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30、景の熱
しおりを挟む理人の部屋に帰宅し、ようやく二人きりになった。
この一週間、心も身体も酷使して、ぐったりと疲れ切っていたけれど、理人の脳はまだ妙な興奮状態であるらしく、そわそわと落ち着かない。
だが、景はどことなく体調が悪そうだ。美園と相対したことに、ひどく疲弊しているに違いない。ややふらつき気味な景の身体を支え、ベッドにそっと座らせた。
「大丈夫か? 疲れたよな」
「……いや、大丈夫。ちょっと熱っぽいだけで」
「ほら、具合悪くなってるんじゃん。ちょっと横になって、休んでてよ。なんか飲むだろ?」
「うん……」
景は素直に理人の言葉に従って、のろのろとジャケットを脱いでベッドに横たわった。そして腕で目元を覆いながら、「はぁ……」と深いため息をついている。
何を飲ませようかと考えながら、理人はキッチンで湯を沸かす。コーヒーよりは日本茶がいいだろうか。理人が食器棚を開けたてしていると、景が不意に顔をこちらに向けた。
「寝てろって。すぐお茶……」
「ねぇ、理人……」
「ん?」
景は白い頬を熱に染め、どころなくとろんとした目つきでこちらを見ている。後で熱を測ってやらないと……などと考えながら、理人はマグカップを準備していた。
だが、景のもの悲しげなこんな問いかけに、理人はぴたりと手を止める。
「俺のこと……軽蔑した?」
「え……? 軽蔑? なんで」
「美園みたいなやつに、踊らされてさ……バカみたいだろ。結局、俺がつかまされていた情報は、あいつが好き勝手に捏造したものだったんだ。……簡単に騙されるなんて」
「景……」
理人はベッドに駆け寄り、ベッドサイドに跪いた。そして、しっとりと汗をかいている景の額を撫で、首を振る。
「そんなわけないじゃん。悪いのは全部あいつだ」
「……でも」
「それに、騙されてたのは景だけじゃない。この国の人間全員だ。色々あったけどさ、結果的にあいつらを闇に葬ることができたんだから、俺は、これで良かったんじゃないかなって思うよ」
「……そう、かな。でも、それでも……理人のご両親は戻っては来ないし、高科さんだって……」
「景」
熱が上がっているのか、だんだん呂律があやしくなり始めた景の頬を、理人は両手で包み込んだ。
そして、そっと、唇を重ねる。
景の唇はしっとりと濡れていて、そしてとても熱かった。
「過去は過去だ。もう、変えられないよ」
「……ん」
「でも、俺は景を取り戻せた。これからはずっと、景と一緒に居られるんだよ? それだけでもう、俺は幸せ」
「理人……」
その言葉に、景の表情がふわりと緩む。
きらきらと潤んだ蜂蜜色の瞳は、瞬きさえ躊躇われるほどに美しく、魅入らずにはいられない。いつになく無防備な表情で理人を見上げるとろけた表情に、どきどきと胸が高鳴った。もっと触れたい、もっと気持ちを確かめ合いたいと、突き動かされる。
「ふ……ぅ」
もう一度、景の唇にキスをする。これまで何度か景とセックスをしたけれど、今日の景はひどく従順で、妖艶だった。クールな表情で理人を愛撫する余裕など、今は微塵も見られない。ただただ、理人の舌に甘えるように舌を差し出し、甘い吐息を漏らすばかりだ。
そして理人は、ようやく気がついた。
「景……お前、ヒートなんじゃないの?」
「え……?」
「ここんとこバタバタしてたし、仕事もあったし、フェロモンの計測忘れてたんじゃないのか? 薬だって、飲んでるとこ見たことないし……」
「あ……そういえば……」
景は毎日フェロモン値を計測し、唐突なヒートに陥らないよう体調を管理していた。だが、この一週間というもの、二人はとにかく忙しない時間を過ごしていた上、景は普通に仕事もしていた。体調について気を回す余裕などなかったのだろう。
熱っぽい身体を持て余し、気怠げな吐息を漏らす景の色気は、たまらなくセクシーだ。普段、あまり隙を見せてはくれない景が、こんなにもあられもない表情をさらしている。
景は同じオメガだと分かっているのに、じわじわと理人の全身までもが昂ぶってくる。
理人はごく……と息を飲んだ。
「はぁ……だから、こんな……。理人、抑制剤、わけてくれないか……?」
「……薬なんて、飲まなくていいよ」
「いや……でも」
「なぁ、景。……俺、景を抱いてもいいかな」
「……え」
思わず口にしていた素直な願望に、景が潤んだ目を瞠っている。それだけの表情の変化でさえ身悶えしたくなるほどに愛らしく、むずがゆいような気持ちになった。
「理人が、俺を……?」
だが、景はどことなく怯えたような表情で、小さく目を伏せてしまう。理人はハッとした。
「あっ! ごめん……!! あの、でも……でももし、あのゲス野郎のせいで、抱かれるのなんて無理って言うんなら、全然いいんだ! ごめん、急に変なこと言っ……」
「い、いや、そういうんじゃなくて……」
熱い指先が、理人の頬に触れる。理人は思わずそこに手を添え、景の言葉の続きを待った。
「……俺……ヒートの時とか、理人を抱くことばっかり考えながら……自分でしてたから……」
「え? う、うん……」
「だからその……考えたこともなくて。理人に、抱かれるとか……」
「い、嫌だったら……はっきり言ってくれよ。俺、挿れる方とかしたことないし、お前みたいにうまくできないと思うし……」
「ううん」
景は微笑んだ。
もし理人がアルファであったら、その笑顔の愛らしさに、今すぐ景を襲っていたことだろう。それほどまでに景の甘えた表情は可愛くて、理人の中に潜んでいた雄の部分に火をつける。
「……いいよ、抱いてよ」
「ほ、ほんとに……? 嫌じゃない?」
「嫌なわけないだろ。でも、下手だったら上下交代だからな」
「……ばか、ハードルあげんなよ」
いたずらっぽく笑う景に、理人は笑顔でキスをした。するりと景の腕が首に回って、ぐっとベッドに引っ張り上げられる。
そのまま景を組み敷く格好になり、理人は上から景の顔をじっと見つめた。
どことなく気恥ずかしげに理人を見上げる景の全身からは、甘い花の蜜ような香りが漂い始めている。こんな時だが、これがヒート時のオメガフェロモンなのかと、その芳しさに改めて感嘆する。
こんなにも色っぽいオメガが、甘い香りを発して誘っている。オメガフェロモンへの感受性が強いアルファが平気でいられるわけがないと、初めて理解できたような気がする。
「……見過ぎ。何?」
すると景が、ちょっと怒ったような顔で理人を睨む。理人は笑って、景のネクタイとワイシャツを緩めはじめた。
「景ってさ」
「ん……?」
「ほんと、綺麗……だよな」
「なっ、……なんだよ、藪から棒に……」
「ううん、思ったから言っただけ。……子どもの頃から、そう思ってたから」
「……そう、なんだ」
シルバーのネックガードがキラリと光る。景のほっそりとした首筋に、それは本当によく似合う。
今は同じものが、理人の首筋にも装着されている。必要に迫られて、あの日ばたばたと着けてもらったネックガードだが、今はすっかり理人の体温にも馴染み、昔からそこにあったかのように感じるほどだ。
景のシャツの前を開けてしまえば、しなやかな肉体の美しさにため息が漏れる。理人はそっと、慈しむように景の肌に手のひらを滑らせた。
「ん……はぁ……っ……」
「きれいだな……すごく」
「ぅっ……ン……」
「景……」
たまらず、その肌に唇を寄せる。
しっとりと汗で濡れ、吸い付くようななめらかさをたたえた景の素肌は、唇にとても心地いい。
キスを落とすたびに、ぴく、びくん、と身体を震わせる景のいじらしさが可愛くて可愛くて、理人はいつしか夢中になって、景の肌を暴き始めていた。
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