163 / 339
第一章 都へと呼ばわれ
三、勅令
しおりを挟む
「またですか」
修行の後、光政に呼び出された千珠は、仏頂面でそう言った。光政は肘置きに半身をもたせかけ、肘をついて苦笑している。
「都には、神祇省もあれば陰陽師だってたくさんいるじゃないか。何で俺が毎度毎度……」
千珠は渋い顔で腕を組み、ぼやく。
「単に千瑛殿が千珠さまに会いたいんでしょうね」
と、横に控えた柊がさらりとそう言う。光政もため息混じりに頷いた。
「うーん、まぁ、そんな気配はするがな……。でもしかし、これまた勅令だ。帝のお言葉であるぞ」
「あの方なら、帝を使って千珠さまを呼ぶくらい、訳ないでしょうな」
と、柊はまた言い難いことをさらりと言うものだから、
「お前はなんということを」
と、千珠は柊を軽く睨む。
「今まで見てきた事実を申し上げたまでです」
「……」
「まぁ、佐々木猿之助の件は、どこの国も警戒している。奴は危険人物だからな……。しかしどこを一番護らなければならぬかということは考えるまでもない。帝のおわす都なのだ」
「殿は俺に行けって言ってるんだな」
と、千珠。
不貞腐れている千珠に向けて、光政は困ったような笑みを浮かべるが、その表情はどこか甘い。
「まぁ、勅令だからな。この国は手薄になるが、仕方ないだろ?」
「じゃあ殿から断ってくれよ。青葉が手薄になるからってさ」
千珠はどこまでも面倒臭そうな口調だ。隣で柊がにやりと笑う。
「何や、今回はえらい嫌がるんですね。お父上や弟君に会えるいい機会なのに」
「……そりゃ、そうだけど」
「舜海に自分から会いに行くみたいになるのが、嫌なんですか?」
と、柊はまた言わなくてもいいことをさらりと言ってのけた。
千珠はじろりと柊を見上げる。
「そんなんじゃない。俺がわざわざ都まで毎回行かなくてもいいくらい、向こうにしっかりして欲しいだけだ」
「ふーん。まぁ、それはそうですね。……しかし舜海のやつ、二年でと言いつつ帰って来うへんな。もう弥生やというのに」
柊は千珠の冷たい視線を避けるように、あさっての方向を見ながら、ふとそんなことを言った。
「そういやぁ、そうだな」
と、光政も言う。
舜海がここを発ったのは、二年前の暮れの頃だ。本来ならばそろそろ帰還の知らせが届いてもいい頃なのに、一向に何の連絡もない。
千珠にとって、それは確かに気がかりの一つではあった。
舜海には会いたい。しかし、待ちわびているというような態度を見せるのは癪だ。
だから柊の言う通りで、この時期に都へ行くことには抵抗があった。まるで早く帰ってきて欲しいから迎えに来た、みたいな格好になるのが嫌なものだから、意地を張っているのである。
光政はぽんと膝を打ち、決定を下す。
「とにかく、柊と二人で都へ行ってくれ。勅令には逆らえないからな」
「……分かったよ。全く面倒な」
千珠はしぶしぶ返事をした。
「今回は俺だけですか?」
と、柊。
「伊予の国の件で、まだここらは少しざわついているからな。他の忍は置いていけ。ここがあまりに手薄になるのも困る」
「わかりました。宇月は?」
「宇月には、少し違う仕事を既に命じてあるところなのだ」
「へぇ」
千珠は初耳だったので少し驚いた。そういえば宇月に最近会っていない。
「まぁ、必要とあればそれが終わってから都へ行くように言うが……」
光政の言葉の最後に、宇月の声が重なる。
「今回は遠慮させていただきます」
千珠と柊が振り返ると、宇月が大量の書物山積み抱えて現れたところだった。宇月はふらふらとそれを光政の脇に置くと、ふうと汗を拭う。
「都には業平様もいるのですから、私が今回わざわざ出向くことはないでしょう」
千珠は、数カ月ぶりにきちんの宇月を見た。少し髪が伸びており、ほんの少しだけ、前にあった時よりも大人びて見える。……大人びてと言っても、もう十分大人なのだが。
「今は千珠さまのお世話を焼いている暇もあまりないですし……」
「お世話っていうな」
千珠が口を挟む。
「ま、二人ならばすぐに着くやろうし、準備して今夜発ちましょう」
と、柊。
「分かった」
光政と宇月は話があるというので、千珠と柊だけがその部屋を後にする。
千珠はなんとなく宇月のことが気にかかり、光政の部屋から宇月が出てくるのを、少し離れた場所で待っていた。
しばらくして出てきた宇月は、先ほどと同様に大量の書物を抱えている。千珠は近寄ると、その書物を軽々と抱え上げた。
突然目の前から書物が消えたことに驚いた様子で、宇月が目を瞬かせて千珠を見上げる。
「まぁ、千珠さま。……ありがとうございます」
「色々と、仕事が多いんだな」
「ええ。舜海さまがおられないので、妖関係のものはすべて私が処理しているのです」
「言ってくれれば、俺も出張ったのに」
「あなたが出てくるまでもない小物ですから」
「ふうん」
「二年とちょっとぶりでございますね、都は」
「ああ」
「ようやく、舜海様にも会えますね」
「うん……まぁ、そうなんだけど」
宇月の視線を下から感じつつ、千珠はぽりぽりと頬を掻いた。
「いないことにやっと慣れてきたってのに、こっちからわざわざ迎えに行くようなのは癪だなと思ってさ」
「ふふ、意地っ張りなことで」
「五月蝿い。なぁ、お前も行かないか?」
「え?」
千珠は、少し心細そうな目で宇月を見る。宇月は、そんな千珠の表情に吹き出した。
「なんで笑う」
「全くもう、千珠さまは頼みごとがお上手で」
「じゃあ……」
「いいえ、それとこれとは話が別でござんす」
即座に断られた。
「今回は、私がいなくてもきっと大丈夫でございますよ。この二年で、千珠さまは随分と大人になられましたもの」
「そうかな」
「ええ」
千珠は、少し嬉しそうに笑を浮かべた。
「でもさ、同じ城にいるのに、お前に会ったのは数カ月ぶりだ。宇月も都へ行けば、しばらく一緒に行動できるじゃないか」
「……千珠さま、そんなに私と一緒にいたいのですか?」
宇月は、その直球な台詞に照れたように頬を染めながら、そう尋ねた。千珠は自分の放った言葉の意味を反芻してようやく理解すると、赤面しつつそっぽを向く。
「いや別に、そういうわけじゃ……」
「ふふ、舜海様が戻れば、また寂しくなくなりますよ」
「違う。それとこれとはなんか違う、ような気がする。……よく分からないけど」
千珠は言葉に窮し、そのまま何も言わずに宇月と別れた。
修行の後、光政に呼び出された千珠は、仏頂面でそう言った。光政は肘置きに半身をもたせかけ、肘をついて苦笑している。
「都には、神祇省もあれば陰陽師だってたくさんいるじゃないか。何で俺が毎度毎度……」
千珠は渋い顔で腕を組み、ぼやく。
「単に千瑛殿が千珠さまに会いたいんでしょうね」
と、横に控えた柊がさらりとそう言う。光政もため息混じりに頷いた。
「うーん、まぁ、そんな気配はするがな……。でもしかし、これまた勅令だ。帝のお言葉であるぞ」
「あの方なら、帝を使って千珠さまを呼ぶくらい、訳ないでしょうな」
と、柊はまた言い難いことをさらりと言うものだから、
「お前はなんということを」
と、千珠は柊を軽く睨む。
「今まで見てきた事実を申し上げたまでです」
「……」
「まぁ、佐々木猿之助の件は、どこの国も警戒している。奴は危険人物だからな……。しかしどこを一番護らなければならぬかということは考えるまでもない。帝のおわす都なのだ」
「殿は俺に行けって言ってるんだな」
と、千珠。
不貞腐れている千珠に向けて、光政は困ったような笑みを浮かべるが、その表情はどこか甘い。
「まぁ、勅令だからな。この国は手薄になるが、仕方ないだろ?」
「じゃあ殿から断ってくれよ。青葉が手薄になるからってさ」
千珠はどこまでも面倒臭そうな口調だ。隣で柊がにやりと笑う。
「何や、今回はえらい嫌がるんですね。お父上や弟君に会えるいい機会なのに」
「……そりゃ、そうだけど」
「舜海に自分から会いに行くみたいになるのが、嫌なんですか?」
と、柊はまた言わなくてもいいことをさらりと言ってのけた。
千珠はじろりと柊を見上げる。
「そんなんじゃない。俺がわざわざ都まで毎回行かなくてもいいくらい、向こうにしっかりして欲しいだけだ」
「ふーん。まぁ、それはそうですね。……しかし舜海のやつ、二年でと言いつつ帰って来うへんな。もう弥生やというのに」
柊は千珠の冷たい視線を避けるように、あさっての方向を見ながら、ふとそんなことを言った。
「そういやぁ、そうだな」
と、光政も言う。
舜海がここを発ったのは、二年前の暮れの頃だ。本来ならばそろそろ帰還の知らせが届いてもいい頃なのに、一向に何の連絡もない。
千珠にとって、それは確かに気がかりの一つではあった。
舜海には会いたい。しかし、待ちわびているというような態度を見せるのは癪だ。
だから柊の言う通りで、この時期に都へ行くことには抵抗があった。まるで早く帰ってきて欲しいから迎えに来た、みたいな格好になるのが嫌なものだから、意地を張っているのである。
光政はぽんと膝を打ち、決定を下す。
「とにかく、柊と二人で都へ行ってくれ。勅令には逆らえないからな」
「……分かったよ。全く面倒な」
千珠はしぶしぶ返事をした。
「今回は俺だけですか?」
と、柊。
「伊予の国の件で、まだここらは少しざわついているからな。他の忍は置いていけ。ここがあまりに手薄になるのも困る」
「わかりました。宇月は?」
「宇月には、少し違う仕事を既に命じてあるところなのだ」
「へぇ」
千珠は初耳だったので少し驚いた。そういえば宇月に最近会っていない。
「まぁ、必要とあればそれが終わってから都へ行くように言うが……」
光政の言葉の最後に、宇月の声が重なる。
「今回は遠慮させていただきます」
千珠と柊が振り返ると、宇月が大量の書物山積み抱えて現れたところだった。宇月はふらふらとそれを光政の脇に置くと、ふうと汗を拭う。
「都には業平様もいるのですから、私が今回わざわざ出向くことはないでしょう」
千珠は、数カ月ぶりにきちんの宇月を見た。少し髪が伸びており、ほんの少しだけ、前にあった時よりも大人びて見える。……大人びてと言っても、もう十分大人なのだが。
「今は千珠さまのお世話を焼いている暇もあまりないですし……」
「お世話っていうな」
千珠が口を挟む。
「ま、二人ならばすぐに着くやろうし、準備して今夜発ちましょう」
と、柊。
「分かった」
光政と宇月は話があるというので、千珠と柊だけがその部屋を後にする。
千珠はなんとなく宇月のことが気にかかり、光政の部屋から宇月が出てくるのを、少し離れた場所で待っていた。
しばらくして出てきた宇月は、先ほどと同様に大量の書物を抱えている。千珠は近寄ると、その書物を軽々と抱え上げた。
突然目の前から書物が消えたことに驚いた様子で、宇月が目を瞬かせて千珠を見上げる。
「まぁ、千珠さま。……ありがとうございます」
「色々と、仕事が多いんだな」
「ええ。舜海さまがおられないので、妖関係のものはすべて私が処理しているのです」
「言ってくれれば、俺も出張ったのに」
「あなたが出てくるまでもない小物ですから」
「ふうん」
「二年とちょっとぶりでございますね、都は」
「ああ」
「ようやく、舜海様にも会えますね」
「うん……まぁ、そうなんだけど」
宇月の視線を下から感じつつ、千珠はぽりぽりと頬を掻いた。
「いないことにやっと慣れてきたってのに、こっちからわざわざ迎えに行くようなのは癪だなと思ってさ」
「ふふ、意地っ張りなことで」
「五月蝿い。なぁ、お前も行かないか?」
「え?」
千珠は、少し心細そうな目で宇月を見る。宇月は、そんな千珠の表情に吹き出した。
「なんで笑う」
「全くもう、千珠さまは頼みごとがお上手で」
「じゃあ……」
「いいえ、それとこれとは話が別でござんす」
即座に断られた。
「今回は、私がいなくてもきっと大丈夫でございますよ。この二年で、千珠さまは随分と大人になられましたもの」
「そうかな」
「ええ」
千珠は、少し嬉しそうに笑を浮かべた。
「でもさ、同じ城にいるのに、お前に会ったのは数カ月ぶりだ。宇月も都へ行けば、しばらく一緒に行動できるじゃないか」
「……千珠さま、そんなに私と一緒にいたいのですか?」
宇月は、その直球な台詞に照れたように頬を染めながら、そう尋ねた。千珠は自分の放った言葉の意味を反芻してようやく理解すると、赤面しつつそっぽを向く。
「いや別に、そういうわけじゃ……」
「ふふ、舜海様が戻れば、また寂しくなくなりますよ」
「違う。それとこれとはなんか違う、ような気がする。……よく分からないけど」
千珠は言葉に窮し、そのまま何も言わずに宇月と別れた。
12
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる