったレイモンドは目をキラキラさせていた。
夢見るようにエメラルド・グリーンの瞳を潤ませている。
その顔には、いつもの冷笑ではなく、心からの微笑みが浮かんでいた。
マリオンは初めて、レイモンドの素顔を見たような気がした。
「楽しかった。俺も感じるままに宇宙を飛べるだろうか」
星々を懐に抱いている大宇宙。
マリオンが操縦しているのは、その星々の間を巡る小さな宇宙船にすぎない。
その、なんとちっぽけで、取るに足りない存在であることか…。
それでも、この時のレイモンドには自由の象徴のように思えたのだ。
好き勝手に宇宙を飛び回りたい。
何ものにも縛られずに。誰にも命じられずに。
ただ、心のおもむくままに宇宙船を駆って、宇宙の果てまでも。
「ねえ、マリオン。俺にも宇宙船を操縦できる?」
「それは、できないこともないだろうが…」
白い歯をみせてにっこり笑ったレイモンドは、宇宙の闇に浮かぶとりどりの星に目をやりながら、固く決心していた。
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