異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

文字の大きさ
53 / 339
第二幕 ー呪怨の首飾りー

五、妖しい贈り物

しおりを挟む
 千珠はその部屋の襖を、両側に大きく開いた。
 夜闇が忍び込む暗い部屋の中には、献上された着物や反物、陶磁器、楽器や武具などが並んでいる。その中に、ひときわ異様な空気を放つ黒漆塗りの螺鈿細工の箱が目に止まる。

 千珠はゆっくりと近づくと、その箱に触れようと手を伸ばしかけた。その時。
「待て!」
 舜海の鋭い声が響き渡り、千珠はぴたりと手を止める。振り返ると、舜海が硬い表情でその箱を睨み付けていた。

「その箱からは、激しい怨念を感じる。お前は触らんほうがええ」
「怨念だと?」
「これは梅園の義父から紗代様に贈られた装飾品やな。身内を呪うなんてことはないやろうし……誰かが紛れ込ませたんかもしれへん。誰も触ったらあかんで」
 外に数人の兵達が集まっていたため、舜海は彼らにそう言い付けると、もう一度箱を見下ろした。
 艶やかに磨き上げられた黒漆に、螺鈿細工の蝶があしらわれた美しい箱だ。ちょうど、女が両掌を広げたのと同じくらいの大きさである。

「彼らに確認するか」
 千珠は腕組みをしてそう言った。
「せやな。まず殿に報告や。宴会の途中やろうがしょうがない。あっちは何も起こってないな?」
「はっ! 騒ぎにはなっておりませぬ」
「分かった。千珠はここにいろ」
「おう」
 舜海は光政たちの宴席へと向かい、千珠は少し離れた場所から、不穏な匂いを放つその箱を見張ることになった。
  




 大広間では華やいだ空気で、紗代の家族は久々の再会を喜び、新しく生まれた赤子の話で大いに盛り上がっていた。光政も盃を片手に、そんな親戚たちに笑顔で付き合っている。 留衣は光政のすぐそばに座っているが、無理に笑顔をこしらえている様子がありありと伝わってくるような、引きつった笑顔である。留衣は貴族の物腰が苦手なのだ。
 
「殿」
 舜海はそっと光政の傍へゆくと、今し方の事柄を耳打ちをした。光政はちょっと眉を寄せたが、すぐに笑顔に戻ると舜海に目配せをし、その場から下がらせた。
「ところで義父上、あの螺鈿細工の箱には一体どんな宝物が収められているのです?」


 紗代の父親は、梅園有道 うめぞののありみちという男である。紗代とは似ても似つかぬ平凡な風体の男だった。
 しかし優しげな雰囲気を持ち、子や孫たちにはとても懐かれる存在であった。光政は、そんな有道が呪われた品物を自分達に送りつけてくるとは到底思えず、努めて穏やかにそう尋ねる。

「あれは宋の商人から買い付けたものでな、一族の繁栄を約束すると言われる首飾りなのだ。とても美しい石が埋め込まれておって、きっと紗代も気に入ると思い運ばせたものだよ」
 義父は屈託の無い笑顔でそう言った。心底そう信じて光政に献上したのだろう。
「ええ、とても美しい石でしたわね。見ているだけで吸い込まれるような」
と、紗代が普段見せぬような柔らかな笑顔でそう言った。
「お前、もう見たのか」
「ええ、殿が参られる前にお土産の品は全て改めさせていただきましたので」
「そうか……」

 光政は、胸騒ぎがし始めるのを感じていた。舜海たちの言うことが正しいのであれば、紗代に何か悪い影響をもたらすに違いない。
 ひいては自分や光喜にも……。

「久方ぶりにそんなに酒を飲んで、どうもないか?」
 光政の問に紗代は首を傾げ「まさか、お酒で我を失うわたくしではありませぬ」と、微笑む。
「そうだったな。……すまぬが所用にて少し席を外させていただく、ゆるりと寛がれよ、義父上」
「ありがたいこと。そうさせていただくよ」

 あくまでも家族水入らずの場を勧めるかのように、光政は穏やかな口調と笑みをその場に残し、そっと宴の席を離れた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...