異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第三幕 ー厄なる訪問者ー

十九、宇月の知識

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 先に城に戻っていた千珠は、湯浴みをした後、仕置部屋に向かった。

 舜海のしつこい愛撫に疲れ果て、眠る時間を与えられなかった千珠の足取りは重い。妖力を封じられると、体力まで落ちるようだ。

「おはようございます、千珠さま」

 部屋の外に座っていた柊が、千珠に気づいてそう言った。

「おはよう。昨日からずっとここに?」
「いえ、夜の間は留衣さまがここで。先ほど交代いたした」
「そうか。様子は?」
「夜の間はうとうとしてたみたいやけど、ずっと調べ物してます。妙な動きはありませぬ」
「俺の身体に変化がないってことは、成果もないってことかな……」

 千珠は伸びをしながら大欠伸をした。柊は何度か瞬きすると、

「珍しい、眠たそうですね。千珠さまが欠伸をなさるとは」と、心底珍しそうにそう言った。
「……どうも体力まで落ちるらしい。これからはありがたく力を使わなくちゃな」
「ちょっと寝てください。その様子じゃ一日もたへんで」
「そうだな……その前に、こいつの話を聞いておく」

 千珠は仕置部屋の扉を開けた。宇月は一心不乱に書物を読み、たまに紙に何かを書き付けていた。千珠の気配に気づく様子もない。

「おい」

 千珠が呼びかけると、宇月はびくっと肩を揺らして振り返った。

「あ! お、おはようございます」

 慌てて宇月は手をついて頭を深く下げ、ささくれた畳の床に這いつくばる。千珠は狭い部屋に座り込むと、宇月と向き合い片膝を立てて座った。
 宇月は真正面にある千珠の美しい顔をちらりと見ては、頬を赤らめ目を逸らす。

「成果はあったか?」
「いいえ……。でも、ちょっとよろしいですか?」
「ん? ああ」

 千珠は胸を開けると印を見せた。宇月は顔を近づけてその印をじっと見つめ、手印を結んで小声で何やら唱え始めた。 すると、"封"の字が薄く光を湛え、影のようなものがすっと千珠の身から離れる。

「消えないぞ」
「妖力を解放する術を使ったのですが、封印術のほうが強いので、完全には解放できないのでございます。でも! 今日日暮れまでには封印は解けまする」
「本当か?」
「はい、この様子ならば」
「そうか」

 千珠はほっとしたように息をついた。宇月は、もじもじとなにか言いたそうに千珠をちらちら見ていた。千珠はそんな視線に気づき、首を傾げる。

「あの、今朝は気がうまく流れておいでですね。昨日は少し、流れが乱れておいででしたが……」
「そんなことが分かるのか?」
「はい。陰陽師はあらゆるものの気道を読むことができるので」
「ふぅん。では、知っているのか? 白珞族のことを」
「はい……人間と共存をする珍しい種族ということで、我々の中ではよく知られておりまする」
「共存、しないやつもいるのか?」
「はい、本能に任せて血肉を求める俗悪な鬼が大半ですし、ほとんどは魔境に棲まうため人の世には出てこれぬのです。しかし、稀に道が通じてしまうことがあり、人に仇なす妖鬼が現れた時、我々陰陽師がそれらを封じるのでございます」
「ふうん……」

 客観的に自分の種族を語る宇月が、千珠には珍しく、興味を惹かれた。自分の知らないことも、宇月はよく知っているようだった。

「恐れながら、あなたは半妖でございますね? ひと月のうちに妖気が淀むような感じをもつことはありませぬか?」
「……ああ、あるな」

 人の姿となる満月の前の晩は、どうも気の持ちようがよくなく、舜海を喰らう夢を見たりするのであった。

「今日の千珠さまは気の流れも良く……あ、すみませぬ、無駄口を」
「いや、いい。俺はあまり自分のことを分かっていないようだ。お前の知っていることは全て知りたい」

 宇月は正座しなおすと、少し戸惑いがちに頷いた。戸口の外では、柊も二人の話に耳を傾ける。

「その珊瑚の数珠と耳飾り……妖力を抑えるものですね?」
「そうだ」
「里の方々に、しっかりと守られておいでだったのですね。それがなければ、あなたはうまく力を使えなかったでしょう」
「……」

 この二つの装身具は、千珠が物心ついた頃からすでに千珠の身についていた。母親や長老たちの顔が、ふと脳裏に浮かんでは消える。

「ただ、お数珠の方ですが、少し力が弱まっておいでのようです。あなたの成長に伴い、妖気が強くなっているご様子。それだけでは抑えきれていないと思われます」
「それでお前に勘づかれたのか」

 千珠は手首を見た。二重に巻かれた赤い珊瑚の数珠は、白い肌の一部のように当たり前のようにそこにあった。

「はい……今後、無益な戦いを避けるためにも、もう少し力の強いものを身につけられたほうがよいかと」

 宇月は自分の荷の中から小さな巾着袋を取り出し、中から小さな白い石の並ぶ数珠を取り出した。

「これは、都で使っている法具の一つです。これをそのお数珠と併せればよいでしょう」
「ふうん……今は触りたくない代物だな」
「妖気が戻られましたら、試してみてくださいませ」

 宇月は微笑んだ。千珠は初めてこの女の笑った顔を見た。丸顔で童顔のその女の笑顔は、どことなく今は亡き花音に似ているような気がした。

 千珠がこの国に迷いこんで、初めて懐いてくれた少女。

 ほっこりしかけてしまった千珠は、慌てて気を引き締める。この女が、まだ間者であるという疑いが晴れていないのだということを肝に銘じて。

 しかし、どうも気が抜けてしまったらしい。千珠は強い眠気を感じて少し頭を振った。それに気づいた柊が、戸口の向こうから声をかける。

「千珠さま、もうお休みになってくださいよ。今日は剣の稽古もないですし」
「ああ、でも寝てしまうと……」
「この隣の部屋で寝てたらええやないですか。俺ずっとここにいますから」
「そっか……じゃあ、そうさせてもらう」

 千珠はふらりと立ち上がり、仕置部屋の奥にある、見張りの兵が屯する小部屋に移ると、すぐに寝入ってしまった。何も無い殺風景な四畳半の一部屋である。柊はそんな様子を見届けると、再び廊下に座り込んだ。

「また舜海やな……」

 柊はそう呟くと、宇月の方を窺う。宇月は気遣わしげに千珠のいた辺りを見つめていた。

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