宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

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6 共同生活

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 ルーインの部屋へ転がり込んで、10日が過ぎた。
 相変わらず、教官はリュウに驚くほどの訓練を課していた。通常の講義や訓練のほかに、朝早くから真夜中まで…、リュウには休む暇もなかった。
 それでも。
 毎日の睡眠時間が3~4時間であるにも関わらず、少し余裕が出てきたように感じられた。慣れというのは恐ろしいものである。
 ルーインとの共同生活にもすんなり溶け込んで、違和感を感じることもなくなっていた。

 二度目の日曜日である。
 さすがの教官も日曜日だけはリュウを解放してくれたのだ。
 この前は自宅に戻って、寮で生活するのに必要な下着や衣類、最低限のモノを運び込んだだけで終わってしまった。
 レイはまだ帰っていなかった。
 クリスタル号の修理に2週間くらいかかると聞いていたから期待していなかったが…。
 レイはあの危険なキケロに一人でいる。大丈夫なのだろうか。しかし、俺がいても足手まといになりこそすれ、役に立てることはないと断言された。情けないことに、それは真実である。
 レイのいない家は火が消えたように感じられた。
 毎日あんなところにひとりでいるくらいなら、狭い部屋でルーインに気を遣っている方がまだまし。

 レイに書き置きを残してきたのだ。しばらくトレーニングのために、寮で寝起きすること。ベルンに戻ってきたら、士官訓練センターに連絡してほしいこと。
 まだ連絡がないから、レイはキケロにいるのだろうとリュウ思っていた。
 二度目の日曜日は、一週間の疲れを取るために昼過ぎまで爆睡した。半日以上もだ。
 目が覚めたら、ルーインがベッドにもたれて、本を広げているのが目に付いた。

「起きたのか?」
「いま、何時だ?」
「2時過ぎだ。腹が減ってるだろう、なにか作ろう」

 優雅に立ち上がったルーインが、冷蔵庫をのぞいているのを見てリュウは不思議な気がした。

「ルーイン。親切はありがたいけど。毎日朝食を食わしてもらってるし、俺は何もやってない。あんたに迷惑をかけまくってるんじゃないか」

 ルーインはわざと目を丸くしてみせて、意地悪なことを言う。

「ほう、わかってたのか?」
「おう。悪いとは思ってたが、何もする時間がなかった。今日は俺も少しくらい手伝える。洗濯でも掃除でも、何でも言いつけてくれ」

 殊勝な言葉を吐いたのに、ルーインは
「飯は?」と聞くだけだ。
「もちろん食うが…」
「じゃあ、まずは飯だ。僕もそろそろ腹が減ってきた。こっちは昼飯だけどな」

 そう言うとリュウをバスルームへせきたて、ルーインはなにやら作り始める様子。
 シャワーを浴びてキッチンに戻るとルーインが包丁を手に悪戦苦闘? していた。

「何にもしないタイプに見えるのに、マメなんだな。でも、俺の方が腕はよさそうだ」

 つい本音が出てしまって。むっとしたルーインが、

「それならキミが作るか?」と狭いキッチンを明け渡す。
 いいぜ、と気軽に包丁を手にしたリュウは、出ている材料を見て、

「昼飯だよな。野菜炒めとチャーハン、卵スープでいいか」
「へぇ。キミに料理ができるとは思わなかったな」

 という揶揄にリュウが笑いながら応えた。

「家では料理は俺の担当だからな。レイに任せてたらうまいもんは食えないし、台所もめちゃくちゃになる…」
「お兄さんは何でもできそうなのに…」
「それ、誤解だぜ。レイがうまいのは、宇宙船の操縦と銃、それに…。そう言えば、ワインの扱いもうまいな。あの人は自分がやりたいことしかやらない。俺を仕込んどいて、後はありがとうって笑ってるだけだ」

 ここへ来て、これだけ長く会話をしたのは初めてだった。毎日のように、レイを相手にあれこれ話をしていたリュウは、どうも会話に飢えているようだ。
 おしゃべりなリュウに、ルーインが面食らっている。
 手も口も休みなく動いている。

「知らなかったな。キミがこんなにおしゃべりだったなんて」

 家族や友だちと無駄話をする習慣のなかったルーインにとっては、新鮮な驚きだった。
 しばらくすると、テーブルの上に立派な料理が並んだ。

「ルーイン様、お待たせいたしました。テーブルへどうぞ。ご迷惑をおかけしておりますから、本日は、腕によりをかけて作らせていただきました」

 へりくだってウエイターの真似をしたリュウを見て、ルーインが思わず胸を突かれたのを、リュウは知らなかった。

「それじゃ、遠慮なく。キミが家事のエキスパートなら、今日はこき使わせてもらうとするか」

 弾んだ声を出したルーインが、いただきますと手を合わせる。

「阿刀野、うまいよ」
「そうだろ、いい腕だろ」

 ふんぞり返って胸を張ると、
「宇宙船の扱いは不器用でも、キッチンでは器用なんだ!」と皮肉が返ってきた。
 リュウは顔をしかめて、

「あ~あ。やっぱり俺の評価はそんなもんか。レイも同じようなことを言うけどな」

 リュウは忙しくてしばらく忘れていた心の痛みを感じてしまった。
 傷ついたのが表情に現れて、ルーインはしまったと思ったがもう遅い。
 精悍でたくましくて、士官訓練センターでもリーダーとしてみなを従わせることができるのに。ルーインは、リュウの繊細な心をかいま見た気がした。
 傷つくことに臆病で、誰にも近寄らない自分と違い、いつも自信にあふれているように見えた。
 だから、誰にでもやさしくできるのだと思っていたのに。
 ルーインがちらりとリュウを見上げた。

「何だよ。その探るような目?」
「いや、人はわからないもんだと思っただけだ」
「どういう意味だ? どこにいても俺は変わらないつもりだけどな」
「そんなことはない。キミは訓練中と今とはでは顔つきが違うよ」

 リュウが不満そうに鼻を鳴らす。

「ルーインだって、そうだろ。士官訓練センターでは俺につっかかってばかりでさ、近寄りがたくて、冷たくて、いやなやつだと思ってた。人嫌いなんじゃないかってさ。それが、こんなに面倒見がよくて、マメだなんて知らなかったぜ。家に帰れないくらいしごいてくれる教官に感謝したいくらいだ」
「どうしてだ?」
「ん、尊敬できる力の持ち主がいやなやつじゃないとわかったから」

 ルーインは黙り込んだ。リュウの分析は当たっていると思ったのだ。
 僕は人嫌いで、ひとのことを気にせず、気にかけられることも避けていた。今でも、キミ以外のものに関心はない。
 というのは…、どういうことだ?
 僕は阿刀野に興味がある。一緒にいたいと思っている。
 まだ、ほんの短い期間、この部屋で共に暮らしただけなのに、それでも二人でいることが気に入ってる。家族といる時でさえ、早く離れてひとりになりたいと願っていたのに。

「どうしたんだよ、急に黙り込んで。今のは俺の本音、正直な気持ちだからな。レイのいない家に帰るくらいなら、ここで、あんたにこき使われてた方がましだ」

 ルーインがやり返した。

「阿刀野。キミは寂しがりやなのか?」
「そうかも、しれない」

 リュウにとってレイは特別だった。誰よりも大切なひと。
 こんなに長いこと離れて暮らしたことがないから、早く会いたかったのである。
 だけど。今度だけは会うのが怖いと思っていた。

 レイの目には俺がどんな風に映るのだろうか…、小さな弟でもなく、頼れる仲間でもなく、落ちこぼれの操縦士、そしてレイが傷つけられたときに何もできずに眺めていた情けない男…考えただけで吐き気がしてくる。

「訓練に追われてたら、少しはゆっくりできる時間がほしいと思うし。時間があったらあったで、いやなことを思い出す…」

 つい、ぼやいてしまったリュウである。
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