もふっとにゃ!

蜜りんご

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第2章 子ネコーと長老のお船休暇

第44話 子ネコーの自販機デビュー

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 お風呂上がりのネコーたちとカザンがラウンジへ顔を覗かせると、ミルゥとナナばーばは、男湯からの出入り口付近のソファーで待ち構えていた。
 ソファーで、くつろいでいるのではない。
待ち構えていた。

 にゃんごろーがミルゥに気付いて、パッと顔を輝かせながら手を振ろうとした時には、ミルゥはもう、にゃんごろーの目の前にいた。
 にゃんごろーよりも早く、にゃんごろーの登場に気付いたミルゥは、光の速さですっ飛んで来たのだ。
 ナナばーばも、釣られたように立ち上がって、駆け寄ろうとした。けれど、すぐに我に返った。ラウンジには、他にもくつろいでいる人たちがいることを思い出したからだ。
 はしたない姿を見せるわけにはいかないと、一つ咳ばらいをして誤魔化すと、ギリギリ優雅さを保てる限界の速度で、ネコーたちの元へと向かう。
ナナばーばの視線の先でにゃんごろーは、ミルゥに頭上高く抱き上げられて「にゃはは」と楽しそうな笑い声をあげていた。
 ナナばーばが、みんなが集まる男湯出入り口付近に到着すると、にゃんごろーがミルゥに抱きかかえられたまま、手を振ってくれた。

「あ、ニャニャらーらも、おみゃたせー! ごみぇんねぇ。にゃんごろーたち、あわで、ブクブクあしょんでらから、おしょくなっちゃったにょ」
「あら、にゃんごろーが楽しかったなら、それでいいのよ」
「うん! たのーしかっちゃー!」
「あはは! にゃんごろーの笑い声、女湯まで聞こえてきたよ! あんまり楽しそうで、男湯に乱入したくなっちゃった! ナナさんに止められちゃったけど!」
「あたりまえでしょう! 気持ちは分かるけれど、さすがにそれは、自重してちょうだい」

 にゃんごろーを抱き上げたまま、豪快に笑い飛ばすミルゥを、ナナばーばが結構、本気で窘めた。どうやら、破廉恥目的ではない破廉恥行為が、敢行されそうになっていたようだ。
 カザンは背筋を凍えさせながら、その場にナナばーばがいてくれたことを深く感謝した。
 長老は、呆れた顔をしながらも、黙ってお胸の毛をなでなでしている。
 そして、ミルゥと向かい合う形で抱き上げられていたにゃんごろーは、というと。キリッとお顔を引き締めて、ミルゥのお顔にビシッと肉球を突きつけた。

「もう! ミルゥしゃん! そんなことしたら、ダメれしょ! はんしぇいして! めっ!」
「うっ! は、はい。反省しました。自重します!」

 常に毛皮を身に纏っているネコーたちには、男湯も女湯も関係ない気はするが、にゃんごろーはミルゥよりも、よっぽど倫理観がしっかりしているようだ。これも、長老の教えの賜物なのだろう。
 子ネコーに叱られたミルゥは、その愛らしさに息が止まりそうになりながらも、ちゃんと反省して、男湯への突撃を完全に諦めた。にゃんごろーと一緒にお風呂で遊びたい気持ちが消えたわけではないけれど、無理矢理実行して子ネコーに嫌われてしまっては元も子もないのだ。

 そうこうしている内に、脱衣所に置き去りにされたじーじたちが追い付いてきた。余程慌てていたのか、二人とも若干の衣服の乱れが見えるが、誰も何も指摘しなかった。
 遅れてきた理由を問うことすらせず、長老に促されて、一行は自販機の元へと向かう。
 じーじたちの怨嗟と絶望の叫びと、長老の楽しそうな笑い声はラウンジまで響いていたので、付き合いの長いナナばーばは、何があったのかざっくりと察していた。ミルゥに至っては、そもそも、じーじたちのことなど眼中になかった。
 にゃんごろーさえいれば、それでいいのだ。
 そのにゃんごろーも、通路まで叫び声が轟いてきた時には、さすがに何事かと動きを止めた。けれど、長老が楽しそうに笑っているし、カザンが「さんにんは仲がいいのだな」と呟いているのが聞こえてきたので、問題なさそうだと判断して、脳内『お風呂上がりの一杯が楽しみだな祭り』を再開したのだ。

「今回は、私がご馳走します。みんな、好きなものを選んでちょうだい。ああ、トマとマグは、御自分たちで、どーぞ」
「にょっほっほ。それじゃ、御馳走になるとしようかのー。ありがとうなー、ナナ」
「やっちゃー! ありあちょー、ナニャびゃーびゃ!」
「はーい。ありがとうございます」
「ご馳走になります」

 みんなが揃ったところで、ナナばーばがトンと胸を叩いて言った。
 お風呂に入る間にも、すでに同じ宣言をされていたので、みんな遠慮したりせず素直にお礼を告げていく。
 ネコー組は、もろ手を挙げての大喜びだったが、人間組はそうでもなかった。
 自腹組のじーじたちは、もちろん渋い顔だが、ミルゥも奢ってもらう立場の割には、何処か残念そうな顔だ。奢ってもらうよりも、自分がにゃんごろーにご馳走してあげたいというのが本音なのだ。
 カザンだけは、いつも通りの涼しそうな顔をしていた。ミルゥと同じ気持ちも、もちろんあるが、今はワクワクと胸をときめかせているにゃんごろーを見ているだけで満足だった。
 ミルゥに抱き上げられたまま、にゃんごろーはキラキラと自販機を見つめている。

「おーきいはきょのにゃかに、ちーしゃいはきょが、いっぱい、はいっちぇる……。いろんなおいろの、ちーさいはきょ……。こりぇが、じひゃんき……。ここきゃら、イチロミルキュがでてくる……ふしぎ……」

 自販機初体験の子ネコーは、眺めているだけでも楽しいようだ。
 使い方は、お風呂でレクチャーを受けていた。自販機で飲み物を買うには、お金が必要だということも聞いていた。

「さあ、最初はにゃんごろーからよ。どれにするのか、決めてあるの?」
「…………うん! あのね、にゃんごろーは、イチロミルキュにしゅる!」

 ナナばーばが、右腕に嵌めている銀のブレスレットを自販機に翳しながら、にゃんごろーに優しく尋ねた。自販機からは、ピッと音がしたが、にゃんごろーは気が付かなかったようで、ナナばーばの方にお顔を向けると、嬉しそうに答えた。
 自販機には、果物のジュースやお茶なども並んでいる。果物のジュースにも、物凄く心が惹かれる。けれど――。
 風呂上がりに飲む冷たいものと言ったら、ミルクに決まっている!――という、長老からの教えを、にゃんごろーも実践すると決めていたのだ。ラウンジの自販機には、四種類のミルクが用意されていた。普通のミルクとイチゴミルク、フルーツミルクとコーヒーミルクの四種類だ。長老のお気に入りだというフルーツミルクも気になっていた。けれど、にゃんごろーは迷わず、イチゴミルクを選んだ。今朝食べた、イチゴジャムの魅惑の甘さが忘れられなかったからだ。

「あら、いいわね。私もそれにしようかしら。ふふ、このピンクの箱がイチゴミルクよ。その下にあるボタンを押してみて」
「にゃんごろーが、おしちぇもいいにょ?」
「もちろんですよ。さあ、どーぞ」
「はわぁ……」

 ナナばーばが、イチゴミルクのボタンを指し示し、ミルゥがにゃんごろーの体を自販機に近づけてくれた。にゃんごろーは、ドキドキしながらボタンへと手を伸ばし、肉球をペタリと押し当てる。ボタンは、子ネコーの小さなお手々にピッタリのサイズだった。
 ミルゥに抱きかかえられていなくても、宙に浮かんでいられるのではというくらい浮き立った気持ちで、にゃんごろーは肉球の先に力を込める。
 ゴトゴトン、と何かが落ちる音が、自販機の下の方から聞こえてきた。
 ボタンを押したら、下の取り出し口にお目当ての品が出てくるということは聞いていたけれど、思ったよりも大きな音がして、少しだけびっくりして、ビクッと体を震わせてしまった。
 にゃんごろーの反応に笑いながら、ミルゥがかがんで、にゃんごろーを取り出し口の傍まで降ろしてくれる。ただし、子ネコーを抱える手は離さない。
 恐る恐る、取り出し口の中に、両方のお手々を入れるにゃんごろー。冷たくて硬くて四角いものが肉球に当たった。
 ドキリ、と胸が高鳴る。
 魔法の力も使って、子ネコーは上手に四角い箱を自販機から取り出した。
 子ネコーの肉球と肉球の間には、ピンク色の箱がしっかりと挟まっている。
 イチゴの絵が描かれた、ピンクの箱。
 紙パックのイチゴミルク。

「はわぁ……。こりぇが、イチロミルル……」

 キラキラウルウルのお目目で紙パックを見つめながら、にゃんごろーはゴクリと唾を飲み込んだ。飲み込んだ端から、どんどん涎が溢れてくる。イチゴミルクを飲む前に、涎でお腹がいっぱいになってしまいそうな勢いだった。

「さ、にゃんごろーをお待たせしてはいけませんからね! みんな、サクサク選んでちょうだい」

 生唾をゴックンしながら自販機を見上げていた長老以外は、みんな子ネコーの愛らしい様子に見入っていたけれど、ナナばーばにパンパンと手を鳴らされて正気に戻った。
 その意見に異論はないので、言われた通り、各自飲み物を手に入れていく。
 何を選ぶかは、みんな心に決めていた。

 長老は、お気に入りのフルーツミルク。
 両手で大事そうにフルーツミルクの黄色い箱を抱える長老は、子ネコーに負けず劣らずのホクホク顔だ。
 他のみんなは、全員、同じものを選んだ。
 にゃんごろーとお揃いの、イチゴミルクだ。
 みんなも、ホクホクと嬉しそうだ。
 嬉しそうなのだが――。

 イチゴミルクの箱を手に、幸せそうにしている大人たちを見ながら、長老は心の中でこっそりと呟くのだった。

『途中で売り切れとったら、血を見たかもしれんのー』

 ――――と。


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