宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

文字の大きさ
42 / 108

8 困ったちゃん?

しおりを挟む
「ただいま~。レイ、いるんだろ?」

 玄関を開ける音と同時にレイの弾んだ声が飛び込んできた。

「おかえり! 元気にしてた?」

 レイが近づいてくる。久しぶりに見るまぶしいほどの笑顔。顔を見ただけでリュウの胸はきゅんとなった。

「うん。レイは元気そうだね。俺はもうバテバテ」
「それだけしゃべれれば、大丈夫だよ」と言いながらも、レイはすばやくリュウの顔色を探った。
「疲れてる…」と言いかけて、

 ん、リュウの後ろに人影?

「おい、ルーイン。そんなところに突っ立てないであがれよ」

 遠慮がちな人影にリュウが声をかけた。

「ルーインくんが、一緒なんだ」
「僕は送ってきただけなんで…」とあがろうとしない相手に、
「別に用はないでしょう? ほかに客も来てるし、多い方が楽しいよ。あがって、ね」

 客って誰? リュウが尋ねる前に、キッチンからランディが顔をのぞかせる。

「よおっ! 頑張ってるか?」

 磊落なランディの挨拶に、リュウは顔を和ませる。

「せっかく、おいしそうな食い物をいっぱい買ってきたのに、レイがな、おまえが帰ってくるまで待てって。俺はさっきからおあずけくらってるんだ。頼む! 早く席についてくれ」

 情けない台詞である。

「そういう訳だから、ルーインくんも早く」

 促されて入ったキッチンのテーブルの上に、ずらりとご馳走が並んでいた。

「な、すごいだろ。三人じゃ食いきれないぞって止めたんだけど、レイが手当たり次第に買い込むから。友だちを連れてきてくれて助かったよ」
「ま、俺が作る方がうまいだろうけど、今日は遅くなったから我慢しとくか」

 な、ルーインにリュウが同意を求める。

「生意気、言ってる。おまえの好きなもんばっか選んでやったのに。文句言うなら、食わせてやらないよ」

 レイが怒ってみせるのに、リュウはペロリと舌を出した。
 ルーインにとってレイは、士官訓練センターで見たイメージしかない。ものすごい操縦の腕前を持ち、リュウを叱りとばした厳しい男。あのときには怖ろしくて身が縮んだのだ。
 しかし、今夜はそんな厳しさはひとかけらもなく、その人はほんわかしていた。
 和やかな雰囲気に、ルーインも肩の力が抜けた。

「俺たちは勝手にやってたけど。ルーインくんは何を飲む?」

 ワイングラスをあげて見せながらレイが聞く。

「それなら、僕もワインを少し」

 問いかけたレイにきちんと姿勢を正してルーインが答えた。
 レイは、そんなに固くならなくてもいいよとか何とか言いながら、ルーインのグラスにお気に入りのワインを注いでやっている。ついでという感じでリュウのグラスにもワインを注ぎながら、
「おまえは酒を飲むとめちゃくちゃだから、あんまり飲むなよ」と。
 どっちがと軽口をたたきかけたが、キケロでのことを思い出して言葉を呑む。ここで、いやな雰囲気にはなりたくない。

「それじゃあ、乾杯!」
「いただきます!」

 待ってました、というようにランディが料理に箸を伸ばす。つられてリュウも食べだした。
 レイはワイングラスを傾けながら、ランディとリュウがむさぼるように食べる様をうれしそうに眺めている。
 しばらくして、

「ルーインくん、遠慮しなくていいよ。ま、この二人を見てたら圧倒されて食欲なくすだろうけどね」
「何だよ、それ。俺たちがよっぽど飢えてがっついてるみたいじゃないか」
「だって、ね」

 レイがルーインと顔を見合わせてくすくす笑う。

「ま、確かにがっついてるから、文句は言えないぞ」

 ようやくひと心地ついた風情の、ランディまでが…。

「早く食わせろ、ってうるさかったランディも落ち着いたようだね」とレイが切り出した。
「ルーインくん。この男はランディ。俺と一緒に働いてる仕事仲間だよ。ランディ。こっちがルーインくん。リュウと同じ士官訓練センターの訓練生だ。優秀だってリュウが言ってる」

 簡単な紹介にリュウが説明を付け足した。

「今、トレーニングがきつくて家に帰ってる間がなくてね。ルーインの寮の部屋に居候させてもらってるんだ」
「あっ、そうなんだ。ごめんね、ルーインくん。こんなゴツイのが一緒じゃ、うっとおしくて仕方ないよね。こいつ、迷惑かけてない?」

 心配そうに聞くのへ、

「いえ、迷惑だなんて。平日はほとんど寝に帰るだけだし、彼は自分のことは自分でやっています」
「そうだよ。俺は誰かさんと違って、朝も自分で起きるし、掃除だって、洗濯だって得意だからな」

 胸を張ってそんなことを言うリュウとうなずくルーインの様子を、レイがおやっという目で見た。
 そんな空気を察しもせずにランディが、

「確かに、困ったちゃんはレイの方だもんな。俺が毎回、仕事先のホテルでどれほど苦労してるか知ってるか? 起こすだけでも大変なんだぜ。
 それにな、ここ数日、家に帰ってもリュウがいないからつまらないとか、寂しいとか言ってさ。帰ろうとしないレイを家に送り届けるのに、ほんっと苦労したんだぜ」
「もう、ランディ。二人の前で兄貴の威厳がなくなるようなこと言わないでくれる」

 レイは顔を赤らめて抗議している。

「ははっ、ここんとこ、さんざんな目に遭わせてもらったから、ちっとは仕返ししとかないとな」
「さんざんな目に遭ったのは、俺も同じなのに」
「いや。あんたのせいだ」とランディが断言する。「ほんと、これからどうするんだ?」

 続けての言葉にリュウは急に不安になった。

「何かあったのか?」
「仕事のことだよ。リュウには関係ないから気にしなくていい。ランディったら、せっかく楽しい思いをしてるときに、うっとおしいことを思い出させてくれる。やなヤツだね」

 言外にその話は辞めろと言ったのに、ランディは気にした風もない。レイのキツいまなざしもランディには通じないようだ。
 こんなおおような男でないと、レイと一緒に仕事などできないのである。

「聞いてくれるか、リュウ」

 そう前置きしてから、ランディが話しだした。おおような男でも胸の奥に溜まったものがあったのだろう。

「おまえも知ってるように、2週間あまり仕事を休んだだろ。大変だったんだぜ。依頼はじゃんじゃん入るし、いつレイが戻ってくるかもわからない。丁重にお断りしていたんだが、こう見えても俺たち結構、人気者でな。お得意さまからのラブコールが多くて」
「『阿刀野レイはクーリエを廃業しました』って言ってくれたらよかったのに。そしたら、帰ってすぐに挨拶まわりなんて面倒なことさせられずにすんだし、今日のことだってなかった」とレイがぼやく。
「な、この調子だろ」

 ランディが肩をすくめる。

「レイが戻ってきてから、待ってもらっていたクライアントに連絡してさ、俺としては、『迷惑かけました』って、レイに顔出しくらいしてほしかったわけよ」

 と正当なことを言う。

「だからっ! おとなしく朝から晩まで、挨拶まわりしただろっ。『クリスタル号をオーバーホールしてきました。来週から動きますので、よろしく』って。愛想よくさ。この2~3日で、俺は一年分の愛想笑いを使い果たしたよ」

レイは不機嫌そうだ。

「あんたが営業を苦手としてるのは俺だって承知してるよ。でもな、普段は冷たい顔で仕事の交渉をする美貌の男が、にこっと笑って『ご迷惑お掛けしました』って言うだけで、クライアントが喜んで仕事をくれるんだから使わない手はないよな。
 ま、仕事だけじゃなく、ほかの誘いも多々あったが…。それはそれとして、レイはどう思ったか知らないが、俺はそれなりの成果があったと思ってたんだ。今日までは」
「今日までは? 今日、何かあったのか?」

 レイはあさっての方向を向いている。その様子をチラリと見てからランディが口を開く。

「本来なら、挨拶まわりは昨日までのつもりだったんだ。それが、俺たちのいちばんのお得意さんが、今日、来てほしいって言いだしてな。レイはリュウが帰ってくるし、土曜日にまで仕事をしたくないってダダこねてたけど。相手が相手だから俺もセッティングしたわけ。
 やめときゃ良かったと今なら思うけど、後悔先に立たずって言うだろ」

 リュウもルーインも口を挟まずに話の続きを待っていた。

「お相手はな、『メタル・ラダー社』。知ってるかもしれないが、鉱山業で名を挙げて、今はあらゆる宙域で惑星開発なんかをしてる大手だよ。聞くところによると、開発に必要だからって、機械や武器なんかも開発してるそうだ」
「メタル・ラダー社って言ったら知らない人がいない大企業じゃないですか。そこの仕事を請け負っているんですか?」

 すごいという賞賛の混じったルーインの問いに、レイが皮肉な言葉を返す。

「秘密裏に確実に運ばせたい荷がある時だけ、お声がかかる。俺たちは便利に使われていただけだよ。
 ギャラはいいけど、危険もいっぱいって仕事が多かった。ランディだって、危ないかどうかチェックしてから受けろってよく言ってたよね」

「お客さまの多い仕事って、メタル・ラダー社のだったのか?」

 見上げたリュウに、ランディがうなずいた。

「ほう、メタル・ラダー社と俺たちの関係をちゃんとわかってたんだ。俺たちは体よく使われてただけかもしれない。あんたは運ぶモノの中身に関してはまったく詮索しない。それに頼まれたモノは、言われた場所に、言われた時間内に確実に運ぶ。どんな邪魔もものともせず…。あちらさんにとっては都合良かったんだろうな。しかし、ギャラは破格だったろ。危険な仕事も多かったが、楽な仕事もあった。何も、メタル・ラダー社の仕事を全部、こっちから蹴る必要はなかったんじゃないのか」

 文句を吐いていたランディが、俺に向き直って

「今日、メタル・ラダー社の専務と会ったんだ。専務のほかに、惑星開発を率いているチーフも一緒だった。で、レイが見事に仕事をなくしてくれたわけ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

処理中です...