わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?

自転車和尚

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第三六六話 シャルロッタ 一六歳 魔王 一六

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「うおおおおっ!」

紅の爆光クリムゾンノートッ!」
 クリストフェルとユルは迫り来る泥濘の手を必死に退けようと戦っていた……背中を預ける形で、迫る泥濘の手を切り払い、炎で焼き焦がしそして鋭い爪で打ち砕く。
 泥濘自体は戦闘力が恐ろしく低い……だが、触れた瞬間に欲する者デザイアのように肉体が溶解するのではないか、という恐怖により慎重な立ち回りに終始せざるを得ない。
 特に原始の海プライミヴァルについての情報と、目の前で起きた出来事を聞いていれば誰でもそうなるのかもしれない。
 クリストフェルの頬に一筋の汗が流れる……ジリ貧、このまま時間が過ぎれば先に力尽きるのは自分たちであることは明白だ。
『合併、合流、同然、連鎖、結合、符合、合体、吻合』

「ユル……! どうすれば……」

原始の海プライミヴァルの発生源を破壊すれば……おそらく」
 炎で泥濘の手を焼き払ったユルがクリストフェルのクリストフェルの問いに答える……そうか、この手の異変は大抵原因があり、原因を取り除けばそれ以上の増殖は防げるだろう。
 しかし……その考えをさせないとばかりに原始の海プライミヴァルはまるで巨大な壁のようにその泥濘を巻き上げる。
 それはまるで噴水のように天井まで伸びると複数の手を威嚇するように突き出す……泥濘を巻き上げる根元にあたる部分は黄金色に輝いており、そこにあの魔法陣があるのは間違いない。
 だが……こちらの考えを読んでいる? クリストフェルがその泥濘の中に光る黄金色の瞳を見ると、それはまるで嘲笑うかのように目を細め再び脳内へと声を響かせる。
『融合、統合、同一、接続、融解、合致、結合、連合』

「く……こちらに強力な魔法があれば……」

「なら私の出番ですわね……ッ! 地獄の大火ヘルズファイアッ!!」
 凛とした声が響くのと同時に、クリストフェルの眼前に迫っていた泥濘が一瞬にして炎の柱へと取り込まれ消滅していく……彼も何が起きたのか分からずに呆然としながらも声の方向へと視線を向ける。
 そこには懐かしい顔が……美しい黄金の髪は以前と違い軽くまとめただけだが、白を基調としたローブを着用し手には古木を使って作られた逸品、魔法の力を宿した杖を手にした少女が笑みを浮かべて立っていた。
 プリムローズ・ホワイトスネイク……学園を追放されたイングウェイ王国最強の魔法使いである彼女は、間髪を容れずに詠唱を行うと杖より恐ろしい勢いで火球が放たれ、泥濘を次々と吹き飛ばしていく。
 そして彼女の背後から数人の小人……いや豊かなひげと手に持った斧、そして歴戦の戦士である証拠の兜を身につけたドワーフの戦士が顔をひょっこり出して叫ぶ。
「な、なんじゃこりゃああ! 嬢ちゃん、こりゃあとんでもないことが起きてるぞ!?」

「そりゃそーでしょうよ、王城だって吹き飛んでいるのですから……まずは殿下を助けますわよ!」

「「「応ッ!!」」」
 プリムローズの声に応えたドワーフ達はそのままその見た目にそぐわない速度で前に出ると、クリストフェルへと襲い掛かろうとしていた泥濘の手を武器で切り払う。
 そしてさらに地面を押し上げるように赤褐色の巨体を持つ直立する蟻にしか見えない巨人と、それに付き従う小型の個体が一斉に地面より湧き出すと泥濘へと立ち向かっていく。
 クリストフェルはその外見を以前図鑑で見たことがあった……ミュルミドン、一際大きな個体はウォリアーと呼ばれる戦士階級であり、一騎当千の勇士だけが進化できる個体だ。
 クリストフェルとユルが何が起きたのか分からずに呆然とドワーフとミュルミドンによる加勢を見つめていると、彼の肩にそっと手が添えられる。
「殿下……大丈夫ですか? 私プリムローズ・ホワイトスネイクが加勢いたしますわ」

「プ、プリム……君は……」

「領地に籠っているのも飽きましてね……彼らは加勢のために連れてきましたわ」
 悪戯っぽく笑うプリムローズの胸に美しく輝く銀色のペンダント、冒険者組合アドベンチャーギルドが認定する銀級冒険者の証があるのに気がつくと、クリストフェルは一瞬目を見開くがすぐに堪えられないように声を押し殺して笑った。
 彼女が銀級冒険者として活動しているなど、第二王子派の貴族は誰も知らなかっただろう……そもそも彼女の父であるデイヴィット・ホワイトスネイクも領地に戻ったまま静観を続けていたため、協力を得ることが難しいと判断して王都攻撃については連絡すら行っていなかった。
 それでもなんらかの方法で彼はクリストフェル達の動向を確認していて、彼女を送り出すことで義理を果たそうとしたのかもしれない。
「そっか……おかえりプリム……」

「ま、懐かしいお話はこの後にして……私の力をお見せしますわ!」
 その言葉と共に彼女の前に恐ろしい数の炎の槍が出現し、まるで薙ぎ払うかのように泥濘を一瞬にして消し飛ばしていく……以前よりもはるかに強大な魔力は、襲いくる原始の海プライミヴァルの手を次々と焼き払っていった。
 凄まじい魔力……それまで必死に泥濘の手に争っていたユルもプリムローズの変貌ぶりに口を開けたままポカンとしていたが、すぐに気を取り直して炎を吐いてドワーフ達の加勢へと向かう。
 クリストフェルに優しく微笑むプリムローズは彼を守るように前に出ると、次々と火球を撃ち放って泥濘を押し戻していった。
「……よし、僕も……」

「お待ちなさい王子よ、今前に出ても魔法陣は破壊できませんよ」
 再び背後から声をかけられクリストフェルは飛び上がりそうになりながらも背後へと視線を向ける……そこにはこの世のものとは思えないほど美しく、神秘的な輝きを持つ黄金の髪を持った女性が立っていた。
 耳は少し尖った形状をしており、その形だけで彼女がエルフであることが一目でわかる……そしてそのあまりの神々しさに、眩しさのようなものを感じてクリストフェルは意思とは関係なく思わず膝をついてしまう。
 広葉樹の盾ブロードリーフ……イングウェイ王国最大のエルフ居住地である蒼き森を統治する長であり、一〇〇〇年前に勇者アンスラックスの友人であった伝説の存在である。
 彼女の背後には数人のエルフ戦士が控えており、彼らは広葉樹の盾ブロードリーフとクリストフェルの会話を邪魔しないように進み出ると、ドワーフ達へと加勢するために槍を構えて突進を開始した。
「シャルロッタ様は今苦戦しておられます……この原始の海プライミヴァルに気がついたようですが、それをどうにかできる状況ではありません」

「シャルが……?!」

「私は彼女との約束のために貴方に力を貸します……それに原始の海プライミヴァルを止めなければ、どちらにせよ世界が滅びる……スコット様の愛した世界をそうはさせません」
 深い蒼色の瞳に力強い光が宿ると広葉樹の盾ブロードリーフの秘めた魔力が一気に括れ上がる……それは神々しくも美しく、圧倒的な神聖さを持って泥濘へと降り注がれる。
 その光に触れた泥濘はジュワッ! という鈍い音を立てて炭化し崩れ落ちる……そして光を直視できないのか、原始の海プライミヴァルの瞳は必死にその光を避けようと次々に閉じていく。
 プリムローズとドワーフ、ユルとミュルミドン、そしてエルフ達が一斉に猛攻を加えていくと、泥濘は次々と崩壊し、次第にその勢力を緩めていく。
 クリストフェルの腕を優しく広葉樹の盾ブロードリーフの手がぽん、と叩く……今なら前に出れるということか。
「……ありがとうございます……!」

「お礼は貴方の愛するものへ、彼女が私の民を守ってくれなければ……悪魔デーモンに滅ぼされたでしょう……貴方に祝福を」
 広葉樹の盾ブロードリーフはそっとクリストフェルの頬に指を添える……その指から熱い何かが体内へと入ってくる気がして、クリストフェルは驚いた。
 彼が驚いて広葉樹の盾ブロードリーフへと視線を向けると、彼女は優しく微笑み「祝福です」とだけ呟いてからゆっくりと頭を下げる。
 それはクリストフェルが次世代の王であることと、勇者スコット・アンスラックスの意思をつぐ勇者であると認めた、そんな所作のように思えた。
 彼は全身を駆け巡る力を確かめるように何度か手を握ったり開いたりを繰り返していたが、黙って頷くと強く拳を握りしめた。
「……わかりました、僕が勇者であるという証を世界を救うことで示します」

「……ご武運を勇者よ、そして偉大なる王となることをお祈りします」

「はい……行ってきます!」
 クリストフェルはそのままプリムローズ達に加勢するために駆け出す……その様子を見ていた広葉樹の盾ブロードリーフは後ろ姿を見て驚いたように目を見開いた。
 一〇〇〇年前に彼女の祝福を得て笑顔のまま飛び出した人と、ひどく似たような光景であったからだ……勇者スコット・アンスラックスも彼女の祝福をえて飛び出す時は彼のような笑みを浮かべていたことを思い出したのだと理解するのにほんの少しだけかかった。
 知らず識らずのうちに彼女の口元に笑みが浮かぶ……最愛の者を失った悲しみは結局長い月日を経ても無くなることはなかった。
 だが……彼女は最後に新しい勇者の誕生に手を貸すことになった、それは最初からそのような運命だったのかもしれない。
 彼女はそっと視線を動かす……そこには誰もいないはずだったが、彼女の目には駆け出していくクリストフェルを見つめて微笑む一人の男性の姿が見えていた。
 優しく強く、そして愛おしい……彼女が愛した人間スコット・アンスラックスの魂がそこには立っており、彼女の視線に気がついたのか昔のように微笑んだ。

「……もう私たちの時代ではありませんが、貴方の意思を継ぎ……そして世界を救う勇者の助けになれたことを私は誇りに思います、愛しておりましたよスコット様……」
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