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7 ザハロフ教官
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夕飯の時間もとっくに終わった10時過ぎ。
ようやく、その日のテイクをクリアできたリュウはカプセルから重い身体を引きずり出した。操縦ミスをするたびに強烈なダメージを受けて、もう身体がバラバラになりそうである。ふと見ると、コントロールブースにザハロフ教官の姿。
ずっと見ていてくれたのだろうか。飯も食わずに? まさか。自分で出した疑問をすぐに否定したリュウは訓練終了の報告のために、教官の前にピシリと立った。
「遅くなりましたがテイクを終了しました。ご指導、ありがとうございました」
冷たい表情のまま、ミハイルがうなずいた。いつもの『よし、あがれ』という言葉を待っているリュウに別の言葉がかかった。
「どうだ、阿刀野。そろそろいやになったんじゃないか」
即座に「いいえ」と首をふった。まだ、たった一週間だ。根を上げるには早すぎる。
ミハイルがくちもとを歪めて冷笑を浮かべた。
「そうか。あきらめが悪いな」
ムッとしたリュウを気にもせず追い打ちをかける。
「仕方がない。明日は休日だから、兵士たちの教練もないだろう? 朝8時に、操縦ルームだ。遅れるな」
日曜くらいは休めるかと思っていたリュウは、胸の内でガックリと肩を落とす。ルーインと一緒に家に帰るつもりだったのだ。無性にレイの顔が見たくて…。だが、あきらめるしかない。
「わかりました。明日もよろしくお願いします」
俺はこんなにもあきらめがいいのに!
まっすぐに告げた後、歩み去ろうとしたリュウに声がかかった。
「阿刀野、キミのお兄さんは操縦がうまいんだろう。なぜ、教えてもらわないんだ」
意外な台詞であった。そうか。トンプソン教官にレイのことを聞いたのか。
「兄は、俺になどこわくて操縦席に座らせられないと…」
言いかけてハッとする。自分の首を絞めるような台詞だ。教官は興味深そうに続きを待っている。リュウは言葉を選んで言い直した。
「俺は、星間連絡船以外、兄の操縦する宇宙船にしか乗ったことがありません。兄の無謀な操縦には慣れていますが、ほかの操縦を知らないので、うまいかどうかはわかりません。
それに、兄は宇宙船を操縦するのが仕事です。俺に操縦を教えるために飛んでいるわけではありません。俺がいると邪魔になるだけです。一緒に宇宙船に乗る時も、俺はまだ操縦を習っていなかったし…。兄はプロですから、自分以外のものが操縦席に座ると落ち着かないようで、長時間になっても代わろうとしません」
「お兄さんの操縦は無謀なのか?」
教官は変なところに引っかかりを持ち、腑に落ちない顔をした。
「いえ。普段は違うと思いますが、そういう場面が印象に残っているというか…。すみません、うまく言えません」
パネルの上を滑るような指先、次々に的確に操作されるレバーやスイッチ。
操縦席に座るあの人は、いつもリラックスしていた。激しい戦闘の時でさえ、何一つ変わることのないスムーズな操作。時折、部下に与える命令の鋭さが、いま、戦闘中だと感じさせるくらいだった。
操縦しているときの表情は、部下に対峙するときよりずっとよりやさしかった。整いすぎた美貌に、うっすらと笑みをのせた横顔が官能的で、『代われ』と言われて操縦席を明け渡したアレクセイは、いつも食い入るように眺めたものだ。
あの人がスクリーンの星々を見つめるように、あの瞳で自分を見つめてもらえたらと幾度願ったことだろうか。
急に黙り込んだミハイルにリュウがおそるおそる声をかける。
「教官。どうかされましたか?」
「いや、ぼんやりしていたようですまない。明日に備えて、しっかり休養してくれ」
部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、ミハイルはため息をついた。月曜日からの5日間、ほぼつきっきりでリュウの指導をしてきた。落ちこぼれの面倒を見るという名目のもとに。
ルーインが指摘したように、リュウは操縦席に座った経験が足りないだけで、操縦センスはそこそこあるようだ。もう一週間もすれば、スペシャル・クラスの他のメンバーと比べて、遜色のないくらいにはなるだろう。操縦士としての資質を持つあの人には遠く及ばないとしても。
しかし。
リュウが嫌われていると感じているように、ミハイルはリュウに冷淡だった。
この程度の男のために!
レイモンドが払った犠牲の大きさを考えると、どうしても許せないのだ。総督にしても、マリオン様にしても、キャプテン・レイモンドを失ってどれほどのダメージを被ったことか。どれほどの喪失感を感じたことか。そして、僕も。
どうにもならないのはわかっていたが、艦橋で一緒にいられるだけでよかった。自分の使命を投げ出してしまおうかと。誰もがあの人に認められたくて、誰もがあの人に誉められたくて…。
キャプテン・レイモンドが育てたにしては、いや、あの人を独り占めしてきたにしては、阿刀野リュウはつまらない男に思えた。
「はあ~っ」
ミハイルはコントロールパネルに突っ伏した。これほど精神的にキツい仕事は久しぶりだ。あの人を無傷で捕らえられるように、総督の前に引き出せるように。それがマリオン様から与えられた命令だというのに。
あの人はきっと、簡単には死なせてもらえない。苦痛に歪む顔も美しいのだろうか。
ああ、僕は何を考えているんだ!
思考は堂々巡りをして、いつまでもミハイルを苦しめた。
「阿刀野、遅かったな。どうする、帰るのか」
部屋へ戻ったリュウをルーインが待ちわびていた。足の腫れも引き、ようやく昨日あたりから自由に動けるようになったルーインである。
「残念だが俺は帰れそうにない。教官に、明日も操縦ルームに来るようにいわれたんだ。朝8時だそうだ」
「それはそれは…、教官もやるな!」
「ああ」とリュウがうなずく。
「ザハロフ教官って一見やさしそうなのに、誰にも逆らわせない威厳がある。それに、キミに人一倍辛く当たっていないか」
「ああ、それなのに。よくあんたは逆らってくれたもんだ」
「いや、あれは、もののはずみで」
ルーインが照れたように口ごもる。
「俺はザハロフ教官に嫌われている。理由はわからないけど…、単に下手なヤツが嫌いなのかも知れないな。もっとも、カプセルに縛り付けられてるときは、そんなことを考えてる余裕なんかないけどな」
ソファにへたり込んだリュウにあわせて、ルーインがベッドに腰を下ろした。
「ルーイン。よかったらひとりで俺の家へいかないか。レイも話し相手がいた方がいいだろうし、あんたも身体を動かしたかったんだろ?」
「泣くまでしごかれるほど、体調は万全じゃない」
「なん…! レイはそんなことまでしゃべったのか」
リュウが顔を赤らめると、ルーインはにやりと笑った。
「それなら頼みやすい。レイはきっと…、あれでも心配性なんだ。だから俺が元気で、操縦演習に取り組んでるって伝えてほしい。頑張ってるから、そのうちレイにも負けないくらいうまくなるぞって」
今週はあきらめようと思っていたルーインの表情がパッと明るくなった。
「いいのか、キミのかわりに僕がレイさんに甘えても?」
「今週だけ、レイを貸してやるよ。その代わり、家事もよろしく!」
2人は顔を見合わせてにやりと笑いあったが、アレクセイが聞いたら卒倒しそうなやりとりではあった。
ようやく、その日のテイクをクリアできたリュウはカプセルから重い身体を引きずり出した。操縦ミスをするたびに強烈なダメージを受けて、もう身体がバラバラになりそうである。ふと見ると、コントロールブースにザハロフ教官の姿。
ずっと見ていてくれたのだろうか。飯も食わずに? まさか。自分で出した疑問をすぐに否定したリュウは訓練終了の報告のために、教官の前にピシリと立った。
「遅くなりましたがテイクを終了しました。ご指導、ありがとうございました」
冷たい表情のまま、ミハイルがうなずいた。いつもの『よし、あがれ』という言葉を待っているリュウに別の言葉がかかった。
「どうだ、阿刀野。そろそろいやになったんじゃないか」
即座に「いいえ」と首をふった。まだ、たった一週間だ。根を上げるには早すぎる。
ミハイルがくちもとを歪めて冷笑を浮かべた。
「そうか。あきらめが悪いな」
ムッとしたリュウを気にもせず追い打ちをかける。
「仕方がない。明日は休日だから、兵士たちの教練もないだろう? 朝8時に、操縦ルームだ。遅れるな」
日曜くらいは休めるかと思っていたリュウは、胸の内でガックリと肩を落とす。ルーインと一緒に家に帰るつもりだったのだ。無性にレイの顔が見たくて…。だが、あきらめるしかない。
「わかりました。明日もよろしくお願いします」
俺はこんなにもあきらめがいいのに!
まっすぐに告げた後、歩み去ろうとしたリュウに声がかかった。
「阿刀野、キミのお兄さんは操縦がうまいんだろう。なぜ、教えてもらわないんだ」
意外な台詞であった。そうか。トンプソン教官にレイのことを聞いたのか。
「兄は、俺になどこわくて操縦席に座らせられないと…」
言いかけてハッとする。自分の首を絞めるような台詞だ。教官は興味深そうに続きを待っている。リュウは言葉を選んで言い直した。
「俺は、星間連絡船以外、兄の操縦する宇宙船にしか乗ったことがありません。兄の無謀な操縦には慣れていますが、ほかの操縦を知らないので、うまいかどうかはわかりません。
それに、兄は宇宙船を操縦するのが仕事です。俺に操縦を教えるために飛んでいるわけではありません。俺がいると邪魔になるだけです。一緒に宇宙船に乗る時も、俺はまだ操縦を習っていなかったし…。兄はプロですから、自分以外のものが操縦席に座ると落ち着かないようで、長時間になっても代わろうとしません」
「お兄さんの操縦は無謀なのか?」
教官は変なところに引っかかりを持ち、腑に落ちない顔をした。
「いえ。普段は違うと思いますが、そういう場面が印象に残っているというか…。すみません、うまく言えません」
パネルの上を滑るような指先、次々に的確に操作されるレバーやスイッチ。
操縦席に座るあの人は、いつもリラックスしていた。激しい戦闘の時でさえ、何一つ変わることのないスムーズな操作。時折、部下に与える命令の鋭さが、いま、戦闘中だと感じさせるくらいだった。
操縦しているときの表情は、部下に対峙するときよりずっとよりやさしかった。整いすぎた美貌に、うっすらと笑みをのせた横顔が官能的で、『代われ』と言われて操縦席を明け渡したアレクセイは、いつも食い入るように眺めたものだ。
あの人がスクリーンの星々を見つめるように、あの瞳で自分を見つめてもらえたらと幾度願ったことだろうか。
急に黙り込んだミハイルにリュウがおそるおそる声をかける。
「教官。どうかされましたか?」
「いや、ぼんやりしていたようですまない。明日に備えて、しっかり休養してくれ」
部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、ミハイルはため息をついた。月曜日からの5日間、ほぼつきっきりでリュウの指導をしてきた。落ちこぼれの面倒を見るという名目のもとに。
ルーインが指摘したように、リュウは操縦席に座った経験が足りないだけで、操縦センスはそこそこあるようだ。もう一週間もすれば、スペシャル・クラスの他のメンバーと比べて、遜色のないくらいにはなるだろう。操縦士としての資質を持つあの人には遠く及ばないとしても。
しかし。
リュウが嫌われていると感じているように、ミハイルはリュウに冷淡だった。
この程度の男のために!
レイモンドが払った犠牲の大きさを考えると、どうしても許せないのだ。総督にしても、マリオン様にしても、キャプテン・レイモンドを失ってどれほどのダメージを被ったことか。どれほどの喪失感を感じたことか。そして、僕も。
どうにもならないのはわかっていたが、艦橋で一緒にいられるだけでよかった。自分の使命を投げ出してしまおうかと。誰もがあの人に認められたくて、誰もがあの人に誉められたくて…。
キャプテン・レイモンドが育てたにしては、いや、あの人を独り占めしてきたにしては、阿刀野リュウはつまらない男に思えた。
「はあ~っ」
ミハイルはコントロールパネルに突っ伏した。これほど精神的にキツい仕事は久しぶりだ。あの人を無傷で捕らえられるように、総督の前に引き出せるように。それがマリオン様から与えられた命令だというのに。
あの人はきっと、簡単には死なせてもらえない。苦痛に歪む顔も美しいのだろうか。
ああ、僕は何を考えているんだ!
思考は堂々巡りをして、いつまでもミハイルを苦しめた。
「阿刀野、遅かったな。どうする、帰るのか」
部屋へ戻ったリュウをルーインが待ちわびていた。足の腫れも引き、ようやく昨日あたりから自由に動けるようになったルーインである。
「残念だが俺は帰れそうにない。教官に、明日も操縦ルームに来るようにいわれたんだ。朝8時だそうだ」
「それはそれは…、教官もやるな!」
「ああ」とリュウがうなずく。
「ザハロフ教官って一見やさしそうなのに、誰にも逆らわせない威厳がある。それに、キミに人一倍辛く当たっていないか」
「ああ、それなのに。よくあんたは逆らってくれたもんだ」
「いや、あれは、もののはずみで」
ルーインが照れたように口ごもる。
「俺はザハロフ教官に嫌われている。理由はわからないけど…、単に下手なヤツが嫌いなのかも知れないな。もっとも、カプセルに縛り付けられてるときは、そんなことを考えてる余裕なんかないけどな」
ソファにへたり込んだリュウにあわせて、ルーインがベッドに腰を下ろした。
「ルーイン。よかったらひとりで俺の家へいかないか。レイも話し相手がいた方がいいだろうし、あんたも身体を動かしたかったんだろ?」
「泣くまでしごかれるほど、体調は万全じゃない」
「なん…! レイはそんなことまでしゃべったのか」
リュウが顔を赤らめると、ルーインはにやりと笑った。
「それなら頼みやすい。レイはきっと…、あれでも心配性なんだ。だから俺が元気で、操縦演習に取り組んでるって伝えてほしい。頑張ってるから、そのうちレイにも負けないくらいうまくなるぞって」
今週はあきらめようと思っていたルーインの表情がパッと明るくなった。
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