硝子の街

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硝子の街

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 僕が密かに『硝子の街』と呼んでいる、郊外の街があった。本当に寂れてしまい、ゴーストタウンと化していた。人の気配もなく、あるのはただ、氷に映された無音の世界だけだった。そこを歩く時は、どこからともなく寒気がして、心が冷え切ったナイフみたいに張り詰めてしまった。そんな、とても冷たい街だった。
 僕がそこへ通うようになった理由はただ一つ、孤独になる時間を作る為だった。図書室の隅で本を読んでいても、目を瞑ってても、体験できない静寂がそこにはあった。それはきっと、どこか他の世界からやって来たような、文字通りに魔法のような静寂なのだ。
 生き物の気配は全くなかった。動く影さえなかった。ただ、風の切るような唸り声と、街の奥深くで切れ間から差し込む太陽の光だけが、そっと、硝子の表面を彩るだけだ。僕は朽ち果てたビルの狭間の道を歩きながら、どうしてこんな風になってしまったのだろう、とふと思った。
 十年前にはそこには、たくさんの人々が住んでいた、と聞いている。音楽の、陽気な囁き声に満ち溢れ、人々の優しさと、慈しみ――そして、時には慟哭と怒りが、大きなトグロを巻いて、混濁としたカオスを具現化させていた。しかし、突然空から、大きな“垂れ幕”が降りてきて、その街を吞み込んでしまった。
 その闇が一体、何だったのか、僕は全く真相を知らないまま、このゴーストタウンへと足を運んでいた。けれど、こんな寂れた街の片隅にも、一輪の花が咲いていたり、鳥のさえずりが響いていたりと、微かな音が生まれて、雨露が破れたガラスの表面を叩き、それらが一つの旋律となって、響き渡った。
 ゴーストタウンにも、ただ、当たり前の日常が過ぎていった。呼吸をして、食事をして、夜は眠るような……そんな、当たり前のサイクルだ。硝子に映ったような静けさの中で、その冷たさを僕は愛することができた。教会を望むことができる広場のベンチに一人、腰掛けながら、サンドイッチの包みをバッグから取り出す時、本当にこの街を愛おしく感じた。
 こんなに素晴らしい街は、世界中のどこを探しても、見つからないはずだろう。僕の錯覚ではなく、体全体に感じている直観だ。僕が足跡を探す時、この街の地底で、生命が息づいていることを証明する何かがあった。数年後、数十年後、数百年後、――誰かがこの街を訪れた後に、僕の足跡を探し当てたなら、そこに巣食う、“何か”の息吹が聞こえてくるはずだ。
 だから、この『硝子の街』を、世界の片隅で見つけた、たった一つの宝物みたいに、大切に胸に仕舞い込んで、コンクリートの固さを靴の底にじっと感じ続けるだろう。そんな日々がいつまでも続いていくといいな、と僕は真ん丸に空いている教会の屋根の、穴の向こうに太陽を見つけて、微笑むのだった。
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