宙(そら)に舞う。 〜レイとリュウ〜

星野そら

文字の大きさ
107 / 108
第八章

1 操縦ミス

しおりを挟む
「展開。一、二、三…十秒、反転、二列横隊。5番艇…、阿刀野っ! 何をやっているんだ、遅れるな!」

 んなこと言ったって、俺だって精一杯やってんだ。下手なんだから仕方ないだろうという文句は心の中だけにして、通信機には殊勝な返事を返す。

「すみませんっ!」

 それにしても、怒鳴っているのがルーインなのがつらいところだった。カプセルから解放されて、ようやく戦闘艇演習になったというのに。
 ザハロフ教官は宇宙船を飛び出す前に指示を与え、後は基地での監督のみである。戦闘艇に乗ってからの命令はすべて戦闘隊リーダーのルーインが出すことになっていた。もちろん、失敗をすると地上にもどってから教官の叱責が待っているし、ペナルティーがもれなく付いてはくるが…。
 リュウはルーインが戦闘隊のリーダーに任命されたとき、教官が彼の能力の高さを買っていることに感心すると同時に、戦闘艇演習の間はのんびりやれるだろうかと思ったのだが…、ルーインは予想以上に容赦なかった。
 ザハロフ教官が担当するよりも、ずっと多く怒鳴られている気がする。
 演習の終わった後、ルーイン相手の気安さからつい愚痴ってしまった。すると、

「僕なんか、レイさんに比べたらずいぶんやさしいよ」

 あっさり言われて、それきり反論できなくなったのだ。
 ルーインは3週続けて、休みの日にクリスタル号でレイに操縦を教わっていた。リュウが頼んでも断られるのに。しかも、「おまえと違って、見どころがあるからね」というのがレイの言葉である。
 くそっ!
 悔しいけれど、この戦闘艇演習を見ていると腕が違うと思う。いや、驚くほど上達したと言うべきか。それなのに、ルーインはリュウよりも長時間、カプセルで練習に励んでいるのである。

「いやに真面目だな」と揶揄しても
「きちんと練習しておかないと、恐くてクリスタル号の操縦席に座れないからな」と。

 どんな風に教わっているのかと訊いてもルーインは答えないが、休み前の緊張ぶりを見ると、レイは相当厳しいらしい。

「そんなに嫌なら、毎週、行かなくてもいいだろうに」
「いや、レイさんが僕に教えてもいいと思っているうちに習っておかないと…」

 途切れた言葉の続きをリュウが埋める。

「教えてもらえなくなるって?」
「ああ、やる気のなさそうな態度でも見せたら、すぐに見捨てられる。僕はキミと違って、弟ではないからな」

 おまえは特別扱いなんだと暗に言われているようなモノだ。でも、ほんとうは弟でも何でもなく、俺がただの同居人でしかないことをルーインは知らないのだ。
 だから、休みの日にルーインと一緒に家に帰ったとき。一週間たまった家事を片づけながら、2人の帰りを待っている間中、どうしようもなく取り残された気がする…。
 この間は。
 軽やかな足取りで帰ってきたレイとは正反対に、ルーインは疲労困憊の様子だった。しかも、くちびるの端が切れていた。

「……ッ。レイ! 殴ったのか!」

 食ってかかろうとしたところを、あわてて遮られる。

「平手で張られただけだ。…僕がつまらないミスをした」と。

 バスルームへと消えようとしていたレイが戻ってきて、ルーインの顔を検分する。

「冷やしておいた方がいいかな。ちょっと切れちゃってるね。リュウ、救急箱持ってきて」

 手を出したことを謝りもせずに。
 レイを睨んだ俺とは違って、ルーインが恐縮する。

「このくらい平気ですから。レイさんはシャワーを浴びてきてください」

 その目が懇願している?

「そう? じゃあ、リュウ。後はお願い」

 レイが部屋を出ていくとルーインはほっとため息をつき、強い調子で俺を詰った。

「阿刀野! 僕とレイさんの問題だから、キミは口を出さないでくれ!」
「しかし、手を出すことはないだろう。レイだってミスくらいするだろうに!」

 ルーインはリュウを見つめて首をふる。レイはミスなどしないということか。それともつまらないミスではなかったのか。

「小さなミスで叱られたとき、僕も聞いたんだ。『今のは操縦にはあまり関係ないのではないですか』ってな。レイさんはこれ以上ないほど冷たい声で応えたよ。
 『本物の操縦士になりたかったら、小さなミスくらいと思うその気持ちを今すぐ捨てろ。操縦士が小さなミスを犯したせいで、死ななくてもいい人間が死ぬこともある。殺さなくてもいい人間を殺さなくてはならなくなる。戦闘ではそれでなくても多くの人間が死ぬんだ』…とな」
「わ、わかったよ。それにしても、教官モードのレイは恐いな。しじゅう叱られてるのか」
「そうでもない。どうしようもない不可抗力のときは叱られない。僕が下手な操縦をして危なくなっても眉ひとつ動かさない。技術が足りないときは、『もっと練習しておけ』と言われるだけだ」
「それなら、今日は何か怒らせるようなことでもしたのか?」
「……クリスタル号に傷を付けた。怒らせたということではなくて、危険に対する認識が甘いと叱られたんだ。操縦しているときは、いつも緊張してろってね。それに、本気で怒ったわけじゃないと思う。僕は余裕のないレイさんなんか、見たことがないからな」

 へえ~、そうなんだ。自分はいつもリラックスの極地のような操縦をしているくせに。

 それより。
 傷を付けただけで頬を張られるなら、初歩的なミスを冒して、インシャラーへ入り込みクリスタル号を大破させた俺など、どんな罰が匹敵するのだろうか。
 あの時、レイは怒っていなかったし、冷静だった。俺は叱ってももらえなかった。
 最初から相手にされてないのかと思いついて、心が痛む。

 ところが。
 レイからは見捨てられているのに、ルーインは少しも容赦してくれないのだ。戦闘艇演習で毎日たっぷり絞られている。ザハロフ教官に食らうペナルティーより、ルーインに命じられる補習の方が多いくらいだ。 
 レイがルーインを鍛えて、ルーインが俺を鍛えるというわけ、か。
 どこか割り切れない思いである。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。 だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。 互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。 ハッピーエンド 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/03/02……完結 2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位 2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位 2023/12/19……連載開始

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

処理中です...