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7 グレアムの来訪
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「よおっ! しばらくだな」
キャプテン・スコットがマリオンを訪ねてきたのは、もうすぐ春という季節の変わり目であった。
「おっ、珍しい。本部に用事か?」
「いや、休暇だ。おまえがどうしているかと思って寄ってみたんだ」
「そうか、よく来てくれた。まあ、掛けてくれ」
笑顔でソファをすすめるマリオンは昔と同じように堂々としていて、しかも元気そうだった。
グレアムはほっとする。
荒れていると聞かされた時はつらかったのだ。マリオンなら自分以上のキャプテンになれると知っていたから。
「コーヒーでいいか?」
「ああ、悪いな」
マリオンがお気に入りのマンダリン・ブレンドを丁寧に淹れる。挽きたてのコーヒーの香りが部屋中に漂った。
グレアムは養成所の寮で同室だった頃を懐かしく思い出す。
「いい香りだ。おまえにコーヒーを淹れてもらうのは久しぶりだな」
うれしそうに目を細めるグレアムに、マリオンは笑顔で言う。
「キャプテン・スコットに悦んでもらえるなら、なによりだ。噂は聞いてるよ、活躍しているようで俺もうれしい」
「活躍? そうでもないさ。3勝1敗ってとこだ」
おまえなら全勝だろうぜとグレアムは心の中で付け足す。
「西域は荒れてるようだな。無理するなよ、グレッグ」
「ああ。おまえ、…思ったより元気そうだな。もっとシケた面してるんじゃないかと心配して損したぜ」
飾りのない言葉に、マリオンも率直に応えを返す。
ごまかしても仕方がない。きっとグレアムは、荒れていた頃の噂を聞いたはずだ。
「最初はおまえの活躍を聞くたびにシケた面してたぞ。今は気にならなくなったが。俺が艦隊に戻るまでにせいぜい活躍して、露払いしておいてくれ」
「おっ、相変わらずの自信。嫌なヤツだ」
グレアムは嫌そうに顔をしかめながらも本音をのぞかせる。
「しかし、よかった。自信をなくして落ち込んでたらどうしようかと思ってた。おまえが艦隊に戻ってこないと、俺は競う相手がいないからな」
「はっ! そっちこそ、すごい自信だな」
「おうよ! ここんとこ、実績を挙げてるからな」
おまえに勝っていると誇れるのはそれだけだ。
「言ってろ。すぐに艦隊に復帰して追い抜いてやるから」
「おう。楽しみに待ってるぜ!」
お互いの胸の内を確認し合った二人はにやりと笑いあった。
「ところで。養成所の教官なんて物足りないだろう?」
「いや、養成所の教官は副業で、本業はレイモンドの教育係だ。なかなか、忙しいぞ。
ああ…、レイモンドっていうのが、俺が面倒を見ている子どもだ。次の選抜で養成所に入れるように、コスモ・サンダーでやっていけるように鍛えているんだ」
「戦闘員を鍛えるとかじゃなくて、養成所に入れるために子どもの面倒を見ているってのが信じられん」
「俺も命じられた時には信じられなかった」
ひと呼吸おいて、マリオンが言葉を続ける。
「グレッグ。おまえにわかってもらえるか自信がないが、俺はこれほど真面目に任務に取り組んだことはない。戦闘で部隊を指揮する時も、宇宙船を操縦する時も余裕があった。だが、今はレイモンドを育て、鍛えることで精一杯だ。俺のすべての力を注いでいるのに、まだ足りないような気がする」
真剣な声音に、グレアムがマリオンをまじまじと見つめた。
その目には自嘲の色もからかいの色もない。
「…、おまえに本気でそんな台詞を吐かせるなんて、よくよくだな。どんなヤツなんだ」
もしかして、艦隊司令官かなんかの息子か? いや、本部に住んでいる幹部の息子かも…、そんな疑問が頭に浮かぶ。
「もう、帰ってくる」
「帰ってくる?」
「ああ、午前中は養成所の教官に特別に勉強を見てもらっているが、そろそろ終わる時間だ」
「って、おまえ。一緒に暮らしているのか?」
「保護者兼教育係なんだ。日常生活の仕方から、礼儀作法、学習、訓練とすべて任されている。躾なければならないことが多くて…」
俺も忍耐強くなったぞ、とマリオンはこともなげに言う。
「それは、キャプテンやってるより大変かもな」
「ああ、気を抜いている間がない」
「ご愁傷様。早く艦隊に戻ってこいよ」
「もちろん! 俺も艦隊に戻れる日を指折り数えているさ」
マリオンがそんな台詞を吐いた時、カチャリと扉が開いてレイモンドが入ってきた。
扉のすぐ側に立ち止まると、きちんと挨拶をする。
「ただいま戻りました」
扉越しに聞こえてしまったマリオンの言葉に傷つきながらも、レイモンドはポーカーフェイスを崩さない。
「お帰りなさい。レイモンド、こちらへ」
マリオンはレイモンドを招き寄せると、グレアムを紹介した。
「こちらは、第5艦隊のキャプテンの一人で、グレアム・スコット。わたしの親友です。グレアム、この子がレイモンドだ」
レイモンドはすぐに姿勢を正して、まっすぐにグレアムに視線をあわせた。
レイモンドはあの初めての出会いの日、マリオンと一緒にいたのがこの男だったとすぐに思い当たった。
が、グレアムは気づかない。マリオンが気づかなかったように。だから、
「初めまして、キャプテン・スコット」
と挨拶する。媚びることもなく、萎縮することもなく。愛らしい声で。
グレアムはほうと声を出し、レイモンドを上から下まで眺めまわした。
「おまえがレイモンドか。マリオンが鍛えているというからどんなヤツかと思ったら…。ふ~む」
小さくて幼く見えるレイモンドを物足りなく感じたのだろう、言いかけた言葉をいったんは呑み込んだグレアムだが、口を開くと遠慮のない言葉を吐き捨てた。
「マリオンがおまえの教育係だと。もったいない。こいつは、俺が認める数少ない男で、コスモ・サンダーになくてはならない男なんだ。それをっ! おまえみたいなヤツが独り占めできるような男じゃない」
レイモンドはくちびるを噛みしめた。
面と向かって言われたのは初めてだったが、マリオンがただの教官や戦闘員でないことくらいわかっていた。
ただの男ではないことくらいわかっていた。ずっと昔から。
「おいっ! グレッグ」
マリオンが強い声音と厳しい視線でグレアムを黙らせた。それから。
「レイモンド、グレアムの言うことを気にすることはありません。おまえを養成所に入れるように、コスモ・サンダーでやっていけるようにすることがわたしの任務です。仕事を途中で投げ出すつもりはないし、おまえが真剣に取り組んでいるなら、わたしは文句などありません。わかりましたね」
やさしいとさえ思える口調であった。それでも黙り込んでいるレイモンドに
「返事は?」と促す。
「はい、わかりました」
「それなら、いい。自分の部屋に戻りなさい。ああ、わたしは、今日は午後から養成所の操縦クラスがありますので。トレーニングメニューは机の上においてあります」
「はい。……キャプテン・スコット、どうぞごゆっくり」
一礼してレイモンドは自分の部屋に足を向けた。
部屋に入ると、レイモンドはベッドに突っ伏した。
堪えようとしたが、涙がこぼれるのを止められない。
グレアムに言われるまでもなく、マリオンの邪魔をしていることはわかっていた。任務でなければ自分になど目をとめてくれないだろうことも。
どれほど慕っても、マリオンは俺にやさしさの一片もくれはしない。
ただ、養成所に入るまで面倒を見てくれているだけ。
そう思うと、レイモンドはたまらなく悲しかった。
キャプテン・スコットがマリオンを訪ねてきたのは、もうすぐ春という季節の変わり目であった。
「おっ、珍しい。本部に用事か?」
「いや、休暇だ。おまえがどうしているかと思って寄ってみたんだ」
「そうか、よく来てくれた。まあ、掛けてくれ」
笑顔でソファをすすめるマリオンは昔と同じように堂々としていて、しかも元気そうだった。
グレアムはほっとする。
荒れていると聞かされた時はつらかったのだ。マリオンなら自分以上のキャプテンになれると知っていたから。
「コーヒーでいいか?」
「ああ、悪いな」
マリオンがお気に入りのマンダリン・ブレンドを丁寧に淹れる。挽きたてのコーヒーの香りが部屋中に漂った。
グレアムは養成所の寮で同室だった頃を懐かしく思い出す。
「いい香りだ。おまえにコーヒーを淹れてもらうのは久しぶりだな」
うれしそうに目を細めるグレアムに、マリオンは笑顔で言う。
「キャプテン・スコットに悦んでもらえるなら、なによりだ。噂は聞いてるよ、活躍しているようで俺もうれしい」
「活躍? そうでもないさ。3勝1敗ってとこだ」
おまえなら全勝だろうぜとグレアムは心の中で付け足す。
「西域は荒れてるようだな。無理するなよ、グレッグ」
「ああ。おまえ、…思ったより元気そうだな。もっとシケた面してるんじゃないかと心配して損したぜ」
飾りのない言葉に、マリオンも率直に応えを返す。
ごまかしても仕方がない。きっとグレアムは、荒れていた頃の噂を聞いたはずだ。
「最初はおまえの活躍を聞くたびにシケた面してたぞ。今は気にならなくなったが。俺が艦隊に戻るまでにせいぜい活躍して、露払いしておいてくれ」
「おっ、相変わらずの自信。嫌なヤツだ」
グレアムは嫌そうに顔をしかめながらも本音をのぞかせる。
「しかし、よかった。自信をなくして落ち込んでたらどうしようかと思ってた。おまえが艦隊に戻ってこないと、俺は競う相手がいないからな」
「はっ! そっちこそ、すごい自信だな」
「おうよ! ここんとこ、実績を挙げてるからな」
おまえに勝っていると誇れるのはそれだけだ。
「言ってろ。すぐに艦隊に復帰して追い抜いてやるから」
「おう。楽しみに待ってるぜ!」
お互いの胸の内を確認し合った二人はにやりと笑いあった。
「ところで。養成所の教官なんて物足りないだろう?」
「いや、養成所の教官は副業で、本業はレイモンドの教育係だ。なかなか、忙しいぞ。
ああ…、レイモンドっていうのが、俺が面倒を見ている子どもだ。次の選抜で養成所に入れるように、コスモ・サンダーでやっていけるように鍛えているんだ」
「戦闘員を鍛えるとかじゃなくて、養成所に入れるために子どもの面倒を見ているってのが信じられん」
「俺も命じられた時には信じられなかった」
ひと呼吸おいて、マリオンが言葉を続ける。
「グレッグ。おまえにわかってもらえるか自信がないが、俺はこれほど真面目に任務に取り組んだことはない。戦闘で部隊を指揮する時も、宇宙船を操縦する時も余裕があった。だが、今はレイモンドを育て、鍛えることで精一杯だ。俺のすべての力を注いでいるのに、まだ足りないような気がする」
真剣な声音に、グレアムがマリオンをまじまじと見つめた。
その目には自嘲の色もからかいの色もない。
「…、おまえに本気でそんな台詞を吐かせるなんて、よくよくだな。どんなヤツなんだ」
もしかして、艦隊司令官かなんかの息子か? いや、本部に住んでいる幹部の息子かも…、そんな疑問が頭に浮かぶ。
「もう、帰ってくる」
「帰ってくる?」
「ああ、午前中は養成所の教官に特別に勉強を見てもらっているが、そろそろ終わる時間だ」
「って、おまえ。一緒に暮らしているのか?」
「保護者兼教育係なんだ。日常生活の仕方から、礼儀作法、学習、訓練とすべて任されている。躾なければならないことが多くて…」
俺も忍耐強くなったぞ、とマリオンはこともなげに言う。
「それは、キャプテンやってるより大変かもな」
「ああ、気を抜いている間がない」
「ご愁傷様。早く艦隊に戻ってこいよ」
「もちろん! 俺も艦隊に戻れる日を指折り数えているさ」
マリオンがそんな台詞を吐いた時、カチャリと扉が開いてレイモンドが入ってきた。
扉のすぐ側に立ち止まると、きちんと挨拶をする。
「ただいま戻りました」
扉越しに聞こえてしまったマリオンの言葉に傷つきながらも、レイモンドはポーカーフェイスを崩さない。
「お帰りなさい。レイモンド、こちらへ」
マリオンはレイモンドを招き寄せると、グレアムを紹介した。
「こちらは、第5艦隊のキャプテンの一人で、グレアム・スコット。わたしの親友です。グレアム、この子がレイモンドだ」
レイモンドはすぐに姿勢を正して、まっすぐにグレアムに視線をあわせた。
レイモンドはあの初めての出会いの日、マリオンと一緒にいたのがこの男だったとすぐに思い当たった。
が、グレアムは気づかない。マリオンが気づかなかったように。だから、
「初めまして、キャプテン・スコット」
と挨拶する。媚びることもなく、萎縮することもなく。愛らしい声で。
グレアムはほうと声を出し、レイモンドを上から下まで眺めまわした。
「おまえがレイモンドか。マリオンが鍛えているというからどんなヤツかと思ったら…。ふ~む」
小さくて幼く見えるレイモンドを物足りなく感じたのだろう、言いかけた言葉をいったんは呑み込んだグレアムだが、口を開くと遠慮のない言葉を吐き捨てた。
「マリオンがおまえの教育係だと。もったいない。こいつは、俺が認める数少ない男で、コスモ・サンダーになくてはならない男なんだ。それをっ! おまえみたいなヤツが独り占めできるような男じゃない」
レイモンドはくちびるを噛みしめた。
面と向かって言われたのは初めてだったが、マリオンがただの教官や戦闘員でないことくらいわかっていた。
ただの男ではないことくらいわかっていた。ずっと昔から。
「おいっ! グレッグ」
マリオンが強い声音と厳しい視線でグレアムを黙らせた。それから。
「レイモンド、グレアムの言うことを気にすることはありません。おまえを養成所に入れるように、コスモ・サンダーでやっていけるようにすることがわたしの任務です。仕事を途中で投げ出すつもりはないし、おまえが真剣に取り組んでいるなら、わたしは文句などありません。わかりましたね」
やさしいとさえ思える口調であった。それでも黙り込んでいるレイモンドに
「返事は?」と促す。
「はい、わかりました」
「それなら、いい。自分の部屋に戻りなさい。ああ、わたしは、今日は午後から養成所の操縦クラスがありますので。トレーニングメニューは机の上においてあります」
「はい。……キャプテン・スコット、どうぞごゆっくり」
一礼してレイモンドは自分の部屋に足を向けた。
部屋に入ると、レイモンドはベッドに突っ伏した。
堪えようとしたが、涙がこぼれるのを止められない。
グレアムに言われるまでもなく、マリオンの邪魔をしていることはわかっていた。任務でなければ自分になど目をとめてくれないだろうことも。
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