もふっとにゃ!

蜜りんご

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第2章 子ネコーと長老のお船休暇

第43話 取り残された人たち

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 一悶着は、ありつつも。
 子ネコーは無事、ドライヤー魔法練習を終えて、いよいよ本番となった。
 にゃんごろーは、キリッとお顔を引き締めて、濡れ髪のカザンに向き直る。

「おみゃたせしみゃしちゃ! しょれれは、ニャニャンしゃんのおかみを、にゃんごろーのまほーれ、かわきゃしていきみゃしゅ! よろしる、る!」
「ああ。よろしく頼む」

 にゃんごろーが、ドライヤー魔法開始の挨拶をする。お顔はキリッとしているし、声もしっかりしているけれど、緊張からか発音は微妙だった。
 カザンは、にゃんごろーがやりやすいようにかがむと、頭を子ネコーの方へ差し出した。
 にゃんごろーは、カザンの頭に両方のお手々を翳して、スゥと息を吸う。
魔法の歌が、始まった。

「つやつや、しっとり、ニャニャンしゃんのおきゃみ♪ なぎゃーいおきゃみも、まきゃしぇて、バッチリ♪ こネコ―のまほー♪ まほーのドラーイアれ、しゅぱっ♪ にゃるぅーん♪ いいきゃんじぃ~♪」
「…………ん、すごいな。あっという間に乾いたぞ? しかも、自分で乾かすよりも、髪のまとまりがいいような……」
「ふーむ? ただ乾かすのではなく、ちゃんと髪質に合わせているようじゃの?」
「んん?」

 子ネコーはすっかり、ドライヤー魔法を極めてしまったようで、本番もバッチリ大成功だった。普通に乾かすよりも時間がかからない上に、仕上がりもプロの美容師並みだ。カザンが一房を手に取って、しっとりしつつもサラッとした手触りに驚いていると、長老も近寄ってきた。光沢のある髪の毛を、しげしげと見つめながら感心している。
 意図してやったわけではないのか、子ネコーはふたりの言葉に不思議そうに首を傾げた。ふたりが何に対して感心しているのか分かっていなようで、お目目をパチパチしている。

「分かってやっているわけでは、ないようじゃのー……」
「ん? にゃにが?」
「なんでもないぞい。上手に出来とる」
「ああ。次もまた、頼みたいくらいだ」

 ストレートな誉め言葉をもらって、子ネコーはパァッと笑顔満開になった。自分では、上手くできたつもりだったのに、思っていたのとは少し違う反応が返ってきて、かといって不評というわけでもないようで、一体どうしたのかと、内心そわそわしていたのだ。
 長老に褒められたのも嬉しいけれど、カザンに「次も頼みたい」と言われたことは、なんだか一人前だと認められたようで、とりわけ嬉しかった。
 有頂天すぎて、全身の毛が羽に生まれ変わって、お空の彼方へふわりと飛んで行きそうな気分だ。

「ほんちょー!? えへへー! まきゃしてー! あしちゃも、いいきゃんじに、かわきゃしてあげりゅね!」
「ああ。ありがとう、にゃんごろー」

 すっかり、その気になった子ネコーが、ドンと胸を叩いて、カザンからの頼みを請け負った。子ネコーとサムライの間で、めでたく契約が結ばれたようだ。
 にゃんごろーは小さなお顔が分解しそうなくらいに満面の笑みを浮かべていたけれど、カザンもまた、今日一番の笑顔を見せていた。
 子ネコ―が喜んでいるのを見ているだけでも嬉しいのに、“明日の約束”までしてしまったのだ。髪を長くしていてよかったと、カザンは心の底から思った。

 明日も子ネコーと触れ合える喜びを噛みしめながらも、カザンは手早く衣服を身に着けていった。
 風呂の後は、ラウンジで女性陣と合流することになっているのだ。
 通常であれば、女性の方が、時間がかかりそうなものだが、シャワーの際に泡で遊びまくったせいで、少し遅くなってしまった。ミルゥはともかくとして、ナナばーばを待たせてはならないと、カザンは支度を急ぐ。
 何やら騒がしい声が聞こえてくる浴場に方へチラリと視線を走らせながらも、カザンは手早く衣服を整えると、髪をまとめ始める。

「この後は、ラウンジで風呂上がりの冷たい一杯じゃ。長老は、フルーツミルクじゃ。楽しみじゃのー」
「うん! たのしみ! えへへー。まほーも、りょーるにれきたしー。しゅばらしい、いっぴゃいに、にゃりしょー!」
「ああ、そうだな。ところで、長老殿……」

 お風呂の後には、更なるお楽しみが待っていた。
 ラウンジに集合して、みんなでお風呂上がりの冷たい飲み物を楽しむ予定なのだ。
 昨日は、夕ごはんの前だったので、ラウンジには寄らなかったのだ。
 だから、これが、にゃんごろーの『お風呂上がりの一杯』初体験となる。
 魔法を成功させた達成感に包まれながらの格別な一杯になりそうな予感に、子ネコーはだらしなく頬を緩ませた。お顔を緩ませたまま、にゃんごろーは待ちきれないとばかりに小躍りしながら、髪を括っているカザンと外への出入り口の間を行ったり来たり、行ったり来たり。幸いにも、脱衣所には、他の利用者はいなかったし、新たに誰かがやって来ることもなかったため、不幸な衝突事故は起こらずに済んだ。
 カザンは、そんなにゃんごろーを目で追いつつ、指を急がせ。何事かを長老に尋ねようとしたのだが、それを遮るようにガラリと大きな音を立ててドアが開いた。
 脱衣所と浴場を繋ぐドアだ。

「あ。じーじたち……」

 子ネコーが小躍りを止めて、ポカンとお口を開けた。
 ドアを開けたのは、今まさにカザンが話題にあげようとした人物たち、いつの間にか脱衣所から姿を消していた二人、トマじーじとマグじーじだった。
 二人とも、頭のてっぺんからつま先まで、ずぶ濡れだった。
 にゃんごろーは、お口を開けたまま、一体どうしたのだろうかと首を傾げた。
 にゃんごろーが、魔法で自分の体を乾かしている時、二人は脱衣所にいたはずだった。体の方は拭き終えていて、タオルで頭をゴシゴシしながら、魔法を成功させたにゃんごろーを褒めてくれた。カザンが、にゃんごろーに自分の髪の毛も乾かしてほしいとお願いした時には、髪の短い二人の頭は、ほとんど乾いていた。
 それなのに、どうして――?
 と、子ネコーは疑問を溢れさせるが、むしろだからこそ、といえた。
 カザンとにゃんごろーのやり取りを聞いたじーじたちは、こう思ったのだ。

 ――なに、ソレ。羨ましい。

 心の底から、二人は仲良くそう思った。
 なのに、自分たちの頭は、ほぼ乾いてしまっているのだ。ならば、明日こそ……とはならなかった。
 なぜなら、二人は。
 今すぐに、望みを叶えてもらえる方法を思いついてしまったのだ。
 そう。乾いてしまったのなら、もう一度、濡らせばいい――、と。

 にゃんごろーが長老で練習している間に、二人は牽制し合いながら浴場へ向かった。カザンの次は自分の番だと、お互いの邪魔をしながら頭からシャワーを浴び、やっぱりお互いの足を引っ張り合いながら、子ネコーが待っているはずの脱衣所へと向かい。
 そうして、今まさに舞い戻ったところなのだ。

「にゃんごろー!」
「次は、ワシを……」
「にょっほっほっ。ほい、ほいっとな」

 辛うじて残っていた僅かばかりの理性により、びしょ濡れのままで脱衣所まで足を踏み入れることは思いとどまっていたが、ドアを開けたまま、お互いを押しのけるように醜い争いを続ける二人が、みなまで言い終える前に長老が動いた。
 あんまり子ネコーを調子にのらせては教育に悪いと考えたのか、単なるいたずら心が発動したのかは分からない。
 分からないが、長老は。
 二人に向かって、もふもふお手々を、ひらひらッと振った。
 びしょびしょだった二人の体は、あっという間にサラッと乾燥する。してしまう。

「あ!?」
「な!?」
「にょほ。長老たちは、先にラウンジに行っとるからのー。あんまり、遅れんようにのー」

 二人が、ならばもう一度とシャワーに向かう前に、長老は抜かりなく釘を刺した。
 次にずぶ濡れになったら、自分たちでタオルとドライヤーで乾かす羽目になるだけだという現実を突きつけると、早くラウンジへ行きたくて、そわそわしているにゃんごろーの背中をそっと押した。

「行くぞー。にゃんごろー」
「うん! りゃあ、またあとれね、じーじたち!」

 なんだかよく分からないけれど、じーじたちは後から来るらしいということだけは理解した。にゃんごろーは二人に向かって手を振ると、長老に連れられて、振り返ることなく出て行ってしまった。
 だって、もう、待ちきれないのだ。
 乾杯をするのは、みんなが揃ってからだとしても、早く自販機の元へと行きたかった。
 何を選ぶのかは、実は、もう決めてある。
 それでも、早く自販機のところへ行きたかった。
 じーじたちは、「ああ~」と嘆きながら縋るように手を伸ばしたけれど、子ネコーを呼び止めることはしなかった。
 初めての『お風呂上がりの一杯』が楽しみ過ぎて、ワクワクが止まらない様子の子ネコーを引き留めるなんて無粋な真似は、とても出来なかった。

 脱衣所には、じーじたちだけが残された。
 ふたりについて行くべきか、二人を待つべきか迷っていたカザンも、チラッと振り返った長老に手招かれると、あっさりと二人を見捨てた。わなわなと震えている二人に軽く頭だけ下げて、ネコーたちの後を追って、通路の向こうへと消えていった。
 カザンも、わなわなと震えている二人に軽く頭を下げると、ふたりの後を追って姿を消してしまう。

 そうして、だから。
 脱衣所には、素っ裸のじーじたち二人だけが、取り残された。
 体だけは、サラッと爽やかに乾いているじーじたちは、暑苦しく叫んだ。
 にゃんごろーを引き留められなかった代わりに、じーじたち的に諸悪の根源である長老への苦情を叫びにのせた。

「ル、ルドルー!!」
「おまえというヤツはぁー!?」
「にょっほっほっほっほー♪」

 二人の絶叫は、通路まで轟いてきた。
 その間を、すり抜けるようにして。
 長老の楽しそうな笑い声が、廊下を弾むように駆け抜けていくのだった。
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