異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第五幕 ー荒ぶる海神ー

一、柊の苦労

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 宇月が猛烈に不機嫌な顔で、朝餉をとっている。
 その斜め横で、頬を赤く腫らした千珠は、仏頂面で握り飯をぱくついていた。

 千珠は、城の台所の横にある十畳間で、忍衆の者たちと車座になって食事を摂るのが日常であった。

 柊が忍頭になってからは、千珠も正式に忍衆にその身を置いている。その駿足、嗅覚、強さ、どれをとっても隠密向きであると考えていた柊の判断である。

 そして千珠は、忍としての仕事の合間を縫って、柊の祖父、つまり先々代の忍頭に修行をつけてもらうようになっていた。
 それは主に精神的な部分と、気の流れを自ら把握し操作するための修行である。肉体的な部分を鍛えるのではなく、自らの内面と向き合う作業であり、千珠にとってそれはなかなか辛いものでもあった。


 千珠は忙しかった。
 きな臭い争いの場へ出向いて争い事の鎮圧をすることもあれば、他国に密偵として渡ることもあった。それ以外の時間は、青葉の国近辺の見廻り、沿岸部の不審船の取締りなどと、動くことが多い立場であった。
 更に、その合間を見て先代との修行である。城で眠る日は、死んだように深く眠った。

 舜海のことを思い返す間を与えないかのように、柊は千珠をこき使った。しかし、千珠にはそれがありがたかった。
 忙しさに紛れて、舜海への気持ちを思い返さない。そうすることで、千珠の心の平安を保っているのである。

 満月の夜は、柊、宇月と共に過ごしている。
 宇月に様々な知識を与えられながら、客観的に人と妖について学んでいるのである。
 千珠の視野は広くなり、くよくよと考えこみがちだった自分の思考も変わってきたと感じている。
 
 しかし、乾きを感じることは幾度もあった。
 その度、千珠は迫ってくる女を抱いた。千珠が誘いを断らないという噂は、港町や城下町でも少しずつ広がり、千珠に近寄る女は増えていたのである。来るものは拒まなかった。

 しかし、どうしても女たちと唇を重ねることには抵抗があった。しかも、仕事と修行で疲れているから、行為の後はさっさと一人で寝てしまう。その上、翌朝には相手の女のことを忘れてしまうという体たらく。

 千珠の浮名は広まっていたが、同時に冷たい、酷い男であるということも同時に広がっていったため、一時期よりは女たちの夜這いも下火にはなっている。

 本人はそのことにはあまり頓着しなかったが、忍頭である柊は、千珠のそういった目立つ行動には眉を寄せているのである。
 舜海のいない寂しさをそうやって埋めているのは目に見えて明らかであり、柊はそれを諌めることもできないでいるのだ。
 
「まったくもう、いい加減にしてくださいまし!」

 忍衆が千珠を囃し立て、千珠はそれを聞き流しているという状況を、柊が注意するにしかねている横で、宇月は大声を出した。

 皆がびくっとして宇月を見る。宇月は食べ終えた椀などを重ねながら、とても不機嫌な顔で千珠を睨む。

「女の方を連れ込んだ挙句怒らせて、裸でうろつかれては、こちらも気を使ってしょうがありませぬ!」
「俺が連れ込んだんじゃないって言ってるだろ。夜這われたんだから仕方ないだろう。だいたいあれは誰だ」
「……仕立屋の成子でしょう。代々ここの道着や忍装束を仕立てている一家ですよ。千珠さまの背丈がまた伸びたから、忍装束を新しく仕立てさせたのです」
と、淡々と山吹がそう言った。

「……大方、それを届けに来た時に千珠さまの所まで忍び込んだのでしょう。成子は色好みで、見目のいい男に惚れっぽいので」
「……ふうん」
と、千珠。

「詳しいですね、山吹」
と、そこにいた竜胆が言った。
「……長い付き合いですので」

 千珠はため息をついて、宇月をちらりと見た。宇月はまだ不機嫌な様子のまま、さっさと椀を井戸端に運んでいく。

 柊もため息をつく。

「そういうことならしゃあないけど……。まぁ千珠さまも、あんまりおいたはせんことですよ」
「分かってるよ」

 千珠は諦めたようにそう言うと、その場に残っている他の食器をひょいひょいと集めて立ち上がる。

「……宇月には一応謝っとく」
と言い残して座敷を出て行った。

「まったく、油断も隙もない」
と、柊がぼやく。

 竜胆はそんな柊を見てくすりと笑うと、

「頭は千珠さまの父親みたいですね」と言った。
「あほ。大体お前、しっかり千珠さま見張っとかんかい! 相方のお前が止めろっていっつも言ってるやろ」
「いててててて!」

 やつあたりとばかりに柊に頬をつねられ、竜胆が大騒ぎをする。


 忍衆は、二人組で見廻りや警護にあたることになっている。
 竜胆は、千珠が鬼の力を発現した姿を目撃したことのある、数少ない忍の一人であったため、千珠と組んでいるのだ。 

 竜胆は忍衆の中でも足が疾く、ある程度千珠についていけるのは彼だけだということもある。

 二人は年も同じであり気も合っていたため、柊はことあるごとに千珠の無茶を諌めるように命じてきたものの、
「そんなこと言ったって、城では僕も干渉しないことになってるんだから、しょうがないじゃないですか」
と、竜胆は悪びれもせずそう言った。公私混同はしないということらしい。

「……あんまり目立ってもらって困んねんて」

 柊は腕組みをして仏頂面をするが、他の忍衆たちは笑っている。

「ええやないか、柊かて、千珠様くらいの時はあんなんやったで」
と、年長者である鷹見たかみがそう言った。

 齢四十五ほどの小柄な男で、さほど身体能力は高くないが頭がよく、変装などの細工を得意としている忍の頭脳である。柊の相談役でもある男だ。

「最近はさっぱり落ち着いてしもてるけどな」
と、鷹見はにやりとした。
「俺は忙しいんや、女と遊んでる暇はないねん」
と、柊はむっとした顔でそう言い返す。
「頭、そんなら千珠様のこと言えませんね」
と、竜胆。

「……五月蝿い五月蝿い、もうええわ。俺からしっかり言い聞かすわ」

 柊は蝿でも払いのけるような仕草をして、二人の言葉を切る。

「……」 

 山吹は淡々と床を手拭いて拭き、後片付けに勤しんでいた。 
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