異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第五章 千珠、死す

八、響くもの

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「……また人間か」

 倒れた千珠の前に、今度は山吹が立ちはだかった。
 背中から忍刀を抜いて、静かな瞳で雷燕を見上げている。

「千珠さまを、お前などに喰わせはしない」
 毅然とした女の声に、雷燕は目を細める。
「女……そんな餓鬼のために、お前も死ぬのか」
「私の命は、国のためにある。そして、この方は幾度と無く我らの国を守ってきた。……その恩義を返すまで」
「……馬鹿馬鹿しい。妖のために命を張るとは、愚かな」

 女は口布を下げて、雷燕に微笑みかけた。
 雷燕は驚いて、一歩踏み出しかけた足を止める。

「あなたも……人を守ってきたんでしょう? 人と共に生きてきたんでしょう? 千珠さまと同じように」
「……」
「ごめんなさい……。人間が戦などを起こしたせいで、この地の妖たちを騒がせた。あなたが怒るのも無理はない」
「……何を」
「ごめんなさい……。この地を愛し守ってきたあなたを、人間のせいで、血まみれにしてしまって」


 雷燕の脳裏に、人間たちの明るい笑顔が蘇る。

 明るい青空、新緑の眩しさ、美しい歌声。


 きらきらと光り輝く思い出が、雷燕の心を揺さぶる。


「……ごめんなさい」
「五月蝿い……黙れ……!!」
「いい、私を殺してもいい。だから、この人は、殺さないであげて」  

 女の目から、涙が流れ落ちる。 
 雷燕は苦しげに表情を歪めて、吼えた。

 大好きだった人間たち、優しかった人間たち。
 清らかだった自分の心。


 ——何故……こんなにも黒い。


 何故こんなにも、血に濡れているのだ、今の俺は。


「黙れぇえええ!!!」
 鉤爪が、女の柔肌を引き裂く感触が生々しい。なんとその女は刀を捨てて両手を広げ、雷燕の凶爪をその身で受け止めたのだ。


「山吹!!!」


 悲痛な人間の叫び声が、妙に心を深く抉る。


 痛むのはこの傷か、それとも、あの日からずっと血を流し続けるこの心か。

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