異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第四章 苦悶、そして復讐

三、迷いに墜ちた千珠

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「まだ千珠は目を覚まさぬのか?」
と、光政は振り返らずにそう尋ねた。
「はい……」

 舜海は眉根を寄せたまま、応じる。

「あいつの苦しみに気づいてやれなかった罰が……今やってきたのだろうか」
「あまり自分を責めるなよ、兄上。そのうちひょっこり目を覚ますかもしれない」
と、留衣が兄を慰める口調でそう言うと、光政は妹を振り返り微笑んだ。

「様子を見てこよう」
 光政は自ら、千珠のもとを訪れる。


 伏せられた長い睫毛が、日を追うごとに影を増しているような気がする。
 このまま目を開けないのではないかという恐怖に、襲われる。

 ——目を開けてくれ。また俺に無礼なことを申してみよ。

 光政は無意識のうちに千珠の手を握り締めていた。

 細く、微かに熱をもった千珠の手。
 か細い鈎爪が、光政の手に一筋の赤い糸を引いた。

「なんで千珠はこんな状態に……?」
と、後ろから舜海が光政に声をかける。

「こいつは、ずっと人間と鬼の血に葛藤していたのだ。……しかし、俺との契約ゆえに人を殺さざるを得なかっただろう?それゆえ、迷って苦しんで……俺がここまで千珠を追いつめていたのだな」

 そう話す光政の声が、微かに震えた。

「殿のせいやない。我々皆が、勝利をこの細っこい鈎爪にすがりすぎたんや」
「しかし、千珠をここへつれて来て、契約を迫ったのは俺だ」
「僧兵に殺されかけていたのを救ったのは殿やないか。そして契約を承諾したのも千珠自身。殿が一身に気を病むことはなかろう」
「悪いが……二人にしていてくれないか。俺も少し、気持ちの整理をしたい」
「分かった」

 舜海は頭を軽く下げると、千珠の寝所を後にした。

 光政は千珠の額に手をおいた。髪の毛をかきあげてやり、千珠の瞼と唇に触れてみる。

 暖かく、柔らかい。以前と変わらぬ千珠の肉体。
 しかし心はここにはなく、今は恐らく深い夢の中。


 ——どんな夢を、見ているんだ……?


 平和な夢なら、このまま寝かせておいてやるほうがいいのかもしれない。光政はふとそんなことを考えた。
 もう苦しむこともない。その手を血に濡らすこともない。


 ——それならいっそ、永遠にこのままでも……。


 光政は頭の中にふと閃いた不穏な考えを打ち消すように、固く目を瞑った。
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