異聞白鬼譚

餡玉(あんたま)

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第一章 日常と、予兆

五、舜海と再び

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 佐為と歩いていた槐は、都では見たことのない構造の城を、ずっときょろきょろと見回していた。

 都では平屋が一般的であり、三津国城のような幾層にも重なる建物は寺社仏閣くらいしかない。広い敷地をぐるりと城壁に囲まれ、その外堀は緑色に淀んでいる。
 城壁の中は庭があったり、井戸があったり、城に住まう人間たちの生活感に溢れている。
 都の秩序正しい佇まいとは違い、城の中は雑多に人が出入りしていた。行商人や、稽古をつけてもらいに来た門下生たち、城で働く兵や忍衆、さらに雑仕女達や丁稚奉公の子ども……槐はそんな人々が珍しく、楽しげに目をくるくるさせていた。

 佐為は槐ほどその人の多さを楽しめる風でもなく、用心深い目線をあちこちに向けながら歩いていた。
 取り敢えず外に出てゆきたい様子の佐為は、槐を促して表玄関から外へ出た。すると、道着姿の男たちの中から声が聞こえてくる。

「お! 槐と佐為やないか! どないしてん、こんな田舎まで」
 道着に身を包んだ舜海が、竹刀を担いで立っていた。ちょうど稽古が終わった様子であり、ぞろぞろと散っていく男たちから挨拶を受けながら、舜海は二人の方へ歩み寄ってきた。

「舜海さま!」
 慣れない土地に来て懐かしい顔を見れたことが嬉しかったのか、槐は笑顔で声を上げた。そしてすぐさま舜海の方に駆け寄って、抱きつくかと思いきや、いきなり舜海の腹に殴りかかる。

 舜海の目が光り、槐の拳はすぐに握り込まれてしまった。すると槐は、手を取られたままぐっと軸足を踏み込み、回転を加えて舜海に回し蹴りを繰り出す。
「おっ」
 舜海はそれも安々と腕で止めた。槐は悔しそうに頬をふくらませる。
「新しい技が加わったやないか。やるやん」
「ふん、二年もあれば少しは覚えますよ」
 舜海にがしがしと頭を撫でられた槐は、嫌そうな声を上げながらも顔は笑っていた。楽しげにじゃれる二人を見て、佐為は微笑んでいる。

「佐為も、久しぶりやな。また助けて欲しいんか?」
「失礼な、そんなんじゃないし。ちょっとお知らせしたいことが幾つかあって、はるばるやって来てやったんだよ」
「へぇ、なんや?」
「舜海さま、千珠さまは僕の兄上なんだよ!」
「どえええっ!!? ほんまか!!」
 舜海の驚き方は、至極わざとらしい。しかし槐は舜海の下手な演技には気づかず、嬉しそうに笑いながら舜海に頭を撫でられている。

「お前、千珠のこと大好きやったもんな。良かったなぁ」
「はい、僕本当かどうか千珠さまに直接聞きたくて、佐為さまに同行させてもらったのです。しばらくここにいていいって、光政様も言ってくださったので、また稽古をつけてくださいよ」
「おお、ええで。ちょっとは出来るようになったんやろうな?」
「神祇省の養成部門では、段が一つ上がりました」
「ほう、よう頑張ったやん」
 舜海は佐為が物言いたげに自分を見ていることに気づくと、ぽんと槐の肩を叩いた。

「せや、また山吹とおしゃべりでもして来い。ちょっと忍具の扱いも習っててんやろ?」
「はい。でも……」
 不服そうな顔をする槐の前に膝をついて、言い聞かせる。
「佐為にも仕事があるんや。なにか話があってきたんやし、それを俺らも聞いとかなあかん。分かるな」
「はい。分かりました」
 槐は昔よりも随分と聞き分けよく、舜海の言うことを聞いた。
「お、えらい素直になったもんやな」
「兄上のように、しっかりしようと思って」
「しっかり、ねぇ。いやいやあいつは昔から、口は悪いし礼儀は知らんし、すぐに喧嘩ふっかけてきたりで大変やったで」
「ええっ、そうなんですか?」
 槐が目を丸くする。佐為はそんな舜海の脇腹を肘でつつくと、
「そんな事言っていいのかい?」と小声で諌める。
「これくらいはいいやろ。ほら、行くで」
 三人は忍寮の方へと脚を進めた。槐はもっと千珠の幼い頃の話を聞きたそうにしていたものの、舜海はそれ以上口を開かなかった。

 兄としての、千珠の威信を保つために……。


 
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