204 / 339
第六章 引き受けるもの
七、信頼
しおりを挟む
復興と後始末に追われ、あっという間に一週間が過ぎていた。
さすがにこれ以上引き止めておくことができないと判断した業平は、その日の晩に千珠たちを送り出す宴を開くことを決めた。
明日、千珠達は青葉へと帰ることとなったのである。
「宴なんて……いいですよ」
千珠と業平は、まだ手入れが行き届いていない庭を歩いていた。少し離れて、佐為もついてきている。
あちこちに瓦礫が残る中、金色の鯉がいる池へとやって来た。朱塗りの橋は無傷で残っていたものの、中島に生えていた松の木は葉がちりちりに焼け焦げ、みすぼらしい姿になってしまったことを恥じらっているように見える。
千珠は濁った池を見下ろして、その下をすいすいと動き回る鯉たちの色彩を目で追っていた。
「俺はそういうの、苦手だし……」
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。厳島での借しではお釣りが来るくらい、あなた方には世話になったのだ」
「……でも」
「忍のお二人だって、都を守護する巨大な結界術"十六夜"を破壊しようとしていた輩を全て見つけてくださったのですよ。きちんと礼を言わずして、帰せませぬ」
「うーん……」
「いいじゃないか、千珠」
と、業平の横で涼しげにそんな事を言うのは佐為である。
「宇月だって、久しぶりの土御門邸なんだ。それに、舜海を送り出すという意味もあるし」
「そりゃあ、そうだけど」
「じゃあ、そういうことで。僕は皆に準備させてきますね」
と、楽しげな声を出し、さっさと佐為は行ってしまった。千珠はため息をつく。
「まぁ、いいか」
「しかし……あなた方が帰ってしまうと、寂しくなりますな」
業平はいつになくしんみりとそう言った。
「たまには、顔を見せに来てくださいね」
「……業平殿、どうしたんですか」
「いいえ……かつての友を二人も失って、少し感傷的になっているのかもしれませぬ」
「そうですか……」
千珠は業平の淋しげな横顔を見上げた。
「藤之助がどこかで生きているというのは、私にとっても喜ばしいことだ。今回のこと、本当にありがとう」
業平は千珠に向き直ると、丁寧に一礼した。千珠は慌てて、
「そんな、今回のことは俺が勝手に……」と業平の頭を起こさせようと肩に触れる。
業平は顔を上げると、千珠の目を真っ直ぐに見つめた。
「君が人の世に迷い込んでくれて、良かった」
「業平殿……」
業平はぽん、と千珠の頭に手を置いた。
ごつごつとした、暖かな手。重たいものを沢山抱え、涙を隠して仲間を斬り、都を守護するために辛い選択を繰り返してきた、陰陽師衆棟梁の手。
「これからも、我々陰陽師衆は君のために動く。何かあったら、いつでも頼っておいで」
「……はい」
千珠は胸の中がじんわりと熱くなるのを感じた。業平の自分を見つめる瞳の中に、はっきりと信頼が見えたからだ。
「ありがとう、ございます」
千珠は深く頭を下げた。業平の手が、暖かかった。
足元で、鯉の跳ねる音が軽やかに響く。
さすがにこれ以上引き止めておくことができないと判断した業平は、その日の晩に千珠たちを送り出す宴を開くことを決めた。
明日、千珠達は青葉へと帰ることとなったのである。
「宴なんて……いいですよ」
千珠と業平は、まだ手入れが行き届いていない庭を歩いていた。少し離れて、佐為もついてきている。
あちこちに瓦礫が残る中、金色の鯉がいる池へとやって来た。朱塗りの橋は無傷で残っていたものの、中島に生えていた松の木は葉がちりちりに焼け焦げ、みすぼらしい姿になってしまったことを恥じらっているように見える。
千珠は濁った池を見下ろして、その下をすいすいと動き回る鯉たちの色彩を目で追っていた。
「俺はそういうの、苦手だし……」
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。厳島での借しではお釣りが来るくらい、あなた方には世話になったのだ」
「……でも」
「忍のお二人だって、都を守護する巨大な結界術"十六夜"を破壊しようとしていた輩を全て見つけてくださったのですよ。きちんと礼を言わずして、帰せませぬ」
「うーん……」
「いいじゃないか、千珠」
と、業平の横で涼しげにそんな事を言うのは佐為である。
「宇月だって、久しぶりの土御門邸なんだ。それに、舜海を送り出すという意味もあるし」
「そりゃあ、そうだけど」
「じゃあ、そういうことで。僕は皆に準備させてきますね」
と、楽しげな声を出し、さっさと佐為は行ってしまった。千珠はため息をつく。
「まぁ、いいか」
「しかし……あなた方が帰ってしまうと、寂しくなりますな」
業平はいつになくしんみりとそう言った。
「たまには、顔を見せに来てくださいね」
「……業平殿、どうしたんですか」
「いいえ……かつての友を二人も失って、少し感傷的になっているのかもしれませぬ」
「そうですか……」
千珠は業平の淋しげな横顔を見上げた。
「藤之助がどこかで生きているというのは、私にとっても喜ばしいことだ。今回のこと、本当にありがとう」
業平は千珠に向き直ると、丁寧に一礼した。千珠は慌てて、
「そんな、今回のことは俺が勝手に……」と業平の頭を起こさせようと肩に触れる。
業平は顔を上げると、千珠の目を真っ直ぐに見つめた。
「君が人の世に迷い込んでくれて、良かった」
「業平殿……」
業平はぽん、と千珠の頭に手を置いた。
ごつごつとした、暖かな手。重たいものを沢山抱え、涙を隠して仲間を斬り、都を守護するために辛い選択を繰り返してきた、陰陽師衆棟梁の手。
「これからも、我々陰陽師衆は君のために動く。何かあったら、いつでも頼っておいで」
「……はい」
千珠は胸の中がじんわりと熱くなるのを感じた。業平の自分を見つめる瞳の中に、はっきりと信頼が見えたからだ。
「ありがとう、ございます」
千珠は深く頭を下げた。業平の手が、暖かかった。
足元で、鯉の跳ねる音が軽やかに響く。
11
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる