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第四章 苦悶、そして復讐
六、断ち切る
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父に背中を押されると同時に、千珠は夜闇に引き戻され、意識は急激に時空を越えた。
目を開くと、そこは写し絵の中あった薄暗い社の中だった。あたりには誰もおらず、不気味なほどにしんとしている。
——あそこで見た通り、合戦へ……。
いてもたってもいられなかった。
千珠は血の匂い辿り、古社から飛び出し戦場へと全速で駆ける。
✿
男たちの雄叫びと悲鳴、地を踏み鳴らす轟音が近い。
山間を駆け抜け、吉野川を背に繰り広げられている合戦場に飛び出した千珠はひときわ高く跳躍し、合戦場のど真ん中にひらりと降り立った。
突如地に降り立った千珠の姿に、敵も味方も動きを止めた。ふわり、と千珠の周りに涼やかな風が巻き起こり、土埃を巻き上げる。
味方の兵からは、「千珠さまだ!」「生きておられたのか」などと声が上がり、東軍の兵たちからは、「白珞鬼だ! 英嶺山の奴らは何をしている!?」「しかしこのような子鬼ならば、我々の力でも……!」などとざわめきが聞こえてくる。
千珠は辺りを見回すと、手近な兵を捕まえて尋ねた。
「総大将はどこにいる?」
「か、風上におられるとのことです!!」
足軽兵らしき若い兵は、上ずった声でそう応じた。まだその後ろ姿しか拝んだことのなかった千珠に突然声をかけられて、完全に泡食っている様子である。
「お前が鬼族の生き残りとやらか!? 殺された仲間の恨み、ここで晴らしてくれるわ!」
高らかな声とともに、馬に乗った大柄な男が進み出てきた。
黒縅の厳しい鎧を纏い、居丈高な口調をする壮年の男である。
「我が名は中津川長兵衛! 東軍連合の要である!」
「……わざわざ名乗ってくれるとは、人間の戦は分かりやすくて良いものだな」
刀を振りかざして馬を駆り、一直線に斬りかかって来る武者を睨め付ける千珠の目が、ぎらりと光る。
千珠は軽く地を蹴り、中津川長兵衛に向かって跳んだ。
すれ違いざまに鉤爪を振るうと、がしゃん、と呆気なく武者の首が地に落ちて転がる。主を失った馬はそのまま何処かへ走り去ってしまった。
一瞬のことに、周りで刀や槍を振り回していた男たちの動きがぴたりと止まる。
「ここは任せるぞ!」
その場の大将を討ち取ったということになど毛頭興味はないといった様子で、千珠は掻き消すように姿を消した。
残された敵兵たちは、千珠の圧倒的な強さと、目にも止まらぬその動きに呆然としている。
千珠の存在に鼓舞された西軍が東軍を落とすのに、そう時間はかからなかった。
✿ ✿
風上へと旋風のように走っていると、また合戦の場面に行き当たった。
土煙で灰色に染まった世界の中、ひときわ鮮やかな緋縅の鎧が目に飛び込んでくる。光政だ。
千珠は数珠を外して懐へ収めると、宝刀を抜いた。
宝刀を唸らせ、光政の周りに群れる敵兵を一振りで薙ぎ払うと、ふわりと身軽に地面に降り立つ。
千珠の妖気があたりの土埃を吹き飛ばし、鮮やかになった色彩の中に、白い衣と銀色の髪がきらめいた。
そこにいた全ての兵が、呆然と千珠の登場を見守った。光政も状況が把握できない様子で、呆気に取られて目を見開いている。
「せ、千珠……?」
「見れば分かるだろ。それより、留守中の青葉に東軍の海賊が攻め入ろうとしている。早く誰かを戻したほうがいいぞ」
「な、何だと? それは誠か?」
光政は尚も驚きを隠せない様子でありながら、表情を引き締めて辺を見回す。
「舜海、行け! お前の軍勢なら足が速い。青葉を頼んだぞ!」
「おう!」
舜海は片手を挙げて自らの軍勢を率いると、その場を離れ始めた。
「俺も行こう。海賊はやっかいだからな」
と、千珠は雪崩込むように斬りかかって来る鎧武者をひらりひらりと舞うように蹴り飛ばしながら、そう言った。
「お前……もう大丈夫なのか?」
光政が心配そうな目を向ける。
「平気だよ。心配をかけてすまなかったな」
千珠はそう言うなり宝刀を逆手に持ち替え、背後の敵を貫いた。
「戦は油断禁物だぞ。殿」
そう言って、千珠は不敵に微笑む。
「……はは、お前らしくなってきた」
光政は安心したように笑うと、表情を引き締めた。
「俺の国を頼むぞ。お前が行くならなんの心配もないだろうがな」
「ああ、安心しろ。先に京で待っていてやる」
千珠はそう言い残すと、その場からふっと消えた。敵軍から、またひときわざわめきが上がる。
光政は人知れず安堵の笑みを浮かべ、刀を振り上げた。
「皆見たか! 千珠が戻った!! 我々には軍神がついている! 恐れず進め!! 勝利は我らのものだ!!」
光政がそう叫ぶと、西軍の兵から雄叫びが上がる。
士気に満ち溢れた西軍の兵に、東軍の兵士たちは後退りを始めた。
「全軍、進めーーーーっ!!」
目を開くと、そこは写し絵の中あった薄暗い社の中だった。あたりには誰もおらず、不気味なほどにしんとしている。
——あそこで見た通り、合戦へ……。
いてもたってもいられなかった。
千珠は血の匂い辿り、古社から飛び出し戦場へと全速で駆ける。
✿
男たちの雄叫びと悲鳴、地を踏み鳴らす轟音が近い。
山間を駆け抜け、吉野川を背に繰り広げられている合戦場に飛び出した千珠はひときわ高く跳躍し、合戦場のど真ん中にひらりと降り立った。
突如地に降り立った千珠の姿に、敵も味方も動きを止めた。ふわり、と千珠の周りに涼やかな風が巻き起こり、土埃を巻き上げる。
味方の兵からは、「千珠さまだ!」「生きておられたのか」などと声が上がり、東軍の兵たちからは、「白珞鬼だ! 英嶺山の奴らは何をしている!?」「しかしこのような子鬼ならば、我々の力でも……!」などとざわめきが聞こえてくる。
千珠は辺りを見回すと、手近な兵を捕まえて尋ねた。
「総大将はどこにいる?」
「か、風上におられるとのことです!!」
足軽兵らしき若い兵は、上ずった声でそう応じた。まだその後ろ姿しか拝んだことのなかった千珠に突然声をかけられて、完全に泡食っている様子である。
「お前が鬼族の生き残りとやらか!? 殺された仲間の恨み、ここで晴らしてくれるわ!」
高らかな声とともに、馬に乗った大柄な男が進み出てきた。
黒縅の厳しい鎧を纏い、居丈高な口調をする壮年の男である。
「我が名は中津川長兵衛! 東軍連合の要である!」
「……わざわざ名乗ってくれるとは、人間の戦は分かりやすくて良いものだな」
刀を振りかざして馬を駆り、一直線に斬りかかって来る武者を睨め付ける千珠の目が、ぎらりと光る。
千珠は軽く地を蹴り、中津川長兵衛に向かって跳んだ。
すれ違いざまに鉤爪を振るうと、がしゃん、と呆気なく武者の首が地に落ちて転がる。主を失った馬はそのまま何処かへ走り去ってしまった。
一瞬のことに、周りで刀や槍を振り回していた男たちの動きがぴたりと止まる。
「ここは任せるぞ!」
その場の大将を討ち取ったということになど毛頭興味はないといった様子で、千珠は掻き消すように姿を消した。
残された敵兵たちは、千珠の圧倒的な強さと、目にも止まらぬその動きに呆然としている。
千珠の存在に鼓舞された西軍が東軍を落とすのに、そう時間はかからなかった。
✿ ✿
風上へと旋風のように走っていると、また合戦の場面に行き当たった。
土煙で灰色に染まった世界の中、ひときわ鮮やかな緋縅の鎧が目に飛び込んでくる。光政だ。
千珠は数珠を外して懐へ収めると、宝刀を抜いた。
宝刀を唸らせ、光政の周りに群れる敵兵を一振りで薙ぎ払うと、ふわりと身軽に地面に降り立つ。
千珠の妖気があたりの土埃を吹き飛ばし、鮮やかになった色彩の中に、白い衣と銀色の髪がきらめいた。
そこにいた全ての兵が、呆然と千珠の登場を見守った。光政も状況が把握できない様子で、呆気に取られて目を見開いている。
「せ、千珠……?」
「見れば分かるだろ。それより、留守中の青葉に東軍の海賊が攻め入ろうとしている。早く誰かを戻したほうがいいぞ」
「な、何だと? それは誠か?」
光政は尚も驚きを隠せない様子でありながら、表情を引き締めて辺を見回す。
「舜海、行け! お前の軍勢なら足が速い。青葉を頼んだぞ!」
「おう!」
舜海は片手を挙げて自らの軍勢を率いると、その場を離れ始めた。
「俺も行こう。海賊はやっかいだからな」
と、千珠は雪崩込むように斬りかかって来る鎧武者をひらりひらりと舞うように蹴り飛ばしながら、そう言った。
「お前……もう大丈夫なのか?」
光政が心配そうな目を向ける。
「平気だよ。心配をかけてすまなかったな」
千珠はそう言うなり宝刀を逆手に持ち替え、背後の敵を貫いた。
「戦は油断禁物だぞ。殿」
そう言って、千珠は不敵に微笑む。
「……はは、お前らしくなってきた」
光政は安心したように笑うと、表情を引き締めた。
「俺の国を頼むぞ。お前が行くならなんの心配もないだろうがな」
「ああ、安心しろ。先に京で待っていてやる」
千珠はそう言い残すと、その場からふっと消えた。敵軍から、またひときわざわめきが上がる。
光政は人知れず安堵の笑みを浮かべ、刀を振り上げた。
「皆見たか! 千珠が戻った!! 我々には軍神がついている! 恐れず進め!! 勝利は我らのものだ!!」
光政がそう叫ぶと、西軍の兵から雄叫びが上がる。
士気に満ち溢れた西軍の兵に、東軍の兵士たちは後退りを始めた。
「全軍、進めーーーーっ!!」
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