もふっとにゃ!

蜜りんご

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第1章 森の子ネコーお船へ行く

第14話 いったらっきみゃ!

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「ねえ! いただきますの合図は、またにゃんごろーがやってよ! あの可愛いヤツ、もう一回、聞きたい!」

 と、ミルゥが言ったので、にゃんごろーは再び大役を任されることになった。
 あの可愛いヤツと聞いて、まだ聞いたことのない三人のお年寄りたちも、ぜひ聞かせて欲しいと目を輝かせた。三人とも、すっかり孫を見守るおじいちゃんおばあちゃんの顔になっている。
 座ったままでいいよと言われたので、三枚重ねの座布団の端に腰掛けたまま、にゃんごろーは両手を差し出した。

「しょ、しょれれは、みにゃしゃん。おててを、らしてくりゃしゃい!」

 にゃんごろーの声に合わせて、テーブルの上にお手々の花が咲く。
 微笑ましく見守る視線と、高揚感に包まれた熱い視線が、子ネコーに注がれる。
 子ネコーは、視線の温度差には気づくことなく、元気な声で高らかに可愛い音頭を取る。

「おててのー、にくきゅーと、にくきゅーを、あわしぇてー……」

 ぽむっ、ぱんっと、肉球または手のひらが合わさっていく。
 初めてこれを聞く三人衆は、ゆるゆると頬を緩ませていった。

「いったらっきみゃ!」

 希望に満ち溢れた挨拶が響き渡り、みんながその発音をそっくり真似して唱和する。
 たくさんの「いったらっきみゃ!」の大合唱の後、部屋の中は笑い声で満ち溢れた。
 それを、きっとみんなも、ごはんが待ちきれなくて「いただきます」出来たことが嬉しいんだろうくらいに考えて、子ネコーはニコニコと用意された子供用フォークを手に取った。
 ネコーのお手々は、猫に比べればほんのちょっぴり指が長いのだが、人間には遠く及ばない。本来ならば、ネコーのお手々で自在にフォークを操るなんて不可能なのだが、魔法生物であるネコーは、魔法の力を使うことで、なかなか器用に道具を操ることが出来るのだ。
 いつか訪れるはずのこの日のために、長老に教わってフォークの使い方を練習していたにゃんごろーは、危なげない魔法さばきでフォークを手に持った。フォークを持っているというより、肉球に貼りつけているようにしか見えないのだが、本ネコーは人間のように手に持っているつもりになっていた。
 にゃんごろーは、肉球フォークを見下ろし、「むふん」と笑った。練習の成果が実を結んだことに満足しているようだ。それから、深呼吸をした。

「まじゅは、おやしゃいれ、こころを、おちちゅけて…………」

 子ネコーは、初めてのご馳走に我を忘れたりはしなかった。冷静な心で、何から食べ始めるのかを決めると、迷いのないフォーク筋で、くし切りのトマトをプスッと刺した。トマトは森の住処でもよく食べている。まずは、食べ慣れたもので、逸る心を落ち着けて、その先のメインディッシュを、じっくりとことん味わい尽くす作戦だ。
 それに、森のトマトとの味の違いにも、純粋に興味があった。
 にゃんごろーは、大きく開けたお口でトマトに食らいつくと、ゆっくりと味わった。

「ほぉ、こりぇは…………! トマトに、にゃにか、きゃきゃってる。おひしゃまを、ときゃしちゃみちゃいにゃの…………。しゅごく、おいしぃ」
「それは、ドレッシングだね! お野菜の味を引き立ててくれるんだよ!」
「ドレシュ…………」

 見慣れているはずのトマトには、オレンジ色のトロッとしたものがかかっていた。
 一体これは何だろうと、サラダの器の上でトマトを持ち上げて、しげしげと眺めていたら、隣からミルゥが教えてくれた。それは、ドレッシングというもので、大好きなトマトの味をさらに引き立ててくれるのだという。
 ドレッシングを零さないように気を付けながら、にゃんごろーは慎重にトマトを口へと運ぶ。あーん、と大きく開けた小さなお口へ迎え入れて、ドレッシングの力がどれほどのものか確認せねばとお口を動かす。
 お口をモグモグさせながら、子ネコーの瞳は輝きを増していった。感動のあまり全身の毛が逆立ち、尻尾がピーンとなる。
 お口の中のものをすっかり飲み込むと、にゃんごろーは手にしていたフォークをコトリとトレーの上に戻した。
 そして、シュッシュッシュッ、と両方のお手々を交互に天井に突き上げてから、両方を胸の前に降ろしてグッと体を丸め、それから。

「おいっしぃー! おひしゃまのドレシュれきからっちぇ! トマトら! もっと、すてきに、うみゃれかわっちゃー! ドレシュ、しゅごい! さいこー! らいしゅき!」

 感激のあまり、子ネコーは喜びの叫びと共に、両手をにゃーっと天井に向けて広げた。
 ドレッシングのかかったトマト改め、お日様のドレスを着たトマトは、子ネコーのお眼鏡にかなったようで、絶賛の大嵐だ。
 しばらくの間、そのまま感動に浸っていた子ネコーだったが、突然、ハッとしたように手を下ろすと、キョロキョロと心配そうにみんなの顔を見回した。

「はっ!? も、もしかしちぇ、にゃんごろー、おぎょうぎわるかっちゃ!? まだ、おひしゃまドレシュのトマトを、ひときれしか、ちゃべてにゃいのに、おいらされちゃう!?」
「あはっ! まあ、お店じゃないから、いいんじゃない? ここは、じーさまたちの部屋みたいなもんだし! じーさまたちもデレデレになっているし! 可愛いから、よし!」
「うんうん。こどもは元気が一番だからねぇ。このお部屋の中なら、これくらいは構わないよ」
「うーむ、この部屋なら、まあいいが。食堂でご飯を食べる時には、やったらいかんぞ。まあ、フォークを振り回したりしなかったのは感心じゃの」
「わ、わかっちゃ! きをつける!」

 お手々を激しく動かしたり、叫んだりと、お行儀が悪すぎて追い出されるのではないかと心配したが、 ミルゥとナナばーばは、笑いながら許してくれた。他のみんなも笑いながら頷いているので、まだ、ここでごはんを食べていてもいいようだ。長老だけは、保護者として少し渋い顔をしてみせたけれど、内心では子ネコーの喜びように満足していた。
 にゃんごろーは、ほぼ無意識とはいえフォークをトレーに戻した自分を褒めてやりつつ、フォークがなくても食堂ではやってはいけないという言葉を、心と頭に深く、深く刻み込む。
 美味しいごはんにありつき、最後まで味わい尽くすために必要なことは、にゃんごろーにとって、忘れてはならない最も重要な情報なのだ。

 さて、お食事続行のお許しが出て安心したにゃんごろーが次に手を付けたのは、キャベツと玉子のスープだった。その優しい味わいに、にゃんごろーはほっこりと顔を緩ませた。
 それから、パンに手を伸ばす。
 パンは食べたことがあった。たまに、長老がお土産に持ち帰ってくれるからだ。けれど、長老が持ってくるパンは、いつも潰れてぺしゃんこになっていた。それを軽く火にあぶって食べるのも香ばしくて美味しいのだが、焼きたては、ふわふわでまた違った美味しさがあると聞かされていたので、「お船で焼きたてふわふわパン」を食べるのをとても楽しみにしていたのだ。
 もう、手に持った瞬間から顔が笑み崩れていた。
 白くて丸いパンは、本当に柔らかい。羽で出来ているかのようだ。潰さないように慎重に一口分をちぎり取って口へ運ぶ。ふわふわやわらかいのに、どこかしっとりとしていて、ほんのり甘い。これなら、いくらでも食べられそうだった。さらに、これにバターをつけると、にゃんごろーに羽が生えてお空へと飛んで行ってしまいそうだった。

 そうして、いよいよ。
 メインディッシュのパリパリチキンステーキの出番がやって来た。
 長老は狩りよりも釣りの方が得意なので、いつもはお魚ばかりで、お肉はたまにしか食べられないのだ。それもあって、お肉はもう、お肉というだけで嬉しいのに、お船でお料理されたお肉だなんて、期待が高まり過ぎて胸が弾け飛んでしまいそうだ。
 ドキドキしながらチキンのお皿にフォークを伸ばして、脇にくし切りの黄色い果物が載っていることの気が付いた。これはなんだろうと気になって、フォークの先で果肉をツンツンしてから、フォークの先についた汁を嘗めて、「ぴゃっ」と叫んで体を丸めた。

「しゅ、しゅっぱーい!? にゃあに、きょれ?」
「あはは。それは、レモンだよー。お肉に汁を絞って食べると、さっぱりして美味しくなるんだよ。でも、まずは、何にもかけないでそのままで食べてみなよ」
「ほぉお…………?」

 また、ミルゥが教えてくれた。
 横目でチラリとミルゥのトレーを見ると、半分減ったお肉のお皿の上にひしゃげたレモンが載っていた。確かに爽やかないい匂いはしたけれど、あんな酸っぱい汁をお肉にかけたら、せっかくのお肉が台無しになったりしないのだろうかと思いつつ、まずはアドバイス通りにレモン汁をかけずにいただいてみることにした。
 チキンステーキは、食べやすい大きさに切り分けられていた。
 こんがりと焼けたトリさんのお肉。その一番端の一切れに、えいっとフォークを突き立てると、パリッと小気味いい音がした。
 なるほど、これがパリパリチキンステーキか、と感心しながら、涎の洪水が起きそうなお口の中にトリさんをご招待する。

「んんーーーー♪♪♪」

 フォークを刺したときと同じパリッとした歯ごたえの後に、ジューシィーな肉汁が溢れて、涎を洗い流していく。少し強めのお塩が、鶏肉の味を引き立てている。
 幸せの味がした。
 目を細め、美味しさに震えながら最初の一切れを食べ終える。頬っぺただけでなく、いろいろなものがにゃんごろーから転げ落ちていきそうだった。
 もう、これだけで完成した美味しさのように思える。
 残りのチキンステーキに、レモン汁をかけるべきか否か迷っていると、またミルゥが助け舟を出してくれた。

「次は、一切れだけにレモン汁をかけて食べてみて! 不安なら、端っこの方だけでもいいからさ! ミルゥさんはー、レモンはかける派だよ! レモン汁をかけた方が、絶対的に美味しい!」
「しょ、しょっか! ひときれだけにゃら…………。にゃんごろー、やっちぇみる!」

 にゃんごろーを助けてくれたトマトの女神様は、レモンをかける派だと聞いて、躊躇っていたにゃんごろーは俄然やる気になった。トマトの女神様に、絶対的に美味しいとまで言われてしまっては、試さないわけにはいかない。
 それに、チキンステーキは全部で四切れあった。つまり、あと三切れ残っている。一切れくらい、冒険をしてみてもいいだろう。レモン汁だけだと酸っぱすぎるけれど、チキンステーキと合わせたら、ちょうどよくなるのかもしれない。もしかしたら、ドレスを着たトマトのように革命的なことが起きるかもしれないのだ。
 にゃんごろーは意を決して、失敗だった時のダメージを最小限に抑えるために、一番小さい一切れにレモン汁をちょちょっと絞ってみた。
 ごくり、と涎ではなく生唾を飲み込んでから、恐る恐るレモンでドレスアップしたチキンを小さなパーティ会場へご招待する。
 レモンドレスのチキンは、にゃんごろーのお口の中で、心が躍るような爽やかで素敵なワルツを踊ってくれた。
 子ネコーは、心の中で大絶賛の拍手を贈り、それから拳を振り回した。さっきお行儀悪いと学習したばかりなので、あくまでも心の中だけの話だ。
 飲み込んだ後の余韻を楽しみながら、にゃんごろーは残りの二切れにも、レモンのお汁をギュギュっと絞りかけた。

「にゃんごろーも、レミョンは、きゃけるはに、にゃった。レミョンのドレシュは、トリさんによく、にあっていると、おみょう」
「本当!? それじゃあ、あたしたち、仲間だね!」
「う、うん! にゃんごろーとミルゥしゃんは、にゃかみゃ! うふふ」

 うっとりと呟くと、ミルゥが嬉しそうに笑いかけてきた。ミルゥに仲間だと言われて、嬉しくなって、にゃんごろーも笑った。
 ミルゥが仲間だと言ってくれたことも嬉しいけれど、そう言って嬉しそうに笑ってくれることも嬉しい。
 ほこほこと浮き立つ気持ちを落ち着けようと、にゃんごろーは優しい味のスープに手を伸ばした。
 コーンスープは夢中になる美味しさのスープだったけれど、こっちのスープにはこっちのスープの良さがある。ごはんと一緒に飲むのなら、こういう優しいスープの方がいいな、とにゃんごろーは思った。

 最初から最後まで、笑顔のままで食事を終えて。
 トレーの上のお皿が空っぽになった時には、すっかりお腹がポンポンになっていた。

「ごりりょーりゃみゃ…………」

 量が少ないだなんて文句を言っていたことも忘れて、すっかり満ち足りた気分で、大分怪しいご馳走様を告げると、にゃんごろーはお腹いっぱいの幸せそうな顔のまま、ゆっくりと後ろに倒れていき、三枚重ねの座布団の上に、ぽふりと仰向けに横たわる。
 たくさん走って、お風呂に入って、お腹いっぱいに美味しいごはんを食べて。
 限界を超えた子ネコーは、あっさりと睡魔に負けた。気持ちよさそうな寝息を立てている。
 にゃんごろーは、白の混じった明るい茶色の毛並みの子ネコーだけれど、お腹の毛は真っ白だった。洗い立てふかふかの、真っ白い毛並みが、寝息に合わせて膨らんだりへこんだりを繰り返している。
 ミルゥは、そのお腹にそっと手を伸ばして、優しく撫でてやった。

 こうして、夢見心地で始まった子ネコーのお船で夕ごはんタイムは、幸せな夢に包まれて、終わりを迎えたのだった。

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