3 / 6
愛しい
しおりを挟む驚きから真っ白になった頭と上手く動かない体。半開きになった口から漏れ出たか細い声は、なんとか言葉を紡ぎ出した。整わない息は熱い口内を辿ると、舌に残る甘い痺れを意識させる。
「…いま……キス……?」
「あぁ。…嫌だった?」
"いやだった?"青嵐の言葉が頭を反芻する。青嵐からのキス。ならば嫌なはずがない。というかもういろいろと今更な気もしなくもない。
嫌とかそういうのではなくて。まずその真意がよく分からない。そもそもキスって…キスってなんでするんだっけ…?いつするんだっけ?記憶をたどっても、僕はキスをしたこともされたことも無いので辿るだけ無駄であった。ぼんやりと青嵐の唇を見て、考えに耽る。
「緑雨。嫌だったか?」
青嵐の形のいい唇が小さく動く。唇の形まで整っているなんて…。あの唇の奥に隠れる舌はあんなにも濃厚で…なんだかとても…そう。いやらしかった。青嵐の舌の大きさなんて考えたことはなかったけれど、分厚くて、熱を持っていて。繋がった手のひらよりも深く絡まり合っている気がした。
そこまで考えて、あれは果たしてキスなんだろうかとも思う。青嵐は肯定していたし、唇と唇が重なるのがキスであることは然り。ただ僕の知識はそこまでだった。そこから…し、舌が…入ってきて。なんだかとても気持ちよくなって。
…うん。おかしいな。驚きすぎて理性が戻ってきたみたいだ。体は相変わらず動かないし、熱いし、あらぬところが疼くのだけれど。気づくと先ほどまでぼんやりと眺めていた唇を見失って、視界に入ったのは緑色であった。
再度、触れる唇。今度はすぐに離れていく。それがなんだかもどかしくて、縋るように見つめてしまう。少し体が離れると焦点が合ってきて、ぼやけていたものがくっきりと映し出される。輪郭、まつげ、瞳孔…そして真剣なまなざしが僕を射貫く。僕の胸が、高鳴った。なぜならその瞳はまるで…
「愛してる、緑雨」
「…は………」
時が止まったような錯覚。僕と、青嵐。二人だけ世界から切り離されてしまったかのような静寂。息をすることも忘れ、ただ、呆然と見つめる。視線の先の顔は、いつになく真剣で。現実味のない台詞がじわじわと真実味を帯びる。
「…泣くなよ」
泣いている。いったい誰が?疑問に意識を取り戻し、青嵐の手が添えられたのは僕の頬。泣いていたのは、僕だった。青嵐の手の熱が、僕の頬に移る。涙って無意識のうちに流れてくるものなのかと見当違いなことを考える。今日は知らないことを多く知る日でもあるな。しかしそれをすべて忘れる日でもあるということをふと思いだし、慌てて時計を見ると、時刻はすでに0時をまわっていた。
「あれ?…え?」
涙が引っ込むのと同時に視線を戻す。目の前にいるのは、青嵐。今日のことも、今日知ったいろんな顔、今までのこの気持ちを一つも忘れていない。記憶がある。青嵐を、どうしようもなく好きだという記憶が、ある。ぽかんとした僕を見て、青嵐はきれいに笑った。瞳だけは全く笑っていないのだけれど。
「俺を忘れて生きていこうだなんて、思い切ったこと考えるよな」
「な、なんで…それ……」
「あぁ、はじめはお前の親父さんに相談されたんだ。魔法を使うとどうしても魔法の痕が残るだろ?どうやら誓いの魔法を使用したらしいってバレたみたいだな。無理やりかけられたんじゃないかと心配して、お前には秘密裏に調べてくれないかって」
「え…?え?」
「ま、結果は自分で自分にかけたようだけど。内容は成人の日までに俺に…」
「うわぁぁあ!!ちょっと!!どうしてそんなことまで筒抜けなんだ!!」
「お前の魔法の力が進歩してるのと同時に、現代の魔法ももっと進歩してるってことだ」
観念しなと笑われて、なんだか僕も笑えてきた。こんなことってあるだろうか。青嵐が内容まで知っていたということは僕の気持ちも知っていたということで。いつ分かったのか聞こうと思ったけどいたたまれなくなる気しかしなくて僕は口をつぐんだ。
「…まぁでも誓いは実はまだ有効なんだ。無理やりかけられたならまだしも自分に任意でかけた誓いの魔法はそう簡単に無効にはできないからな」
「えっ?!でも、今日はもう…」
「気づかなかったか?この家の時計すべてを1時間進ませたんだ。だから今は23時を過ぎたところだ」
「…どうして、そんなこと…」
「それはもちろん…」
お前に言ってほしいから。と、耳元で今日一番の美しい声で囁かれた。恐ろしいほどに色気を纏った青嵐は僕の唇を親指の腹で優しく撫でて、じっと僕を見つめた。青嵐の意図を理解してしまって、思い出したように動き出す心臓、集まりだす熱。それらは僕の思考をくらませるには十分で、先程までよく動いていた口は縫い付けられたように開かなくなった。青嵐はそれでも僕のことを優しく見つめるだけで自分から何かしようとはしなかった。短いようで長い沈黙は急かすことなくそこにいた。
「青嵐」
思い切って名前を呼ぶ。小さく応える声が聞こえてから、そっと動き出す。力の入らない腕を上げ、青嵐のたくましい腕をつかんだ。いまだ右手は緩く絡まったままなことにふと気づき自然と笑みがこぼれる。少しこちらに引っ張ると、青嵐は気づいてくれたようで、そっと近づいてくれた。近くに見える、大好きな顔。繋がれた右手に無意識に力がこもる。そうすると同じ温度が返される。意を決して僕は、青嵐の口元へ顔を寄せる。触れたのは一瞬。少し顔を離して美しい瞳を間近で見つめる。
「大好き…ずっと」
ようやく言えた言葉にこぼれる雫を堪えることができなかった。どうにか笑顔を作って愛しい彼を見つめる。心なしかほんのり赤くなった顔はすぐに近づいてきて、勢いよく僕の唇を奪い返した。自然と開く口に先程感触を知ったばかりの舌が入ってくる。絡まった手のひらを強く掴み、涙でぼやける視界の中で美しい瞳を必死に見つめ返す。温かな光が僕たちを包み込み、誓いが果たされたことを静かに伝えていた。どれくらいキスをしていたのか、疲弊した口から零れ落ちた唾液が僕の首元へ伝う。小さなリップ音とともに離された唇を名残惜しく思いつつ、幸せに優しく包まれていた。
「緑雨…俺もだ」
青嵐は寝ている僕の隣に静かに倒れこみ、横を向いて向き合って、それからとても嬉しそうに笑った。触れ合うからだは暖かく、壊れたように止まらない涙がシーツを静かに濡らす。痺れる唇でもう一度僕たちはキスをした。絡まった手のひらは離され、僕の体を優しく抱きしめた。少しして僕の涙が止まると、いろいろなことで疲れた僕は夢の世界へ誘われようとしていた。
「緑雨?寝るにはまだ早いぞ」
「んぅ……?」
「とりあえず俺のこと忘れようとしたことと、誓いを破る気満々だったこと。ちゃんと反省しような?」
青嵐の恐ろしい一言で、眠気は一目散に逃げだしたのだった。
6
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる